第二章 戻れない道

 もしかして……ぼくは瑠璃が好きなんだろうか。

 女の子を好きになったことはないから、自分でもよくわからないけど。

 ため息ばかりが出る。

 そうやって瑠璃のことを考えるほどため息をつくぼくを、瑠璃はどうやら変な奴と思っているらしいけど。

 正直言って他のだれに、どう思われても平気だし、変人だと思いたければ思えばいいと思っているけど、瑠璃にそう思われるのだけは我慢できなかった。

 かといって泣かせることもできないし。

 こんなに優柔不断だっただろうか?

 素性についてはもう触れない。

 すべてを覆し、それでも護り抜く覚悟はあるのかと問われても、今のぼくには返事はできないから。

 もしその日がくるとしたら、世界中を敵に回しても、瑠璃を背負う覚悟ができたときだと思う。

 でも、性別を偽るのはやめてほしい。

 それだけでも素直になってくれたらぼくは……。

 変、だな。

 さっきから瑠璃に打ち明けてほしいとばかり思ってる。

 最近イライラしていたのはそのせい?

 やっぱりぼくは……。

 でも、やっぱり瑠璃は鈍くて、こちらの切ない胸の内になど気づかずに、平然ときついことを言ってくれた。

「やっぱり変だよ、真弥。いったいなにがあったの? ひどく落ち込んでるよ? もしかして戦でも起こるの?」

 変で悪かったねと、内心で腹を立てつつ真弥はかぶりを振った。

「正直なところ、ぼくの予想では西の部落と戦が起きても、ふしぎのない頃合いだと思っていたんだけど、どうも戦にはならないみたいだね。村長が和解の方向で動いているから」

「そうなんだ? よかった」

 本当に心からそう思っているかのように、そのときの瑠璃の笑顔は、とても眩しかった。

 眼を細めて見とれてから、ふと疑問が沸く。

 どうしてすんなり受け入れる?

 もしかして……戦が起きないことを知っていた?

「瑠璃は変なところで鋭いね。いつもはすごく鈍くて世間知らずなのに。どこでそういう情報を得るんだい?」

「えっと……その……」

 言えないのか、瑠璃は口ごもってしまった。

 嘘が苦手らしい瑠璃は、言えないことを問われると、大抵口ごもる。

 どうやら瑠璃にとっては、知っていて当然の情報らしい。

 しかし男ならまだわかるが、女の子がそういう情勢に明るいというのは、どう考えても変だ。

 瑠璃は嘘をつけるような娘じゃないから、余所者じゃないと言った初対面のときの言葉は本当なんだろう。

 しかし、だとしたら瑠璃はいったいどこのだれなんだ?

 大体どうしてそんな一部の者しか知らないようなことを知っている?

 それも今回の問いに関しては、戦が起きるか起きないか。

 詳しいことを知っているのは、ごく一握りの者だけだ。

 真弥は由希の家にお世話になっているから知っているのだ。

 それと凄腕の剣士だから。

 間違いなく同じ部落の出身だが深窓の令嬢そのものの少女、瑠璃。

 しかし由希の実家のせいで、部落に通じた真弥ですら、瑠璃らしき少女がいる家に心当たりがないときている。

(待てよ……)

 たったひとり。

 たしかにいるけれど、姿も名も知らない少女がいる。

 そこにいなくてはいけない高貴な姫君。

 だれも姿も名も知らない。

 噂をすることすら禁じられた聖域の乙女。

 瑠璃から聞いたすべての情報が符号する。

 存在するだけでこの部落を護る圧倒的な力を持つ守り神。

(……まさか……)

