第五章 時を超える想い
しかし瑠璃が嘘をついているようにも見えない。
力に関してではなく夫を迎えたことに関してだ。
それについては瑠璃は明言している。
夫はいると。
自分は人妻だと。
男と通じながら神力を失わない巫女などいるのだろうか?
謎かけのような瑠璃の言葉は、ただ惑わすためだけのものなのだろうか。
逃げ出すための隙を作ろうとして?
どんな答えも出せなくて村長はため息をついて、由希に逢おうと陽の高い内に彼女の家に向かうことにした。
その背を見送って瑠璃もため息をつく。
何故だか胸騒ぎがして。
(真弥……)
心で愛しい夫の名を呼んで、瑠璃はまた祈りはじめた。
いつも通り正面から帰ろうとした村長は、意外な騒動に出会した。
兵士たちが慌ただしく動き出していて、ひっきりなしに断末魔の悲鳴が上がっている。
「どうした? 何事だね、これは?」
現場に駆けつけようとした青年を取り押さえ訊ねると、彼は焦ったように指示した。
「村長さまは裏からお逃げくださいっ。襲撃者ですっ」
「襲撃者? どこかの軍か?」
神殿に仕掛けてくるなら、そうとしか思えなかったのだが、兵士はかぶりを振った。
「襲撃者は……ひとり、です」
「ひとり? たったひとりの襲撃者を取り押さえることができないのか?」
その上に自分に逃げろと言うのかと、村長が非難の声を上げると、彼は悲鳴のように口にした。
予想外の名を。
「襲撃者はあの天才剣士、真弥ですっ!! 我々ではとても歯が立ちませんっ!!」
「天才剣士、真弥……」
愕然とした声が出た。
落ちこぼれ剣士と揶揄される影で、畏怖と共に口にされてきた真弥の異名。
――――決して本気にならない天才剣士。
その真弥が神殿を襲撃している?
断末魔の悲鳴は間がないほど、ひっきりなしに上がっている。
どう好意的に聞いても、真弥が一瞬とも言える時間で、何人も同時に殺しているとしか思えない状況だった。
逃げろと強く勧められるのを、すこしのあいだだけだと遮って、村長は修羅場を目にした。
もう入り口は突破したのか、真弥はすでに血の海となった広場にいた。
普段ならその更に奥に瑠璃の私室がある。
この短い時間にここまで突破したのかと感嘆の思いだった。
今はいつもの倍の警戒をしているし、警備の人数だって数倍に増やしている。
強者ばかりを集めて。
それなのに真弥は短時間にここまで辿り着いている。
そうして彼の周囲には物言わぬ骸が、累々と転がっていた。
一歩足を進めるだけで革の靴に血飛沫が飛ぶ。
手にした長剣は血の色に染まり、まるで妖刀のようだ。
生命を持っているかのように妖しく輝いている。
いつもの優しげな面影はどこにもなく、きつい瞳で周囲を注意深く窺っているのが見えた。
その眼は刃物のような鋭さがある。
右側から襲ってきた兵士を軽々と斬り捨て、反対側から襲ってきた兵士を、片腕に持ち替えた剣でその腹を刺す。
獣も殺せない、傷付けることもできない、あの真弥だとは思えない機敏で残酷な動きだった。
「これで23人」
殺した人数を数えているのか、それとも真弥が警告しているのか、冷たい声がそう言った。
唇を噛み締める。
まさかの相手だった。
予想しえない相手だった。
まさか彼が……。
「決して本気にならない天才剣士、真弥。彼が巫女殿の夫か」
人柄的に理解はできる。
瑠璃と彼はどこか似通っている。
通じ合うものがあるから惹かれ合ってしまったのだろう。
だが、彼の境遇を思えば、こんな事態になるなんて、だれにも予想できない。
ましてやあれだけ責められても、人を殺せなかった真弥が、今こうして襲撃者として大量殺人を平然と行っているなんて、一体だれが思うだろう?
