第二章 戻れない道
真弥と知り合った翌日、瑠璃は彼の元には行けなかった。
本当はなんの予定もなかったし、適当に理由を作れば時間は自由になる。
そう楽観していたのだが、昼過ぎになって突然、村長が訪ねてきたのである。
気分が悪いの一言で撃退できるわけもなく、瑠璃はその日は真弥に逢うのを諦めた。
本当は彼と逢って話すのは楽しかったから、絶対に行くつもりだったのだが。
だが、これもちょうどいい機会かもしれないと、瑠璃は上座に位置し跪いた村長を見つめつつ口火を切った。
「それで御用はなんなのかしら、村長?」
「もうすぐもしかしたら西の部落と戦になるやもしれません。その託宣に備えて巫女殿には潔斎をお願い致したいのです」
そう言われたとき、瑠璃の漆黒の瞳が鋭く煌めいた。
「いつ頃、突入するのか、どのくらいの規模なのか、そういったことをいつものように……」
言いかけた村長を瑠璃の鋭い声が遮る。
「今度はどこの国を滅ぼすつもり?」
「巫女殿?」
怪訝そうな村長に、瑠璃の背後で付き添っている由希も、ふしぎそうに女主人をみた。
今までの瑠璃とは別人のように、強い意志と考えをもって話しているようにみえる。
この急激な変化はいったいなんなのだろう?
「あなたは巫女の力を本当にわかっているのかしら、村長?」
わかっていないだろうと瑠璃は思う。
「あなたがどれほど上手い言い訳を使っても、その内容が言った言葉を裏切っていれば、わたしの託宣も意味を違えてしまうわ」
瑠璃が良い意味で託宣していても、騙されていれば意味が変わってしまう。
その意味を、それが招く結果を、この人は本当にわかっているのだろうか。
「あなたは人を殺すことの恐ろしさを、簡単に人を殺せる人の醜さを、本当に理解しているの?」
蒼白になりながらも、巫女によけいなことを吹き込んだのはおまえかと、村長が由希を睨み付ける。
由希が慌てて否定する前に瑠璃が彼女を庇った。
「本当に巫女の力を侮っているのね、村長。別に由希から聞かなくても、わたしにはわかるわ」
真弥に聞かなくても、いずれねじ曲げられた真実に気づいた。
それが巫女だ。
「あなたがこれまでにわたしを騙して得た託宣。それが歪められ積み重なったあなたの業。罪は報いを呼ぶわ。業は人の魂を疲弊させていくわ。教えてほしい? あなたの最期を」
とんでもないとかぶりを振る村長に、瑠璃はやるせなく微笑む。
だれだって自分がいつ死ぬかなんて知りたくないものだ。
ましてやどんなふうに死ぬかなんて、絶対に知りたくないだろう。
人はそれほどまでに脆く弱い。
それなのに何故、人は過ちを繰り返すのだろう。
「戦をして喜ぶのは、天から得た宿命に背く行い。戦を回避するようになさい。そのかわりもし相手が攻め入ってきても、わたしが護るわ」
「巫女殿」
「これ以上罪を重ねてはいけない。わたしにはわかるのよ。血なまぐさい現実を重ねてきた業が、いつか報いを呼ぶ。わたしはこの部落を護りたい。滅ぼしたくないのよ。わかってくれるわね?」
瑠璃の言葉を裏返せば、これ以上今までと同じことを繰り返せば、部落が滅ぶと言ったも同じだった。
さすがにふたりとも驚愕している。
滅びを避けたいという。
護りたいのだという。
ではこれから先、どういう理由があれ、戦はできないのか?