 青ざめて振り向けば、そこにはなにも知らないような、無邪気な瑠璃の顔があった。

 絶世の美姫として名高い巫女だったとしても、不思議はないだろうその整った顔立ち。

 美形と言ってなんら遜色はない。

 おそらく少女の服装をして、それらしく振る舞えば、恐ろしいほど美しくなるだろう。

 もしそうだとしたら、本当に軽い気持ちで近づくべき相手じゃない。

 火傷じゃ済まなくなる。

 ましてや辛いと泣く瑠璃を、その境遇から救いたいとすれば、生半可な覚悟ではダメだ。

 問えばすべてが崩れてしまうかもしれない。

 それにもしそうなら瑠璃の方から打ち明けてほしい。

 こちらから指摘して暴露するのではなく、瑠璃から自分の秘密を打ち明けてほしい。

 でなければ動けない。

 もし真弥が望みのままに瑠璃を連れ出せば、間違いなく追われる身になる。

 生涯、追われ続ける。

 それでもいいと覚悟ができても、それは真弥ひとりの覚悟では意味がないのだ。

 瑠璃にもすべてを捨てる覚悟をしてもらえないなら意味がない。

 差し出された手を瑠璃が取れなかったのも無理はないのだと、今はそう思う。

 自分の運命に巻き込みたくなかったのだろう。

 でも、不思議だな。

 巫女かもしれないとわかったのに、そう半分くらい確信しているのに、全然後悔していない。

 近づいたことも、こうして一緒にいることも。

 事実を知られるだけで殺されても不思議のない不敬罪なのに。

 本気で瑠璃が好きだったんだ、ぼくは。

 後がない断崖絶壁に立ってから気づくなんて、ぼくはそうとう鈍いのかな?

 ガラス越しに触れ合うのではなく、きちんと手をとりたい。

 その瞳でぼくをみてほしい。

 言わないと瑠璃は気づかないかな?

 だれかを好きになるって、こんなに切ない気分になるんだ?

「あのさ、瑠璃」

「なに?」

「大事な人には隠し事されたくないよね?」

「……」

「でも、1番大切なこと、隠されていると相手も言いたくても言えないよね?」

「……なんのこと?」

「さあ。なんのことかな。とりあえず今日はぼくは帰るよ。最近ちょっと忙しくて個人的な時間がないから」

 立ち上がった真弥を見上げて瑠璃は問うてみた。

 意味ありげなことばかり口にする真弥に。

「どうして忙しいの?」

「家を探してるんだよ。自分の家を。今のきみに言えるのはそれだけだよ、瑠璃」

 それ以上は教えられないと言われたような気がして、瑠璃が傷ついたように真弥を見上げた。

「言っておくけどぼくはきみのことは、信じていないわけでもないし、きらっているわけでもないからね? その辺は誤解しないでほしいな」

 笑ってそう言って言いたいことだけ言うと、真弥はさっさと帰ってしまった。

 その姿が見えなくなってから、瑠璃は深いため息を吐き出す。


「もしかして気づいているのかしら、真弥は?」

 二度目に逢ったとき、彼の目の前で泣いてしまって、真弥は抱いて慰めてくれた。

 そんなふうに接してくれた者はいなかったから最初は戸惑ったけれど。

 すぐにその腕の暖かさとぬくもりに涙は止まらなくなった。

 あのときは直接抱いて触れながらも、瑠璃が少女だと気づかなかった真弥に呆れていたけれど。

 もしかして……気づいているのに知らないフリをしていた?

 瑠璃が知られたくないと思っていることを知っていて?

 そういえば初対面のときも、はしゃぎすぎて地を出してしまったことがあった。

 あのときは言葉遣いを取り繕うことも忘れていた。

 真弥はたしかに落ちこぼれ剣士と揶揄されているが、その実力は最高峰。

 そのことは後になってから知った。

 初対面のときに真弥が驚いていたのは、瑠璃が気配を感じさせずに近づいたからだと言っていたから、おそらく気配を読み取る能力にも長けているのだろう。

 つまり鈍感なのではなく、真弥はとても敏感な青年であることを意味している。

 たしかに真弥はおおらかで楽天的、おまけに鷹揚で人柄は温厚。

 そういうふうに彼を見れば、鈍感でも不思議はない気がするけれど、本当の彼はだれよりも闘うことに長けた剣士。

 天才とまで呼ばれるほどの。

 その真弥が瑠璃ていどの変装を見破れないはずがないのだ。

 おそらく真弥は気づいている。

 瑠璃が少女だと。

 知っていて知らないフリをしていてくれた。

 瑠璃が知られたくないと思っていることを知っていたから。

 真弥がなにも打ち明けなかったのは、瑠璃が偽っていることを見抜いていたから。

 言わせなかったのは瑠璃の方だ。

 彼に指摘されて初めて気づいた。

 家を探していると言った。自分の家を。

 それはどういう意味だろう?

 両親はいないのだろうか?

 それとも両親の元から独立するのだろうか?

