第四章 破滅への予兆

「わたしもね。気づいていたんだよ。由希がどういう境遇にいるか。何度かは諭そうと思ったけれど、真弥と同じ理由から諦めていたんだ」

「父さんまで」

「由希は周囲の本音がどうであれ、否定されたことがないから、間違っていると言われても受け入れなかっただろう?
 理解する姿勢すら見せなかっただろう? だから、娘がどんどん孤立していっているのがわかっても、わたしたちにはなにもしてやれなかった」

「……」

「その余波がすべて真弥にいっていることにも気づいていた」

「え?」

 どういう意味かと彼を見たけれど、真弥は自分のことについては、なにも言わなかったのである。

 父の言葉を信じるなら、自分の被った被害については、文句ひとつ言わなかったのである。

 それが父の言葉を肯定する形になっていた。

 真弥の言動は意地悪でもなんでもなくて、本当に純粋に由希への思いやりだと。

「真弥が独り立ちしたいと、この家から離れたいと言ってくる気持ちも、わたしたちには理解できた。いつか言い出すだろうと思っていたよ。そうさせたのはわたしたちだ」

「……父さん」

「もう解放してやりなさい。真弥は十分耐えてきた。きみのためにたくさんのものを犠牲にしてきた。これ以上を望むのはただのワガママだ」

 泣きたくて泣けなくて、それでもなにも言わない真弥を見ていた。

「おじさん。色々とお世話になりました。明日この家から出ていきます」

「……そうだね。止めることはできないけれど、ささやかな祝いだ。家を用意しておいたから」

「でも」

「由希のためにここまで言ってくれたのは真弥だけだ。感謝しているよ」

「おじさん」

「できれば由希の気持ちに応えてあげてほしかったし、わたしとしても真弥を本当の息子にしたかったけれど、これ以上は望めないね」

 実の子供にという申し出も、小さい頃から何度もあった。

 そのすべてを断り続けたから、由希の問題から離れて説得しても無駄だと知り尽くしている口調だった。

 迷ったが真弥は言っていた。

 今まで育ててくれた彼への恩義を無にしないために。

「そうできればよかったと思います。でも、ぼくはもう……」

「恋人でもできたかい?」

 父の優しい問いかけに由希は衝撃を受けた顔で真弥を見た。

 想い人がいるらしいとは聞いているが、付き合っているとは聞いていなかったので。

「命懸けで愛している人がいます。命懸けで愛してくれている人がいます。これからのぼくはその人のために生きたいと思っていますので」

「そうか。幸せにおなり。いいね?」

 それが餞別の言葉だと知っていた。

 頷いたけれど真弥の決意を知ったら、彼はどう思うだろうか。

 部落を護る巫女を連れて逃げるつもりだと知ったら。

 でも、譲れないから。

 この生命を捨てることになっても、この恋は捨てられない。

 世界中を敵に回しても。

 真弥の決意は表情に出ている。

 由希は顔も知らない彼の恋人に嫉妬した。

 理不尽だろうが間違っていようが構わない。

 赦さない。

 そう心に誓っていた。
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