護るための戦なら、おそらく制止はかからないだろう。
これまでがそうだったように。
だが、託宣を求める意味が違っていて、それに気づかれたらまず無理だ。
巫女の託宣なくして政は決められない。
瑠璃が許さないかぎり、私腹を肥やすための戦は、禁じられたも同然だった。
歴代の巫女は人形のように村長の言いなりで、知らず知らず振るうその力で、多大な加護を与えていた。
だが、この巫女は歴代の巫女とどこかが違う。
畏怖すべきほどの力。
絶対に外れない託宣。
その巫女が自分の意志で歩きだし、織る未来の託宣をだれよりも理解して行った場合。
この巫女は希代の巫女になるのと同時に、おそらく最も扱いにくい巫女となる。
傀儡にはできないだろう。
どれほど上手い嘘を並べても、めざましく力に目覚めた巫女には、それが嘘だとわかってしまう。
厄介なことになったと頭を悩ませながら、村長は村へと戻っていった。
いつもの私室に戻った瑠璃は、由希のふしぎそうな眼差しを受けて、もう沈みかけた夕陽をみながら、彼女に声を投げた。
「どうかしたの、由希? そんなにジッとわたしをみて」
「いえ。ただ先ほどの瑠璃さまが、今までとは別人のようにみえて、すこし驚いていました。なにかあったのですか?」
「別になにもないわ。敢えて言うなら、無知はこの世で最も重い罪だとわかってしまった。それくらいかしらね」
瑠璃の言葉は曖昧で由希にはよくわからない。
でも、今までは着飾られていただけのきれいな小鳥。
籠の鳥だった意志を持たない人形そのままだった瑠璃が、自分で考え決断を下しはじめているということはわかった。
どういう理由にせよ、瑠璃が自分で前に進んでいくのなら、それは良い変化なのだろうと、由希は自分を納得させた。
巫女と付き合っていく上で、踏み込みすぎるのはよくないと、それまでの経験で知っていたので。
踏み込みすぎて、これ以上の友情を抱けば、おそらく由希は監視役としては、不適格と見なされ解雇される。
そうすれば違うだれかが、瑠璃のお傍付きに選ばれるだろう。
最悪、巫女の実態を知る由希は、人知れず消されるおそれだってある。
自分が望んだわけでもないのに、取り巻きは大勢いるが、本当の友達といえる相手はいない。
純粋な友情を向けてくれる人も。
自分ではどうしてなのかわからない。
幼なじみにして最愛の真弥に、昔、何度かそれは由希のせいだと、そんな態度はいけないと言われたことがある。
でも、なにがダメなのか。
どうしてダメなのか。
由希にはわからなかったのだ。
だれひとり不平不満は言わない。
みんな由希の前では笑ってくれる。
それがそのときだけの付き合いだとしても。
それで何故いけないのか、何故、真弥の言うとおり友達ができないのか。
由希にはどうしても理解できなかった。
そんな由希にとって瑠璃は、初めて打算のない友情を向けてくれた相手だった。
できるかぎり力になりたい。
だから、深入りしすぎてはいけない。
境界線をこえて、それをもし悟られれば、もう瑠璃の役には立てないから。
瑠璃の前では素直になれる。
由希は気づいていなかったが、それは事実だった。
自分より立場が上だから、自分が気遣うべき相手だから。
だから、由希はいつものようなワガママは言わない。
瑠璃がどれほど孤独な境遇で生きるように強いられているか。
由希はだれよりも知っている。
だから、瑠璃の力になりたいと願う。
それが由希を優しい少女に変えていた。
それだけに瑠璃との繋がりの意味は大きい。
ふたりの友情がいずれ崩れ、跡形もなくなったとき、由希がすべてを滅ぼすほどの悲劇を招くと、この時点ではふたりとも知る葦もなかった。