 どうすればいいのだろう。

 真弥にすべてがバレているなら、このまま隠し通して付き合えるとは思えない。

 だから、真弥は気づけるように指摘してくれたのだろう。

 でも、答えが出ない。

「真弥……」

 名をささやくと涙が出た。

 その意味には気づけなかったけれど。




「泣いていらしたんですか?」

 神殿の私室に戻るなり、由希がそう驚いた声を投げてきた。

 かつらを取ると長い黒髪がバサリと落ちる。

 そうして微笑んでみせた。

「大したことではないの。風で眼になにか入ったらしくて、痛くて泣いてしまったのよ。どんなに泣いても痛みが取れなくて困ったわ」

 肩を竦める瑠璃に由希がホッと安堵した顔になる。

 嘘をつくのは心苦しかったけれど、由希に本当のことは言えない。

 真弥のことを言ったとたん彼がどんな目に遭うか。

「泣いているのは由希の方でしょう? 朝から元気がないわ。昨日まではいつも通りだったのに。なにかあったの?」

 衣服を着替える瑠璃の手伝いをしてくれる由希にそう言えば、すこし強ばったようだった。

 純白の綾織りに着替えてから振り返る。

「本当にどうかしたの、由希?」

 見詰めてみれば由希は泣き出しそうな顔をしている。

 勝ち気な少女らしくない表情に瑠璃は本気で驚いた。

 家柄のせいもあるだろうが、由希はそういう顔はしない少女だったので。

「いったいなにがあったの? 教えてちょうだい。由希。心配じゃない」

「父さんが……あたしの気持ちを考えてくれて大好きな人に、その……結婚を申し込んでくれたんです」

「あら。そうなの? そうよね。由希だってもう14だもの。婚約の話が出ても当然なのよね。むしろ遅いくらいだわ。わたしは例外だし」

 普通の少女は12になるまでには、大抵嫁ぎ先を決めると聞いている。

 実際に結婚するのはもう数年後だが、婚約だけは早いのだ。

 12にもなれば大抵の少女は花嫁になる資格を持てるから、その時期に決めるのが理想的とされていた。

 由希の家柄を思えば、この話は遅いくらいだった。

 でも、いつも身近にいる由希に大好きな人がいるとは思わなかった。

 もしかして断られたのだろうか。

 受けてもらえたなら、こんなに落ち込まないだろうし。

「……もしかして断られたの?」

 おそるおそる言えば、由希は泣き出しそうに顔を歪めてしまった。

 どうやらその通りらしい。

 困った。

 そういう問題には慣れていないから、どう慰めたらいいのかわからない。



「父さんが言ったときに正面から断ってきたって。それだけはできないって」

「その人はだれか想う人でもいたの? 断る理由は言ってくれたの?」

 言ってもいいのかどうか迷いながらもそう言えば、由希はいっそう落ち込んだ顔になってしまった。

 どうやら想い人には他に心を寄せている女性がいたらしい。

 勿体ない真似をするものだ。

 由希の家は村長ですら敵わないほどの大富豪だというのに。

 由希と一緒になれば、その後継にだってなれる。

 それを断るということは、よほどその相手のことが好きなのだろう。

 しかしそんなふうに断られてしまった由希を、いったいどう慰めればいいのだろう?