あの真弥が本気になった。
瑠璃が処刑されるから。
愛する妻を救い出して奪うために。
「急がなければ……っ」
由希を呪いたい心境で村長は慌てて裏から逃げ出した。
彼女に真偽を問い質すために。
真弥が瑠璃の夫なら、どうして瑠璃が死を覚悟してまで、由希にすべてを委ねたのかがわかる。
どこまで真実かがわからない。
すべては闇の中。
だが、最悪の事態を招く前になんとかしなければならなかった。
もう平常心を保つのも難しいほどの人数を葬ってきた。
最初は多少の抵抗感があったし、殺した相手に罪悪感を感じたが、それに浸りきる時間を与えない反撃に、真弥もすこしずつ感覚が研ぎ澄まされていくのがわかった。
人の死に一々反応していたら、こちらが殺される。
瑠璃を助け出し共に逃げ出すまでは、絶対に死ぬわけにはいかなかった。
まだだ。
まだ兵たちには隙がない。
慌てふためきながらも、真弥の前に進み出てくる。
それを真弥は鬼神のごとき強さで次々と屠っていった。
その姿のあまりの壮絶さに兵士たちがぞっとしている。
やがて兵士の数が減っていき、彼らはひとつの方向に集まり出した。
まるでそこには行かせないとするように。
ニヤッと真弥が笑った。
いつもなら見せない凄みのある笑みだった。
(あそこだね。遂に隙を見せた。彼らがぼくを行かせまいとするところ。そこに瑠璃はいる。後すこし。後すこしだから、瑠璃。それまでどうか無事でいてっ!!)
祈るような思いで3人を葬った真弥は怯える兵士たちを一瞥した。
その眼差しのあまりの鋭さに兵士たちが震え上がる。
疲れは頂点にきている。
腕は鉛のようだったし、足だって重石をつけているような気分だ。
それでも真弥の動きには些かの乱れもない。
そして……。
「そこを通してもらうよ。ぼくを待っている人がいるんだ」
真弥がそう言って剣を突き付けたとき、信じられないと声が上がった。
「真弥。おまえ……」
突然の声に真弥がハッとした。
兵士たちを掻き分け現れたのは勇人だった。
お互いに信じられないと相手を見ていた。
幼なじみとして育った相手だった。
戦場で真弥が反撃できないとき、危なくなったときに自分の手を汚して庇ってくれたのも彼だったのだ。
彼は真弥ほどではないが、真弥に次ぐと言われているほどの凄腕の剣士だ。
この非常事態に収集されても不思議はない。
お互いに相手を見詰めたまま、ふたりは暫しその場に立ち尽くした。
「由希っ。出てきなさい!! 由希っ」
声高に連呼している村長に驚いて、由希が自分の部屋から現れた。
「どうかしたんですか、村長?」
神殿に行く必要がなくて暇なのか、由希は普段着で寛いでいたようだった。
のんびり現れた彼女に苦々しい気分で訊ねた。
「巫女殿の夫があの真弥だと何故教えなかった?」
「それは……」
俯いて唇を噛む由希に、村長は彼女の肩を掴んで揺さぶった。
「答えなさい。巫女殿は真実その力を失ってしまったのか? わたしにはとてもそうは見えん。巫女殿は未だに力に溢れているように見える。どうなのだ?」
なにかに逡巡しているように視線を彷徨わせる由希に、村長が厳しい口調で突き付けた。
一部の者しか知らない事実を。
「これはきみは知らないかもしれないが、力ある巫女や神官を殺すことは禁忌とされている」
「何故ですか?」
「力ある巫女や神官を殺めれば、その力の強さの分だけ、殺した者にその部落に災いが起きるからだ」
「え?」
真っ青になった由希に村長はいやな予感が強まるのを感じていた。
「巫女殿は稀有な力を保持している。あの方がもし力を失っていないにも関わらず、由希の密告で処刑されたら、最悪この近隣はすべて崩壊するだろう」
「そんな……」
ガクガクと震え出す由希に村長は舌打ちをひとつ漏らした。
