第二章 森と湖の国
「本当は入水しようとしたのではないですか?」
「違うってばっ!!」
亜樹が怒鳴っていると、また扉が開いた。
ふっと視線を向けると、今度現れたのは亜樹とそう年齢が変わらないように見える少年だった。
年上か同い年か、ちょっと判断に迷う。
外国人は総じて年より上に見えるものだし。
亜樹の見立てでは年の頃、17、8くらい、だろうか?
たぶん亜樹より年上だろう。
身長もずいぶん高い。
少年の服装はそのままゲームの世界を思わせた。
派手な刺繍の入った上着は、ファンタジー世界なら定番とも言える服装だ。
それも数多い装飾品で覆われているところを見ると、どうも身分が高いらしい。
顔立ちは極上。
とびっきりのハンサムってやつ。
光を弾くナチュラル・ブロンドにブルーススカイアイズ。
典型的な西洋人の容貌だ。
白い肌は陶磁器。
作り物めいた美貌の持ち主だった。
容貌があまりにも整いすぎて、ちょっと近寄りがたい感じがする。
綺麗すぎると人間味が欠けると聞いたことがあるが、どうやら事実だったらしい。
なんとなくだがこの国の王子のような気がする。
あ。公国、だから、公子、か。
亜樹がそんなことを考えていると、入ってきた少年がごくあっさりと言った。
「どうやら起きたみたいだな。身元はわかったのか、レックス?」
「いえ、まだ」
一礼する青年の様子からも相手の身分が高いことがわかる。
どこか傲岸不遜な態度は生まれついての身分のせいだろうか?
「名はなんという? どこからきた? 何故あんなところにいた?」
まるで詰問である。
枕元まで移動してくるなり、そんなことを言い出した相手に、亜樹は不当な怒りにも似た感情を覚えた。
亜樹だってきたくて、こんな世界にきたわけじゃない。
どこのだれが住み慣れた世界を離れて、異世界に行きたいと思うんだ?
行けば苦労するだけだ。
食べていく方法すらないのでは。
事故に巻き込まれたようなものなのに、被害者なのに、どうしてこんなふうに言われないといけないんだっ!?
ガバッと起き上がり感情の赴くままに彼を責めた。
「どこのだれか知らないけどなっ!! なんだってオレがそんな犯罪者でも見るような目で見られないといけないんだっ!?
オレだってきたくて、こんなわけのわからない世界にきたわけじゃないっ!! これでも被害者なんだよっ!! それでその態度はあんまりだろうっ!?」
「意味がわからない。なんのことだ?」
どうして自分が責められるのかわからないと少年の顔には出ていた。
困惑する少年を庇ったのは、レックスと呼ばれた青年だった。
「あなたも言葉を慎んでください。この方はリーン・フィールド公国の王子なのですよ?」
「公国なのに公子じゃなくて王子って呼ばれてるのか? それともこっちの世界だと、公国でも身分は公子なのか?」
亜樹が顔をしかめて訊ねると、ふたりが顔を見合わせた。
お互いに驚いた目を相手に向けている。
「こっちの世界とか、さっきから一体なにを言ってるんだ?」
王子様らしい少年に困惑気味にそう言われ、亜樹は迷ったが打ち明けることにした。
ここで隠したら密入国者にされそうだと気づいたからだ。
相手が王子なら、どんな対処をされても不思議はないのだから。
「オレの名前は草薙亜樹。この春に高校に入学したばかりの14歳の高校生だよ。早生まれだからクラスメイトよりひとつ下だけど」
「早生まれ?」
「こうこうせい?」
ふたりの顔に疑問符が浮かんでいる。
「出身は日本。もうすこし正確に言うと太陽系第3惑星の地球にある、東方の小さな島国の出身だよ。わかった?」
わからないだろうなと思いながら言うと、案の定ふたりは顔を見合わせ、王子様がレックスに訊ねた。
「わたしにはなんのことやらわからない。レックスはわかったか?」
「いえ。全く」
困惑してしまうふたりに、亜樹は自分の推測を打ち明けた。
「まあわからなくても無理ないよ。たぶんオレの国はこの世界には存在しないから」
「「え?」」
「オレはこの国を知らないってことだよ。大体そんな変な格好をした奴らなんて、ゲームやマンガでしか見たことないよ」
