第一章 平凡な日常
第一章 平凡な日常
このミルベイユは西方にある国のひとつで、優哉の故郷である和の国は東方にあるため、かなり離れている。
といっても優哉は生粋のミルベイユ生まれのミルベイユ育ちなので、基本的にミルベイユの言葉しか喋れない。
近隣諸国の言葉なら普通に習っているので話せるが、和の国は遠すぎてミルベイユでは言語の習得なんてしないので、その国の出身である優哉ですら喋れないわけだった。
ミルベイユでは勉学に力を入れていて、子供たちは3歳になるのと同時に学校へと入学することになる。
優哉は現在17歳で高等学園に通っている。
その名の通り高等教育をするための学園であり、通っているのも貴族の子弟や令嬢たちだったり、裕福層の子供たちだったりする。
将来に備えて難しい勉学をするので進学校でも知られている。
優哉の家は裕福ではないし、別段貴族ということもない。
まあ多少、父は特殊な仕事をしているが、だからといって特別な家柄ではない。
特別と言えるとしたら、優哉たちが和の国の人間であることくらいだろうか。
和の国の人間というのは現在は非常に人数が少なくて、名前を名乗れば珍しがられるくらいだ。
なのに父はすごい。
そんな差別を受けてもふしぎのない境遇でありながら、王立の近衛隊に入隊し現在では最高位の将軍をやっているのだから。
高等学園には普通は16歳から通う。
しかしその下の学校に通っているときに、優秀な成績を残した者は飛び級が認められる。
優哉は実は12歳の頃に飛び級を薦められた。
優哉なら高等学園に通っても普通にやっていける。
だから、飛び級してはどうか。
そう言われたのだ。
だが、優哉が断った。
12歳と言えば遊びたい盛りである。
それになによりもまだ10歳のミリアージュと親しく付き合っていた頃で、その頃のミリアは可愛くてしかたのない時期だった。
そのミリアから離れ高等学園に通うなんて、優哉的には絶対にいやなことだったのだ。
普通なら両親が説得するのだろうが、優哉の両親はそういうことにはうるさくないので、優哉がいやならしなくていいと言ってくれた。
そのせいで優哉が高等学園に入学したのは去年だったのである。
高等学園に入学してすぐにあったのが進路調査。
優哉には小さい頃から夢があった。
父のようになりたいと。
だから、進路指導書類を提出しなければならなくなったとき、父に確認を取ってみた。
近衛隊に入隊したいんだけど、と。
返ってきたのは普通なら考えられないような強硬な態度での頭ごなしの反対。
優哉は理由を問いかけたが、遂に言ってもらえなかった。
唯一の、そして絶対的な夢だった近衛隊への入隊を、敬愛する父から反対され、優哉は結局去年の進路調査は白紙で提出してしまった。
これはかなり騒がれたが、優哉が処罰されることはなかった。
いつものことだと優哉は皮肉な気分で感じたが。
優哉は何故か昔から優遇されやすい。
父親が近衛隊の将軍ということもあって、乱暴な不良たちに絡まれやすく、優哉はよく乱闘騒ぎを起こしていた。
しかし処罰されるのは、いつも優哉に絡んできて、こてんぱんにやられてしまった方で、優哉は一度も処罰されたことはない。
それどころか優哉がうっかりなにかの事件を起こしても、その事件が表沙汰になることもない。
内密に処理され優哉はお咎めなし。
そういうことが続いたからだろうか。
優哉の口癖は「人間、普通が1番だ」であった。
このなにかと優哉が優遇されて、優哉に絡んだりした相手が処罰されるという事実は有名で、一種のホラー扱いされている。
自分が可愛ければ優哉には構うな。
これが不良学生たちの合言葉になっていた。
「ユーヤっ!!」
教室から出るとそう声をかけられた。
振り向けば恋人であるミリアを連れたケントが立っている。
ケントは悪戯好きで女好きという、ちょっと困ったところのある悪友だが、ミリアに告白して付き合うようになってから、めっきり真面目になった。
しかしそれまでがそれまでだったので、成績面は良くないし素行の悪さの評判もそのままなので、なにかと目をつけられやすい。
しかし優哉以上ではないというのが救いかもしれなかった。
優哉はたしかに優遇されやすいし、成績だって学年でトップで優等生で通っている。
元々、優哉が起こす事件の数々が、相手から絡んでケンカを売っていることもあり、優哉の評判はそれほど悪くない。
悪い理由があるとしたら、なにをしても処罰されない、その特別扱いにあった。
理由は優哉も知らないのだが、優哉が近衛隊の将軍の息子だからではないのかというのが有力な説だ。
そのことで煙たがる生徒や教師が多いということだった。
ケントの場合は全くの逆でその素行の悪さや、授業をサボって平然と街を遊び歩くせいで評判が悪いのだ。
そのケントと優等生の優哉が何故親友なのかわからないとよく言われるが、優哉にも理由はよくわからない。
キライじゃないからというのが、1番正しい理由かもしれなかった。
「おまえまだ進路指導出してないんだって?」
「うん。まあね。ケントは?」
「俺もまだ。というか俺の場合は決める進路、限られてるからなあ。これがいいと思っても、相手の方から断られたりで、なかなか決まらなくて」
「大学への進学は考えてないの?」
「俺の成績で進学できると思うか? 学年トップの優哉じゃあるまいし」
「そういうユーヤセンパイこそ進学は考えてないの? 普通なら1番に考えてそうだけど」
ミリアにそう言われ、人前でこう呼ばれるようになって1年にはなるが、まだ慣れないなあと感じつつ答えた。
「大学へ行く気はないよ。父さんたちからは進学を勧められてるけど、なんか気が乗らなくてね」
というより両親は優哉が就職することに賛成していない。
寧ろまだ学生でいてほしいと思っている節がある。
その思惑に乗るのも、なんだか悔しかったのだ。
夢だった近衛隊への入隊を阻止されたのに、こちらは両親の思惑に従うなんて、なんだか腹が立つから。
「ユーヤなら近衛隊に入ったらいいんじゃないか? おまえは剣の腕もかなりのものだし、なにせ父親は現将軍だし」
言われてため息が出た。
「ユーヤセンパイ?」
「なんでもない」
心配そうなミリアの声にそう答えておいて、優哉は肩にかけたカバンを持ち直した。
「ぼくはそろそろ帰るよ。ふたりはどこかに行くの?」
「ああ。うん。ちょっと繁華街にでも出ようかと思ってる。ミリアがパフェを食べたいとかで」
「センパイもこない?」
ミリアがそう言った瞬間、ケントはいやそうな顔をしたが、ミリアは彼氏の反応を見てすらいない。
視線はまっすぐに優哉に。
優哉は苦笑して言い返した。