「真弥っ。ここだよっ」
初めて逢ったあの日にふたりで過ごした湖で、真弥を待っていた瑠璃は、駆けてくる彼の姿を見つけて笑顔で手を振った。
男言葉にもだいぶ慣れてきていて、真弥とも普通に話せるようになってきていた。
まあ時折、異性と付き合うのに慣れていないせいで、妙な態度をとってしまうこともあるのだが。
それでも真弥はなにも言わない。
真弥の優しさに触れて、瑠璃は今とても幸せだった。
「ごめん。遅くなった。ちょっと鍛練が長引いてさ」
「嘘、だろ?」
やってきたとたんの一言に、小さく笑って指摘すれば、真弥がちょっと怒った顔になった。
どういうわけか、真弥は瑠璃に心配をかけることをものすごくきらう。
だから、言いたくないことを当てられると、不機嫌になってしまう一面があった。
「真弥は稽古なんてしないじゃない。なにかあったの?」
無邪気に見上げてくる瑠璃に、真弥はムスッとしたまま地面に座り込んでしまった。
どうやらまだ怒っているらしい。
最初はそういう行動には抵抗があったし、あまりにも知らないことの多かった瑠璃だが、今ではちゅうちょなく行動に出られる。
ブスッとしたまま振り向かない真弥の隣に座ると、真弥がちょっとだけ視線を向けてきた。
言いたくないことを抱えているときの真弥の癖。
目を合わせれば嘘だとバレてしまうから顔はみない。
そのくせ瑠璃の方を気にしていて、何度となく盗み見る。
あまり隠し事をせず、おおらかな真弥は、瑠璃にはなんでも話してくれる。
だが、やはり個人的に言いたくないことはあるのか、彼は個人的なことはあまり話してくれない。
つまり家族構成とか、友人関係とか、そういう些細なことだ。
瑠璃も素性は言っていないし、それどころか性別さえ偽っている状態だ。
だから、ちょっと寂しいなと思っていても、特に文句は言っていない。
ただ真弥をみていればわかるこどだが、よほど複雑な環境なのか。
時々ため息をついていることもある。
悩んでいるのなら、打ち明けてくれたらいいのにと、瑠璃は胸の内で思う。
彼の役に立ちたいと思うのに、真弥は打ち明けてくれない。
それとも瑠璃自身が隠し事をしている状態では、打ち解け合うなんて無理なのだろうか。
「ねえ、どうしてそんな顔してるの?」
ふしぎそうな瑠璃に真弥は目を逸らす。
昨夜、由希の父親であり、父の親友だったおじさんに言われた言葉が脳裏をよぎる。
本当はなんの予定もなかったし、適当に理由を作れば時間は自由になる。
そう楽観していたのだが、昼過ぎになって突然、村長が訪ねてきたのである。
気分が悪いの一言で撃退できるわけもなく、瑠璃はその日は真弥に逢うのを諦めた。
本当は彼と逢って話すのは楽しかったから、絶対に行くつもりだったのだが。
だが、これもちょうどいい機会かもしれないと、瑠璃は上座に位置し跪いた村長を見つめつつ口火を切った。
「それで御用はなんなのかしら、村長?」
「もうすぐもしかしたら西の部落と戦になるやもしれません。その託宣に備えて巫女殿には潔斎をお願い致したいのです」
そう言われたとき、瑠璃の漆黒の瞳が鋭く煌めいた。
「いつ頃、突入するのか、どのくらいの規模なのか、そういったことをいつものように……」
言いかけた村長を瑠璃の鋭い声が遮る。
「今度はどこの国を滅ぼすつもり?」
「巫女殿?」
怪訝そうな村長に、瑠璃の背後で付き添っている由希も、ふしぎそうに女主人をみた。
今までの瑠璃とは別人のように、強い意志と考えをもって話しているようにみえる。
この急激な変化はいったいなんなのだろう?
