iは愛情のアイ

ドアを開けたら、
御剣怜侍が、
立っていた。



彼の存在を認識した途端、混乱した私の脳は
「取り敢えずドアを閉める」という結論を導いていた。
震える手で何とか鍵を閉め(その音はやけに煩く聞こえた)、
そのままずるずると玄関にしゃがみ込む。
扉が90°を描ききる瞬間に見えた、
彼の絶望したような瞳が瞼に焼き付いて離れない。

いや、きっと何もかも、ドアを開けた時の少しの驚きと喜び(!)に満ちた表情も、
さっきの青ざめた顔色も、きっときっと私の幻覚に違いない。
彼のいるはずの場所と、こことは何時間も離れていて、
今の私達を繋ぐものは時々の文字と時偶の音声のみだ。
私は寂しさのあまり姿形を幻視してしまったのだ。

何ということだ。
私はなんと、弱くなってしまったことだろうか。


何もかもが重力が増した気がして、私はすっかり泣きたくなってしまっていた。


どれくらい冷えた玄関先に蹲っていたのかわからない。
混乱した頭が落ち着きを取り戻し、思考回路が循環を始めた。
そして、ある仮説が頭のなかで立ち上がり始めていた。

第一の仮説:
『もしかしたら、本当にドアの先に御剣怜侍がいるのかもしれない』


その考えは私をのろのろと立ち上がらせ、ドアノブを掴ませたけれど、
更に聳え立つ第二の仮説が私を益々弱くさせた。


第二の仮説:
『存在している状態としていない状態が混在していて、
ドアを開けることで状態を確定させてしまうのかもしれない』

それならばいっそ、ドアなんか一生開けずに過ごしてしまいたい。
もしも彼がそこに居なかったら私はきっと耐えられない。
鈍色の現実なんか受け入れたくない。


いよいよ涙が決壊しようとした瞬間、
コン、コン、コン、とノック音が響いた。


「すまない……いきなり訪ねて来てしまって。この国で明日から研修なのだ。
一刻も早く、その、君に逢いたくて」

優しく名前が呼ばれる。

ああ、また新たな証拠が検出されてしまった。
それは間違いなく、私の待ち焦がれた彼の声だった。
こうなってしまった以上、『存在を肯定』に収束するしかないじゃないか。
神様はサイコロを振らないのだ。



だってそれに、私を強くするものは、いつだって私が信じているものなのだ。



足に力を入れ立ち上がると、ついに私は重い扉を開け、彼に向かってジャンプした!






私を抱きとめた勢いで見事に庭の芝生に転がったけれど、私は彼の腕の中にすっぽりと収まっていた。

これは、確実に、間違いなく御剣怜侍だ。
私を抱きしめる腕の強さも、服から立ち上る紅茶と紙とインクの匂い、そしてなにより存在自体が現実を肯定していた。
私はなんという思考の迷路に入り込んでしまっていたのだろう。

私はなんと言うべきかしばし迷ったけれど、その時一番言いたいことを口にしていた。

「来てくれて、ありがとう」
「……全く、君にはいつも驚かせられるな」


身を起こし手を差し伸べると、彼は私の手を確りと握った。
そのまま手を引き、開けっ放しの扉をくぐり部屋へ導く。


「もしまだ宿泊先決まってなかった、うちに泊まらない?」

「そ、それは……」

「ふふ。ジョーダン、だよ」

「……あまり誘惑しないでくれ……」

彼があまりにも困ったように肩を落とすのだから、私はすっかり可笑しくなってしまって、声を上げて笑ったのだった。
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