「変な格好……」
自分の姿をじろじろと検分するレックスに対して、王子様はその誇り高さを見せつけた。
「わたしにはおまえの格好の方が変だ。真冬だというのに生地の薄い服を着ているし、それにそんな民族衣装は見たことがない」
「民族衣装じゃないって。日本の民族衣装は和装だから、これは普段着だよ。変な誤解はやめてくれる? オレ以外に日本人がいないとなると、オレが日本の代表みたいなものだし」
「さっきから聞いていればニホン、ニホンと一体なんのことなんだ?」
不機嫌と顔に書いた王子様の問いに、亜樹はどうこたえたものかなあと困った顔になる。
異世界人にわかってもらおうとするのは至難の技だ。
亜樹がこういう非常識な事態をすんなり受け入れられるのは、たぶんゲームやマンガ、それに映画などの影響が強いだろう。
作り話の世界では主人公が突然、異世界に飛ばされるなんてありふれたテーマだし。
そういった娯楽のない世界で、異世界という概念もないとしたら、理解してもらうのはかなり難しい。
一体どう説明すればいいのか。
「だから、オレにもきちんとした説明はできないし、おそらくとか、たぶんとか、そういう仮定での説明しかできないけど、それでもいい?」
確認を取ると頷いてもらえたので、ちょっとホッとした。
考えてみれば王子様と接するのなんて初めてだ。
王族なんて今までは小説とか、そういった娯楽の世界の存在だと思っていたから。
生まれながらにして一国を背負う立場にある人間というのを見るのは、考えてみるまでもなく初めてだった。
そう思うとちょっと興味が沸いた。
この王子様はなんて名前で、どんな性格をしているのだろう?
「オレが住んでいたのは地球と呼ばれる青い星だよ」
「星、とは、あの夜空に浮かんでいる星か? 空からきたというのか?」
「違うって。たぶんこの世界もそうだと思うけど、普通、世界が存在しているのはひとつの星の上だよ。星が自転することによって日付も変わるんだ」
「もうすこしわかりやすく説明してくれないか? 空からきたのでなければ、どこからきたんだ?」
わからない説明ばかりされて、ムッとしたらしい王子様に亜樹も困ってしまう。
巧い表現はないものかと探したが、そうそう簡単に見つかるはずもなく、結局、自分が納得している説明を選んだ。
「だからさ、空間が捩れるかなにかして、歪みができたところから、たぶん、この世界に紛れ込んだんだと思う」
「おまえも神族と同じように神力を持っているというのか?」
「なに? そのしんぞくとか、しんりきって?」
お互いの言葉のあまりの噛み合わなさに、亜樹も王子様も途方に暮れた。
常識が違いすぎるのだ。
これで理解し合うのは難しい。
「なにか力があるかって言われたら、普通はないって答えるんじゃないのか? それともこの世界って、本当にゲームとかマンガの世界みたいに、魔法とか使える奴がいるのか?」
好奇心にキラキラ輝いた目を向けると、王子様もすこし和んだらしく、レックスを指差した。
「魔法使いならここにいるだろう」
「えっ!? 魔法使いなんだっ!?」
驚いた声をあげる亜樹に、レックスは苦笑した。
「わたしの場合はただの治癒魔法ですよ。白魔法使いなんです。治療を専門とする」
「えっと。つまり医者ってことかな?」
「いしゃとはなんですか?」
「病気とかケガを治す人だよ。ただしオレの言っている医者は治癒魔法なんて使わないけど」
「治癒魔法を使わずに、どうやって治療するんですか?」
「それは色々あるよ? 薬を使うのが代表的だけど、もっと高度な治療になると、手術をして悪い部分を切り取ったり、折れた骨を繋げたりしてさ」
またわけがわからないといった顔になるふたりに亜樹が微笑んだ。
「違うってばっ!!」
亜樹が怒鳴っていると、また扉が開いた。
ふっと視線を向けると、今度現れたのは亜樹とそう年齢が変わらないように見える少年だった。
年上か同い年か、ちょっと判断に迷う。
外国人は総じて年より上に見えるものだし。
亜樹の見立てでは年の頃、17、8くらい、だろうか?