「あなたは巫女の力を本当にわかっているのかしら、村長?」
わかっていないだろうと瑠璃は思う。
「あなたがどれほど上手い言い訳を使っても、その内容が言った言葉を裏切っていれば、わたしの託宣も意味を違えてしまうわ」
瑠璃が良い意味で託宣していても、騙されていれば意味が変わってしまう。
その意味を、それが招く結果を、この人は本当にわかっているのだろうか。
「あなたは人を殺すことの恐ろしさを、簡単に人を殺せる人の醜さを、本当に理解しているの?」
蒼白になりながらも、巫女によけいなことを吹き込んだのはおまえかと、村長が由希を睨み付ける。
由希が慌てて否定する前に瑠璃が彼女を庇った。
「本当に巫女の力を侮っているのね、村長。別に由希から聞かなくても、わたしにはわかるわ」
真弥に聞かなくても、いずれねじ曲げられた真実に気づいた。
それが巫女だ。
「あなたがこれまでにわたしを騙して得た託宣。それが歪められ積み重なったあなたの業。罪は報いを呼ぶわ。業は人の魂を疲弊させていくわ。教えてほしい? あなたの最期を」
とんでもないとかぶりを振る村長に、瑠璃はやるせなく微笑む。
だれだって自分がいつ死ぬかなんて知りたくないものだ。
ましてやどんなふうに死ぬかなんて、絶対に知りたくないだろう。
人はそれほどまでに脆く弱い。
それなのに何故、人は過ちを繰り返すのだろう。
「戦をして喜ぶのは、天から得た宿命に背く行い。戦を回避するようになさい。そのかわりもし相手が攻め入ってきても、わたしが護るわ」
「巫女殿」
「これ以上罪を重ねてはいけない。わたしにはわかるのよ。血なまぐさい現実を重ねてきた業が、いつか報いを呼ぶ。わたしはこの部落を護りたい。滅ぼしたくないのよ。わかってくれるわね?」
瑠璃の言葉を裏返せば、これ以上今までと同じことを繰り返せば、部落が滅ぶと言ったも同じだった。
さすがにふたりとも驚愕している。
滅びを避けたいという。
護りたいのだという。
ではこれから先、どういう理由があれ、戦はできないのか?
護るための戦なら、おそらく制止はかからないだろう。
これまでがそうだったように。
だが、託宣を求める意味が違っていて、それに気づかれたらまず無理だ。
巫女の託宣なくして政は決められない。
瑠璃が許さないかぎり、私腹を肥やすための戦は、禁じられたも同然だった。
歴代の巫女は人形のように村長の言いなりで、知らず知らず振るうその力で、多大な加護を与えていた。
だが、この巫女は歴代の巫女とどこかが違う。
畏怖すべきほどの力。
絶対に外れない託宣。
その巫女が自分の意志で歩きだし、織る未来の託宣をだれよりも理解して行った場合。
この巫女は希代の巫女になるのと同時に、おそらく最も扱いにくい巫女となる。
傀儡にはできないだろう。
どれほど上手い嘘を並べても、めざましく力に目覚めた巫女には、それが嘘だとわかってしまう。
厄介なことになったと頭を悩ませながら、村長は村へと戻っていった。
いつもの私室に戻った瑠璃は、由希のふしぎそうな眼差しを受けて、もう沈みかけた夕陽をみながら、彼女に声を投げた。
「どうかしたの、由希? そんなにジッとわたしをみて」
「いえ。ただ先ほどの瑠璃さまが、今までとは別人のようにみえて、すこし驚いていました。なにかあったのですか?」
「別になにもないわ。敢えて言うなら、無知はこの世で最も重い罪だとわかってしまった。それくらいかしらね」
瑠璃の言葉は曖昧で由希にはよくわからない。
でも、今までは着飾られていただけのきれいな小鳥。
籠の鳥だった意志を持たない人形そのままだった瑠璃が、自分で考え決断を下しはじめているということはわかった。
どういう理由にせよ、瑠璃が自分で前に進んでいくのなら、それは良い変化なのだろうと、由希は自分を納得させた。
巫女と付き合っていく上で、踏み込みすぎるのはよくないと、それまでの経験で知っていたので。
踏み込みすぎて、これ以上の友情を抱けば、おそらく由希は監視役としては、不適格と見なされ解雇される。