 困ったことにさっぱりわからない。

「今日はもう帰る? そんな気分ならひとりでいた方が楽なんじゃないの?」

「瑠璃さま……」

「わたしの前にいたら悲しい気分も出せないものね。遠慮しなくていいのよ?」

「ありがとうございます」

 一言そう言って深々と頭を下げると由希はしょんぼりと出て行った。

 その背中が奇妙なほど小さく見えて驚いた。

 気丈な由希があんなふうに頼りなくなるなんて、恋とはなんとも不思議なものである。

「恋……」

 不意に浮かんだ言葉に胸が震える。

 ついで真弥の笑顔が浮かんで、頬が燃えるように熱くなった。

「いやだ。わたしどうしたのかしら……」

 うろうろと歩き回る瑠璃を見て、神殿に勤めている者たちが首を傾げていたが、瑠璃は気づくこともしなかった。




 昨夜の話し合いの後から、真弥は言った通り家を探しはじめていた。

 ただしその基準で迷っている。

 昨夜はとりあえず早く出ていかないとと思っていたから、自分ひとりが住めるなら、どこでもいいと思っていた。

 少なくともさっき瑠璃に逢うまでは、そう思っていたのはたしかである。

 だが、今は迷っている。

 瑠璃を手に入れることができれば、おそらくここにはいられない。

 瑠璃の姿や名を知っている者が少数とはいえいる以上、事が露見すればこの部落にはいられないのだから。

 一時的という基準で探すべきか、それとも瑠璃のことは諦めて永住できる家を探すべきか。

 迷いながらも人伝に空き家を探して回ったが、それが逆に噂を呼んだようだった。

 養い子という立場にあっても、実子同然の扱いを受け、ほとんどなに不自由ない生活を送っていた真弥が、突然、家を探しはじめたからだ。

 村で騒ぎになるほど噂になるまで、ほとんど時間はかからなかった。

 半刻ほどが過ぎた頃には、真弥のところに慌てたように勇人がやってきていた。

「ちょっと待てよ、真弥っ」

 息せき切って駆けつけてきた勇人に、驚いたように真弥が振り向いた。

「なにを慌てているんだい、勇人?」

「これが慌てずにいられるかっ。いったいなにがあったんだ? 空き家を探してるらしいじゃないかっ」

「ああ」

 そのことかと真弥が苦い気分で呟いた。

 噂になるのが早すぎると、苦い気分になっていたのだ。

 噂になるだろうとは覚悟していたが、行動を起こしてまだ半刻しか経っていないのに、これはないだろうと思う。

 たしかに真弥はなにかと噂の種になる身ではあるのだが。

 実力では最高峰の剣士でありながら、絶対に人を殺せず動物さえ傷つけられない落ちこぼれ剣士と揶揄されていること。

 また真弥自身はあまり意識しないが、優しげなその美貌も注目の的となる。

 人柄だって魅力的なものだし、実際、真弥は実によくモテた。

 これでだれも仕掛けてこないのは、真弥の傍に常に由希が控えていたからである。

 売約済みだと思っていただけなのだ。

 そのことまでは真弥は知らないのだが。


 いつもは優しい真弥の瞳が鋭くなり、その怒気を垣間見せた。

 信じ込んでいた勇人は唖然としている。

「由希ちゃんと付き合っていたんじゃないのか? この辺の奴らはみんなそう思ってるぞ?」

「なんだい? その根拠のない確信は……」

 呆れたような真弥の様子は、明らかに心外だと言っている。

「どうなってんだよ……」

「ぼくが訊きたいよ。なんなんだい、その噂? ぼくは由希と付き合った覚えなんて一度もないからね」

 呆然とした勇人から事と次第を打ち明けられ、さすがの真弥も本気で呆れてしまった。

 なんでもかんでも好きに解釈してくれと、適当に受け流していると、とんでもない誤解が真実としてまかり通るものらしい。

 だから、おじさんがあんなことを言ってきたんだろうか?

「そういう事情がないなら、なんだって今頃になって家を出るんだ? 普通に自活するにしても、冬を目前にした今頃にそういう行動に出るのは変だろう?」

 秋の紅葉も深まり季節はすぐに白くなるだろう。

 この辺の秋は短いのだ。

 だから、普通になんの問題もなく、両親の元から自立するように独立するなら、別段今の季節を選ぶ必要はない。

 むしろみんなこんな時期の引っ越しは避けるだろう。

 大体、真弥の境遇を思うなら、新しい家を見つけて引っ越した場合、間違いなく現在より環境的に劣るはずで、感じる寒さも比較にならないだろう。

 勇人が疑問を感じるのも無理はなかった。

 普通なら適当にあしらい答えないところだが、相手が勇人だったし、周囲にはほとんど人がいないということもあって、真弥は打ち明けることにした。

 噂をきちんと否定したかったのだ。

 瑠璃は真弥を捜してこの辺りをうろつくこともあるから、なにも知らない彼女に、そういう噂が耳に入るのを恐れてのことである。

 自覚していないが最愛の人を優先しているため、由希には残酷な仕打ちなのだが、真弥は気づいていなかった。

 たったひとりと思い詰める人が現れてしまったら、だれだってその他の者には残酷になれるものである。

 最優先の対象が決まっているから。

 このときの真弥はそういう感情がなにを招くか、まだ自覚してはいなかった。

 周囲が恐れるほどの実力を持つ真弥が、心にしっかり灯した気持ち。

 それは状況によっては恐ろしい刃と化す。

 その決断を下せる力を真弥はすでに得ていた。

 まだ気づいていなかったけれど。

「勇人だから打ち明けるけど、実はおじさんから正式に話が出てね」

「誤解じゃないじゃないか」

「誤解だってっ。本当に付き合っていないし、ぼくは由希のことは妹のようにしか思ってないよ。おじさんからは由希と一緒になって、後を継いでほしいって言われたけど、ぼくは断ったからね」