たぶん亜樹より年上だろう。
身長もずいぶん高い。
少年の服装はそのままゲームの世界を思わせた。
派手な刺繍の入った上着は、ファンタジー世界なら定番とも言える服装だ。
それも数多い装飾品で覆われているところを見ると、どうも身分が高いらしい。
顔立ちは極上。
とびっきりのハンサムってやつ。
光を弾くナチュラル・ブロンドにブルーススカイアイズ。
典型的な西洋人の容貌だ。
白い肌は陶磁器。
作り物めいた美貌の持ち主だった。
容貌があまりにも整いすぎて、ちょっと近寄りがたい感じがする。
綺麗すぎると人間味が欠けると聞いたことがあるが、どうやら事実だったらしい。
なんとなくだがこの国の王子のような気がする。
あ。公国、だから、公子、か。
亜樹がそんなことを考えていると、入ってきた少年がごくあっさりと言った。
「どうやら起きたみたいだな。身元はわかったのか、レックス?」
「いえ、まだ」
一礼する青年の様子からも相手の身分が高いことがわかる。
どこか傲岸不遜な態度は生まれついての身分のせいだろうか?
「名はなんという? どこからきた? 何故あんなところにいた?」
まるで詰問である。
枕元まで移動してくるなり、そんなことを言い出した相手に、亜樹は不当な怒りにも似た感情を覚えた。
亜樹だってきたくて、こんな世界にきたわけじゃない。
どこのだれが住み慣れた世界を離れて、異世界に行きたいと思うんだ?
行けば苦労するだけだ。
食べていく方法すらないのでは。
事故に巻き込まれたようなものなのに、被害者なのに、どうしてこんなふうに言われないといけないんだっ!?
ガバッと起き上がり感情の赴くままに彼を責めた。
「どこのだれか知らないけどなっ!! なんだってオレがそんな犯罪者でも見るような目で見られないといけないんだっ!?
オレだってきたくて、こんなわけのわからない世界にきたわけじゃないっ!! これでも被害者なんだよっ!! それでその態度はあんまりだろうっ!?」
「意味がわからない。なんのことだ?」
どうして自分が責められるのかわからないと少年の顔には出ていた。
困惑する少年を庇ったのは、レックスと呼ばれた青年だった。
「あなたも言葉を慎んでください。この方はリーン・フィールド公国の王子なのですよ?」
「公国なのに公子じゃなくて王子って呼ばれてるのか? それともこっちの世界だと、公国でも身分は公子なのか?」
亜樹が顔をしかめて訊ねると、ふたりが顔を見合わせた。
お互いに驚いた目を相手に向けている。
「こっちの世界とか、さっきから一体なにを言ってるんだ?」
王子様らしい少年に困惑気味にそう言われ、亜樹は迷ったが打ち明けることにした。
ここで隠したら密入国者にされそうだと気づいたからだ。
相手が王子なら、どんな対処をされても不思議はないのだから。
「オレの名前は草薙亜樹。この春に高校に入学したばかりの14歳の高校生だよ。早生まれだからクラスメイトよりひとつ下だけど」
「早生まれ?」
「こうこうせい?」
ふたりの顔に疑問符が浮かんでいる。
「出身は日本。もうすこし正確に言うと太陽系第3惑星の地球にある、東方の小さな島国の出身だよ。わかった?」
わからないだろうなと思いながら言うと、案の定ふたりは顔を見合わせ、王子様がレックスに訊ねた。
「わたしにはなんのことやらわからない。レックスはわかったか?」
「いえ。全く」
困惑してしまうふたりに、亜樹は自分の推測を打ち明けた。
「まあわからなくても無理ないよ。たぶんオレの国はこの世界には存在しないから」
「「え?」」
「オレはこの国を知らないってことだよ。大体そんな変な格好をした奴らなんて、ゲームやマンガでしか見たことないよ」