そうすれば違うだれかが、瑠璃のお傍付きに選ばれるだろう。
最悪、巫女の実態を知る由希は、人知れず消されるおそれだってある。
自分が望んだわけでもないのに、取り巻きは大勢いるが、本当の友達といえる相手はいない。
純粋な友情を向けてくれる人も。
自分ではどうしてなのかわからない。
幼なじみにして最愛の真弥に、昔、何度かそれは由希のせいだと、そんな態度はいけないと言われたことがある。
でも、なにがダメなのか。
どうしてダメなのか。
由希にはわからなかったのだ。
だれひとり不平不満は言わない。
みんな由希の前では笑ってくれる。
それがそのときだけの付き合いだとしても。
それで何故いけないのか、何故、真弥の言うとおり友達ができないのか。
由希にはどうしても理解できなかった。
そんな由希にとって瑠璃は、初めて打算のない友情を向けてくれた相手だった。
できるかぎり力になりたい。
だから、深入りしすぎてはいけない。
境界線をこえて、それをもし悟られれば、もう瑠璃の役には立てないから。
瑠璃の前では素直になれる。
由希は気づいていなかったが、それは事実だった。
自分より立場が上だから、自分が気遣うべき相手だから。
だから、由希はいつものようなワガママは言わない。
瑠璃がどれほど孤独な境遇で生きるように強いられているか。
由希はだれよりも知っている。
だから、瑠璃の力になりたいと願う。
それが由希を優しい少女に変えていた。
それだけに瑠璃との繋がりの意味は大きい。
ふたりの友情がいずれ崩れ、跡形もなくなったとき、由希がすべてを滅ぼすほどの悲劇を招くと、この時点ではふたりとも知る葦もなかった。
「真弥っ。ここだよっ」
初めて逢ったあの日にふたりで過ごした湖で、真弥を待っていた瑠璃は、駆けてくる彼の姿を見つけて笑顔で手を振った。
男言葉にもだいぶ慣れてきていて、真弥とも普通に話せるようになってきていた。
まあ時折、異性と付き合うのに慣れていないせいで、妙な態度をとってしまうこともあるのだが。
それでも真弥はなにも言わない。
真弥の優しさに触れて、瑠璃は今とても幸せだった。
「ごめん。遅くなった。ちょっと鍛練が長引いてさ」
「嘘、だろ?」
やってきたとたんの一言に、小さく笑って指摘すれば、真弥がちょっと怒った顔になった。
どういうわけか、真弥は瑠璃に心配をかけることをものすごくきらう。
だから、言いたくないことを当てられると、不機嫌になってしまう一面があった。
「真弥は稽古なんてしないじゃない。なにかあったの?」
無邪気に見上げてくる瑠璃に、真弥はムスッとしたまま地面に座り込んでしまった。
どうやらまだ怒っているらしい。
最初はそういう行動には抵抗があったし、あまりにも知らないことの多かった瑠璃だが、今ではちゅうちょなく行動に出られる。
ブスッとしたまま振り向かない真弥の隣に座ると、真弥がちょっとだけ視線を向けてきた。
言いたくないことを抱えているときの真弥の癖。
目を合わせれば嘘だとバレてしまうから顔はみない。
そのくせ瑠璃の方を気にしていて、何度となく盗み見る。
あまり隠し事をせず、おおらかな真弥は、瑠璃にはなんでも話してくれる。
だが、やはり個人的に言いたくないことはあるのか、彼は個人的なことはあまり話してくれない。
つまり家族構成とか、友人関係とか、そういう些細なことだ。
瑠璃も素性は言っていないし、それどころか性別さえ偽っている状態だ。
だから、ちょっと寂しいなと思っていても、特に文句は言っていない。
ただ真弥をみていればわかるこどだが、よほど複雑な環境なのか。
時々ため息をついていることもある。
悩んでいるのなら、打ち明けてくれたらいいのにと、瑠璃は胸の内で思う。
彼の役に立ちたいと思うのに、真弥は打ち明けてくれない。
それとも瑠璃自身が隠し事をしている状態では、打ち解け合うなんて無理なのだろうか。
「ねえ、どうしてそんな顔してるの?」
ふしぎそうな瑠璃に真弥は目を逸らす。
昨夜、由希の父親であり、父の親友だったおじさんに言われた言葉が脳裏をよぎる。