「それも軽い被害を想定しての話だ。もっと酷ければ我々の目に及ばぬ土地までも、その余波を受けるかもしれない」
「瑠璃さまのお力はそれほどまでに偉大だと?」
震える声の問いかけに村長は「そうだ」と頷いた。
「あの方の力は特別だ。過去数多あった巫女たちを凌駕する力。どれほどの災いが起きるか、予想もつかん。おまけに今巫女殿の身に危険が迫っていることを知った真弥が、神殿を強襲している」
由希の顔にははっきりと「信じられない」と書いていた。
だれが由希の立場でもそうだろう。
あの真弥が自分から襲撃者になって人を殺すなんて、冗談だとも思ってくれないに決まっている。
真弥の優しさはそれほどまでに有名だった。
「わかるかね? 真弥が行動に出ている今、処刑が早まる可能性もあるのだ」
強く言い切る村長に由希は、その場に座り込みたい気分だった。
瑠璃を救おうとしている真弥の行動が裏目に出る。
いや。
それは真弥だって承知しているはずだ。
ならば彼は万にひとつの可能性に賭けて、瑠璃が殺される前に救いだし、ふたりで逃げ出すつもりなのだろう。
ふたりの心はどこまでも重なっている。
真弥が犠牲になっても瑠璃は生きていないし、瑠璃が犠牲になっても真弥は生きていない。
だから、彼にはこれしか方法がなかったのだ。
由希が……密告なんてしたから。
大切なふたりを由希が死地へと追い詰め、部落まで危うくしてしまった。
死ですらも購えない罪だと今更のようにそう思う。
「時間がないんだ。答えなさいっ。巫女殿のお力は本当に失われたのかっ!?」
詰問口調で問われ、由希は頼りなくかぶりを振った。
否定の動作を見て村長が青ざめる。
「瑠璃さまのお力は失われてはいません。それどころか真弥を夫としてから力が増しているとおっしゃっていました。歴代の巫女がどうだったのかはわからないけれど、自分は夫を迎えたことで力は増幅されている、と」
「つまり真弥との関係は巫女殿にとっては歓迎すべきことであったということか。何故それを隠して偽りの報告などしたのだっ?」
怒鳴り付ける村長に由希は力なく視線を逸らした。
だが、ここで由希を責めていても仕方がないと村長は慌てて神殿に引き返した。
力に関してではなく夫を迎えたことに関してだ。
それについては瑠璃は明言している。
夫はいると。
自分は人妻だと。
男と通じながら神力を失わない巫女などいるのだろうか?
謎かけのような瑠璃の言葉は、ただ惑わすためだけのものなのだろうか。
逃げ出すための隙を作ろうとして?
どんな答えも出せなくて村長はため息をついて、由希に逢おうと陽の高い内に彼女の家に向かうことにした。
その背を見送って瑠璃もため息をつく。
何故だか胸騒ぎがして。
(真弥……)
心で愛しい夫の名を呼んで、瑠璃はまた祈りはじめた。
いつも通り正面から帰ろうとした村長は、意外な騒動に出会した。
兵士たちが慌ただしく動き出していて、ひっきりなしに断末魔の悲鳴が上がっている。
「どうした? 何事だね、これは?」
現場に駆けつけようとした青年を取り押さえ訊ねると、彼は焦ったように指示した。
「村長さまは裏からお逃げくださいっ。襲撃者ですっ」
「襲撃者? どこかの軍か?」
神殿に仕掛けてくるなら、そうとしか思えなかったのだが、兵士はかぶりを振った。
「襲撃者は……ひとり、です」
「ひとり? たったひとりの襲撃者を取り押さえることができないのか?」
その上に自分に逃げろと言うのかと、村長が非難の声を上げると、彼は悲鳴のように口にした。
予想外の名を。
「襲撃者はあの天才剣士、真弥ですっ!! 我々ではとても歯が立ちませんっ!!」
「天才剣士、真弥……」
愕然とした声が出た。
落ちこぼれ剣士と揶揄される影で、畏怖と共に口にされてきた真弥の異名。
――――決して本気にならない天才剣士。
その真弥が神殿を襲撃している?