「変な格好……」
自分の姿をじろじろと検分するレックスに対して、王子様はその誇り高さを見せつけた。
「わたしにはおまえの格好の方が変だ。真冬だというのに生地の薄い服を着ているし、それにそんな民族衣装は見たことがない」
「民族衣装じゃないって。日本の民族衣装は和装だから、これは普段着だよ。変な誤解はやめてくれる? オレ以外に日本人がいないとなると、オレが日本の代表みたいなものだし」
「さっきから聞いていればニホン、ニホンと一体なんのことなんだ?」
不機嫌と顔に書いた王子様の問いに、亜樹はどうこたえたものかなあと困った顔になる。
異世界人にわかってもらおうとするのは至難の技だ。
亜樹がこういう非常識な事態をすんなり受け入れられるのは、たぶんゲームやマンガ、それに映画などの影響が強いだろう。
作り話の世界では主人公が突然、異世界に飛ばされるなんてありふれたテーマだし。
そういった娯楽のない世界で、異世界という概念もないとしたら、理解してもらうのはかなり難しい。
一体どう説明すればいいのか。
「だから、オレにもきちんとした説明はできないし、おそらくとか、たぶんとか、そういう仮定での説明しかできないけど、それでもいい?」
確認を取ると頷いてもらえたので、ちょっとホッとした。
考えてみれば王子様と接するのなんて初めてだ。
王族なんて今までは小説とか、そういった娯楽の世界の存在だと思っていたから。
生まれながらにして一国を背負う立場にある人間というのを見るのは、考えてみるまでもなく初めてだった。
そう思うとちょっと興味が沸いた。
この王子様はなんて名前で、どんな性格をしているのだろう?
「オレが住んでいたのは地球と呼ばれる青い星だよ」
「星、とは、あの夜空に浮かんでいる星か? 空からきたというのか?」
「違うって。たぶんこの世界もそうだと思うけど、普通、世界が存在しているのはひとつの星の上だよ。星が自転することによって日付も変わるんだ」
「もうすこしわかりやすく説明してくれないか? 空からきたのでなければ、どこからきたんだ?」
わからない説明ばかりされて、ムッとしたらしい王子様に亜樹も困ってしまう。
巧い表現はないものかと探したが、そうそう簡単に見つかるはずもなく、結局、自分が納得している説明を選んだ。
「だからさ、空間が捩れるかなにかして、歪みができたところから、たぶん、この世界に紛れ込んだんだと思う」
「おまえも神族と同じように神力を持っているというのか?」
「なに? そのしんぞくとか、しんりきって?」
お互いの言葉のあまりの噛み合わなさに、亜樹も王子様も途方に暮れた。
常識が違いすぎるのだ。
これで理解し合うのは難しい。
「なにか力があるかって言われたら、普通はないって答えるんじゃないのか? それともこの世界って、本当にゲームとかマンガの世界みたいに、魔法とか使える奴がいるのか?」
好奇心にキラキラ輝いた目を向けると、王子様もすこし和んだらしく、レックスを指差した。
「魔法使いならここにいるだろう」
「えっ!? 魔法使いなんだっ!?」
驚いた声をあげる亜樹に、レックスは苦笑した。
「わたしの場合はただの治癒魔法ですよ。白魔法使いなんです。治療を専門とする」
「えっと。つまり医者ってことかな?」
「いしゃとはなんですか?」
「病気とかケガを治す人だよ。ただしオレの言っている医者は治癒魔法なんて使わないけど」
「治癒魔法を使わずに、どうやって治療するんですか?」
「それは色々あるよ? 薬を使うのが代表的だけど、もっと高度な治療になると、手術をして悪い部分を切り取ったり、折れた骨を繋げたりしてさ」
またわけがわからないといった顔になるふたりに亜樹が微笑んだ。