「信じられねえ。勿体ない真似するなあ。おれならそんな絶好の機会、絶対に見逃さないぞ」

 眼を剥いて驚く勇人に真弥は呆れている。

「それって金持ちなら、相手はだれでもいいわけ、勇人は?」

「う~ん。時と場合によるだろうけど、普通は断りにくい誘惑じゃないか? それともそんな好条件の縁談を断わったってことは、他に好きな女でもいるのか?」

 半信半疑といった感じの問いだったが、言われた瞬間、真弥が微かに動揺した。

 気持ちを自覚したばかりのせいでごまかせなかったのだ。

 珍しく狼狽える真弥を見て、勇人はもっと驚愕する。

「おいおい。いったいいつの間に? 相手はだれだよ、真弥? 由希ちゃん以外の女の子と付き合ってる素振りはなかったけど、いつの間に引っかけたんだ、おまえ?」

「怒るよ、勇人。そういう言い方をしたら」

 まるで遊び人みたいに言われ、真弥がムッとしている。

「悪い。悪い。で、ほんとにだれなんだ?」

「……悪いけどそれは言いたくない」

 片手を口許に当てて顔を背けて、そう答える真弥に勇人は追及を諦めた。

 これは言わないだろうと判断して。

 なにか言えない事情があるのかもしれない。

 それに真弥の方は違ったとしても、由希の方は間違いなく真弥を想っている。

 相手の名が耳に入ったら、なにをするかわからない。

 そういう意味でも言えないだろうと思ったから。

  ただその場合、真弥がその相手と添い遂げようと思ったら、もしかしたらこの部落を出ていくかもしれないと、ふとそんな予感がした。

「もしかして由希ちゃんとの縁談を断わったから家を探してるわけか?」

「まあね。ぼくもそこまで厚顔無恥じゃないつもりだから。縁談を断っておきながら、まだお世話になれると思う? おじさんはそんな必要はないと言ってくれたけど、由希のためにも離れるべきだと思うんだ。ぼくが応えてやれない以上」

「そっか」

 真弥らしいなと思う。

 由希は決して万人に好かれる少女じゃない。

 由希のことを本心から気遣うのは真弥くらいだ。

 その真弥も幼なじみとしての気持ちしか感じられなかったみたいだが。

 案外、本来なら由希は真弥にとって、1番苦手な少女ではないだろうか?

 幼なじみとして育っていなかったら、近づくこともなかったかもしれない。

「由希ちゃんはけっこうワガママだし、独占欲だって強いしな。おまえが断っても、すぐには諦められないかもしれないな。気持ちの切り替えだってできるとは思えない。おまえさ。その相手と結ばれたらどうするんだ?」

 この問いは真弥にはとても意味が重かった。

 まだ仮定だが真弥が想いを寄せる相手はよりによって巫女だ。

 普通なら許されない想いである。

 だから、軽い気持ちでは答えられなかった。

「……そのときはここを出ていくよ、ぼくは」

「由希ちゃんのせいか?」

「いや。別に由希のせいじゃない。由希の問題がなくても、そのときは出ていくよ、ぼくは」

「真弥?」

 思い詰めたような目の色が気になって、勇人が気遣うように名を呼んだ。

「とりあえず由希には伏せておいてもらえると助かるよ。知ったらなにをやりだすかわからないし」

「おまえのためにならないことはしないって。でも、なにも出ていかなくても……」

「勇人。もしそのときがきたら、勇人にもぼくの気持ちがわかるよ。どうして出ていくのか。出ていかなければならないのかが」

「……」

 なにひとつ返事を返せずに、勇人は遠ざかる真弥の背中を見ていた。

 真弥がなにか超えてはならない境界線を超えたような、そんないやな予感がしていた。

「もしかしてあいつ……ものすごく厄介な相手に惚れたんじゃないだろうな?」

 結ばれたそのときは出ていくしかないのだと、真弥の口調はそう聞こえた。

 まるで追われるように。

 いやな予感だった。

 とても。
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