断末魔の悲鳴は間がないほど、ひっきりなしに上がっている。
どう好意的に聞いても、真弥が一瞬とも言える時間で、何人も同時に殺しているとしか思えない状況だった。
逃げろと強く勧められるのを、すこしのあいだだけだと遮って、村長は修羅場を目にした。
もう入り口は突破したのか、真弥はすでに血の海となった広場にいた。
普段ならその更に奥に瑠璃の私室がある。
この短い時間にここまで突破したのかと感嘆の思いだった。
今はいつもの倍の警戒をしているし、警備の人数だって数倍に増やしている。
強者ばかりを集めて。
それなのに真弥は短時間にここまで辿り着いている。
そうして彼の周囲には物言わぬ骸が、累々と転がっていた。
一歩足を進めるだけで革の靴に血飛沫が飛ぶ。
手にした長剣は血の色に染まり、まるで妖刀のようだ。
生命を持っているかのように妖しく輝いている。
いつもの優しげな面影はどこにもなく、きつい瞳で周囲を注意深く窺っているのが見えた。
その眼は刃物のような鋭さがある。
右側から襲ってきた兵士を軽々と斬り捨て、反対側から襲ってきた兵士を、片腕に持ち替えた剣でその腹を刺す。
獣も殺せない、傷付けることもできない、あの真弥だとは思えない機敏で残酷な動きだった。
「これで23人」
殺した人数を数えているのか、それとも真弥が警告しているのか、冷たい声がそう言った。
唇を噛み締める。
まさかの相手だった。
予想しえない相手だった。
まさか彼が……。
「決して本気にならない天才剣士、真弥。彼が巫女殿の夫か」
人柄的に理解はできる。
瑠璃と彼はどこか似通っている。
通じ合うものがあるから惹かれ合ってしまったのだろう。
だが、彼の境遇を思えば、こんな事態になるなんて、だれにも予想できない。
ましてやあれだけ責められても、人を殺せなかった真弥が、今こうして襲撃者として大量殺人を平然と行っているなんて、一体だれが思うだろう?
あの真弥が本気になった。
瑠璃が処刑されるから。
愛する妻を救い出して奪うために。
「急がなければ……っ」
由希を呪いたい心境で村長は慌てて裏から逃げ出した。
彼女に真偽を問い質すために。
真弥が瑠璃の夫なら、どうして瑠璃が死を覚悟してまで、由希にすべてを委ねたのかがわかる。
どこまで真実かがわからない。
すべては闇の中。
だが、最悪の事態を招く前になんとかしなければならなかった。
もう平常心を保つのも難しいほどの人数を葬ってきた。
最初は多少の抵抗感があったし、殺した相手に罪悪感を感じたが、それに浸りきる時間を与えない反撃に、真弥もすこしずつ感覚が研ぎ澄まされていくのがわかった。
人の死に一々反応していたら、こちらが殺される。
瑠璃を助け出し共に逃げ出すまでは、絶対に死ぬわけにはいかなかった。
まだだ。
まだ兵たちには隙がない。
慌てふためきながらも、真弥の前に進み出てくる。
それを真弥は鬼神のごとき強さで次々と屠っていった。
その姿のあまりの壮絶さに兵士たちがぞっとしている。
やがて兵士の数が減っていき、彼らはひとつの方向に集まり出した。
まるでそこには行かせないとするように。
ニヤッと真弥が笑った。
いつもなら見せない凄みのある笑みだった。
(あそこだね。遂に隙を見せた。彼らがぼくを行かせまいとするところ。そこに瑠璃はいる。後すこし。後すこしだから、瑠璃。それまでどうか無事でいてっ!!)
