第四章 兄と弟
第四章 兄と弟
その日の夜、優哉の自宅では父と母、そしてミントの3人が集まって会議を行っていた。
「優哉は、セイル殿下はなにか隠していますね」
護の言葉に秋子が頷く。
「確かにあの子はなにかを隠しています。それに夕飯にも出てこなかったので、わたししか知らないことですが、陛下の形見のスカーフを何故か外していました」
「他に不審なことは?」
ミントに問われて唯一学園から帰宅した後の優哉と逢っている秋子が、あのときの息子の様子を思い出しながら答えた。
「なんだか酷く冷や汗を掻いていて、それに落ち着きがありませんでした。それに気のせいでなければ、わたしが部屋に入ったとき、頻りに自分に落ち着け、落ち着けと言い聞かせていました。まるで動揺を悟られまいとするかのように」
「つまり動揺するようななにかがあった? でも、一体なにが?」
ミントが深く考え込むように目を伏せる。
「取り敢えず朝になるのを待ちましょう。セイル殿下も眠ってしまったみたいですし。今は動きようがありません」
本人が眠っているのではどうしようもない。
そう主張する護にミントは頷いた。
ミントは優哉の護衛についてから、この家に住んでいるので当然だが朝になれば優哉と逢える。
しかし今夜だけは徹夜で見張っていた方がよさそうだと判断した。
翌朝起きてきた優哉を見た3人は、さりげなく彼の右手首に目をやった。
そこにあるべきスカーフはやはりない。
代わりにリストバンドをしていた。
刺青を隠すためだ。
あの学園は刺青を認めていないし、なによりも刺青をするのは王家の子供たちだけ。
見せてしまえば身分を悟られかねない。
だから、身分を明らかにして通っていたジェイクも、右手首に父の形見のスカーフをしていたのである。
王家の者は基本的に刺青を隠して生活しているので。
優哉は気もそぞろで朝食もほとんど口をつけることなく、「御馳走様」と席を立った。
そのまま学園へと向かう優哉の後をミントが追いかける。
今日は優哉の様子が昨日から変なので、ミントだけでなく護も護衛についていたし、他にも優哉専属の護衛を配置していた。
神経をピリピリ尖らせている優哉は、それにも気付かない。
ピリピリし過ぎているのと、昨夜からろくに食事が喉を通らないせいで、集中力に欠けていたのだ。
その日、ミントは自分以外にも護衛がついていたことを知っていたので、わざと優哉の前で隙を見せた。
なんとか抜け出そうとしていることに気付いて優哉にこう言い置いたのだ。
「わたしは今日は職員会議ですので、殿下は先にお戻りください。いいですね? 呉々も寄り道はしないように」
そのま真っ直ぐに職員室へと消える。
優哉は喜色満面ですぐに学園から飛び出した。
それを職員室から見送ったミントは、あからさまに挙動不審でありながら、それにすら気付けないらしい優哉に呆れてしまった。
同時に何故そんなに動揺しているのかが気になったが。
優哉が学園を飛び出した後で、彼の後をすぐに追ったのは近衛隊の将軍である義理の父、護だった。
その更に後をミントが追いかけて、目立たないところで他の護衛が追いかけている。
そんな中で優哉は一目散に宝石の買い取り専門店に駆け込んだ。
向かった先が意外で護はキョトンとし、彼に追い付いたミントも怪訝な顔になっていた。
「どうして宝石の買い取り専門店?」
ふたりして首を傾げる。
その頃優哉は買い取り専門店で持ち込んだ宝石を鑑定してもらっていた。
「ここまで見事な大きさのピンクダイヤは見たことがないよ。世界でも珍しいんじゃないかな」
「幾らで売れる?」
「悪いがウチでは買えないねえ。適正価格でなくてもいいなら買えるけど、なるべく沢山のお金がいるんだろう?」
「うん。沢山あれば沢山あるほど助かる」
「悪いけど庶民には手が出ない宝石だと思うよ。買えるとしたら今は亡き国王陛下くらいじゃないかな。一国の王でもないかぎり適正価格では買えないと思う」
つまり本来の身分ならどうとでも売り捌けるが、庶民としての優哉には分不相応な宝石すぎて売買は不可能ということである。
ショボショボと店を出ると優哉は途方に暮れて空を見上げた。
この事実から優哉にできる交渉手段は、必然的にこの宝石を手渡して代わりにジェイクを奪い返すということだけだった。
繁華街を力なく歩く。
すると通りすがりの女性にナンパされた。
優哉はなんとか振り切ろうとしたが、すぐに耳許で囁かれた。
「安心すれば? 俺だよ、俺」
言われて顔を覗き込む。
昨日の海賊だと知って一気に力が抜けた。
「その様子だと宝石は捌けなかったようだね」
「一国の王でもないかぎり適正価格で買える人はいないって言われた。その宝石なら取り引きの価値はあるよね? あの人を返してっ!!」
「悪いけどついてきてくれる? 返してやりたくてもあの人が普通の状態じゃないから、こんな街中に連れてくるのが無理なんだよ」
言われてナンパに乗るフリをして、優哉は腕を引っ張られて移動した。
その様子を護衛していたミントたちが見ている。