祈るような思いで3人を葬った真弥は怯える兵士たちを一瞥した。
その眼差しのあまりの鋭さに兵士たちが震え上がる。
疲れは頂点にきている。
腕は鉛のようだったし、足だって重石をつけているような気分だ。
それでも真弥の動きには些かの乱れもない。
そして……。
「そこを通してもらうよ。ぼくを待っている人がいるんだ」
真弥がそう言って剣を突き付けたとき、信じられないと声が上がった。
「真弥。おまえ……」
突然の声に真弥がハッとした。
兵士たちを掻き分け現れたのは勇人だった。
お互いに信じられないと相手を見ていた。
幼なじみとして育った相手だった。
戦場で真弥が反撃できないとき、危なくなったときに自分の手を汚して庇ってくれたのも彼だったのだ。
彼は真弥ほどではないが、真弥に次ぐと言われているほどの凄腕の剣士だ。
この非常事態に収集されても不思議はない。
お互いに相手を見詰めたまま、ふたりは暫しその場に立ち尽くした。
「由希っ。出てきなさい!! 由希っ」
声高に連呼している村長に驚いて、由希が自分の部屋から現れた。
「どうかしたんですか、村長?」
神殿に行く必要がなくて暇なのか、由希は普段着で寛いでいたようだった。
のんびり現れた彼女に苦々しい気分で訊ねた。
「巫女殿の夫があの真弥だと何故教えなかった?」
「それは……」
俯いて唇を噛む由希に、村長は彼女の肩を掴んで揺さぶった。
「答えなさい。巫女殿は真実その力を失ってしまったのか? わたしにはとてもそうは見えん。巫女殿は未だに力に溢れているように見える。どうなのだ?」
なにかに逡巡しているように視線を彷徨わせる由希に、村長が厳しい口調で突き付けた。
一部の者しか知らない事実を。
「これはきみは知らないかもしれないが、力ある巫女や神官を殺すことは禁忌とされている」
「何故ですか?」
「力ある巫女や神官を殺めれば、その力の強さの分だけ、殺した者にその部落に災いが起きるからだ」
「え?」
真っ青になった由希に村長はいやな予感が強まるのを感じていた。
「巫女殿は稀有な力を保持している。あの方がもし力を失っていないにも関わらず、由希の密告で処刑されたら、最悪この近隣はすべて崩壊するだろう」
「そんな……」
ガクガクと震え出す由希に村長は舌打ちをひとつ漏らした。
「それも軽い被害を想定しての話だ。もっと酷ければ我々の目に及ばぬ土地までも、その余波を受けるかもしれない」
「瑠璃さまのお力はそれほどまでに偉大だと?」
震える声の問いかけに村長は「そうだ」と頷いた。
「あの方の力は特別だ。過去数多あった巫女たちを凌駕する力。どれほどの災いが起きるか、予想もつかん。おまけに今巫女殿の身に危険が迫っていることを知った真弥が、神殿を強襲している」
由希の顔にははっきりと「信じられない」と書いていた。
だれが由希の立場でもそうだろう。
あの真弥が自分から襲撃者になって人を殺すなんて、冗談だとも思ってくれないに決まっている。
真弥の優しさはそれほどまでに有名だった。
「わかるかね? 真弥が行動に出ている今、処刑が早まる可能性もあるのだ」
強く言い切る村長に由希は、その場に座り込みたい気分だった。
瑠璃を救おうとしている真弥の行動が裏目に出る。
いや。
それは真弥だって承知しているはずだ。
ならば彼は万にひとつの可能性に賭けて、瑠璃が殺される前に救いだし、ふたりで逃げ出すつもりなのだろう。
ふたりの心はどこまでも重なっている。
真弥が犠牲になっても瑠璃は生きていないし、瑠璃が犠牲になっても真弥は生きていない。
だから、彼にはこれしか方法がなかったのだ。
由希が……密告なんてしたから。
大切なふたりを由希が死地へと追い詰め、部落まで危うくしてしまった。
死ですらも購えない罪だと今更のようにそう思う。
「時間がないんだ。答えなさいっ。巫女殿のお力は本当に失われたのかっ!?」
詰問口調で問われ、由希は頼りなくかぶりを振った。
否定の動作を見て村長が青ざめる。
「瑠璃さまのお力は失われてはいません。それどころか真弥を夫としてから力が増しているとおっしゃっていました。歴代の巫女がどうだったのかはわからないけれど、自分は夫を迎えたことで力は増幅されている、と」
「つまり真弥との関係は巫女殿にとっては歓迎すべきことであったということか。何故それを隠して偽りの報告などしたのだっ?」
怒鳴り付ける村長に由希は力なく視線を逸らした。
だが、ここで由希を責めていても仕方がないと村長は慌てて神殿に引き返した。