夜会にて
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「本当に、こういう場は性に合わないな……」
ワイングラスの中で赤い液体が揺れる。見えない檻に囚われた猛獣のように、グラスの縁を舌で舐めるようにして波打つ赤。仄かに立ち昇る香りは熟れた果実とわずかに鉄を感じさせ、ウェイバーの心をさらに鈍く苛んだ。
煌びやかなシャンデリアが照らすフロアでは、魔術界の重鎮たちが優雅に談笑し、隙を見つけては策略の種を撒いている。着飾った貴婦人たちの笑みには媚態が宿り、男たちは品の良い獣のように隙を狙っていた。
その中心に、彼女はいた。
「随分と、楽しそうじゃないか」
ウェイバーの呟きは誰にも聞こえない。
白のドレスに身を包み、肩を少しあらわにしたナマエ・ミョウジは、まさに一幅の絵画だった。落ち着いた色合いの赤毛を緩くまとめ、オリーブグリーンの瞳はふとした瞬間、灯火に反射し琥珀のように輝く。
周囲の貴族たちの視線が、否応なく彼女を追う。
「それにしても、社交会に白とはな……」
小さく吐息をつく。
花嫁のように純白の衣装は、貴族社会では特別な意味を持つ。未婚の女性が身に纏うことで、ある種の宣言にもなり得る。
(誰かと婚約しているか、あるいは……これから求婚を受けるつもりか)
思考が、じわりと胸を締めつける。
もちろん、そんな意図は彼女にはない。ナマエが周囲の男たちの目を意識しているとは到底思えなかった。むしろ彼女の関心は、久方ぶりに再会した知人や同僚との談笑にあるのだろう。
それでも、貴族社会は「意味」を見出す。ナマエは、いつだって「そういう意味」を持って見られてしまう。
この数時間、何人の男が彼女に手を差し伸べたのか、数えるのも馬鹿馬鹿しい。
「……ったく」
グラスをテーブルに置き、ウェイバーは足を踏み出した。
---
「ナマエ」
不意に呼ばれ、ナマエは振り返った。
「あら、ようやく顔を見せたわね」
どこか含みのある笑み。ウェイバーは、それが他の男たちには決して見せない表情だと理解していた。
「楽しそうじゃないか」
「まあね。懐かしい顔ぶれも多いし、こんな機会でもなければ話せない人もいるでしょう?」
「……その通りだがな」
ウェイバーは、軽く手を差し出した。
「……踊るか」
ナマエが、一瞬だけ目を見開く。まるで意外だと言わんばかりの顔で、次の瞬間には目元を細めた。
「ええ、喜んで」
彼の手を取り、二人はダンスフロアへと足を踏み入れる。
---
音楽が流れる。弦楽器の旋律が、空間を柔らかく満たしていく。
ナマエの指先が、ウェイバーの掌に収まる。腰に添えられる手。お互いの体温が直接伝わるわけではない。それでも、手袋越しに感じるわずかな圧力は、確かにそこにあった。
「珍しいことを言うのね」
踊りながら、ナマエが言う。
「何がだ」
「あなたが、自分から誘うなんて」
「……そんなに珍しいか?」
「珍しいわよ」
軽やかにステップを踏む。まるで水の流れのように、彼女の動きには淀みがない。ケイネスの家で教わった礼儀作法の一環。それを知っているからこそ、どこか癪に障る。
「気に入らないわけ?」
「……別に」
「嘘ね」
「……」
ウェイバーは答えなかった。ナマエは微笑み、ふと彼の首元に視線を落とす。
「貴族は、社交会でダンスを踊ることで、相手との関係性を示すのよ」
「知ってるさ」
「なら、これはどういう関係?」
彼女の声は、微かに掠れた。
ウェイバーは一瞬だけ迷い、だが、すぐに言葉を選んだ。
「……少なくとも、他の連中よりは近しい関係だろうよ」
「ええ、そうね」
ナマエは小さく笑った。
「なら、少しは安心した?」
ウェイバーの足が、一瞬だけ止まりかけた。
ナマエは、それを見逃さなかった。
「あなた、ずっと機嫌が悪かったもの」
「……そんなことはない」
「ふうん?」
言葉の端に、からかうような響きが混じる。ウェイバーは目を逸らし、少しだけ彼女の腰に添えた手の力を強めた。
「……踊りに集中しろ」
「はいはい」
ふたりは再び、軽やかにステップを刻む。
シャンデリアの光が反射し、彼女のアレキサンドライトの瞳が一瞬だけ輝いた。
ウェイバーは、その光を見逃さなかった。
ワイングラスの中で赤い液体が揺れる。見えない檻に囚われた猛獣のように、グラスの縁を舌で舐めるようにして波打つ赤。仄かに立ち昇る香りは熟れた果実とわずかに鉄を感じさせ、ウェイバーの心をさらに鈍く苛んだ。
煌びやかなシャンデリアが照らすフロアでは、魔術界の重鎮たちが優雅に談笑し、隙を見つけては策略の種を撒いている。着飾った貴婦人たちの笑みには媚態が宿り、男たちは品の良い獣のように隙を狙っていた。
その中心に、彼女はいた。
「随分と、楽しそうじゃないか」
ウェイバーの呟きは誰にも聞こえない。
白のドレスに身を包み、肩を少しあらわにしたナマエ・ミョウジは、まさに一幅の絵画だった。落ち着いた色合いの赤毛を緩くまとめ、オリーブグリーンの瞳はふとした瞬間、灯火に反射し琥珀のように輝く。
周囲の貴族たちの視線が、否応なく彼女を追う。
「それにしても、社交会に白とはな……」
小さく吐息をつく。
花嫁のように純白の衣装は、貴族社会では特別な意味を持つ。未婚の女性が身に纏うことで、ある種の宣言にもなり得る。
(誰かと婚約しているか、あるいは……これから求婚を受けるつもりか)
思考が、じわりと胸を締めつける。
もちろん、そんな意図は彼女にはない。ナマエが周囲の男たちの目を意識しているとは到底思えなかった。むしろ彼女の関心は、久方ぶりに再会した知人や同僚との談笑にあるのだろう。
それでも、貴族社会は「意味」を見出す。ナマエは、いつだって「そういう意味」を持って見られてしまう。
この数時間、何人の男が彼女に手を差し伸べたのか、数えるのも馬鹿馬鹿しい。
「……ったく」
グラスをテーブルに置き、ウェイバーは足を踏み出した。
---
「ナマエ」
不意に呼ばれ、ナマエは振り返った。
「あら、ようやく顔を見せたわね」
どこか含みのある笑み。ウェイバーは、それが他の男たちには決して見せない表情だと理解していた。
「楽しそうじゃないか」
「まあね。懐かしい顔ぶれも多いし、こんな機会でもなければ話せない人もいるでしょう?」
「……その通りだがな」
ウェイバーは、軽く手を差し出した。
「……踊るか」
ナマエが、一瞬だけ目を見開く。まるで意外だと言わんばかりの顔で、次の瞬間には目元を細めた。
「ええ、喜んで」
彼の手を取り、二人はダンスフロアへと足を踏み入れる。
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音楽が流れる。弦楽器の旋律が、空間を柔らかく満たしていく。
ナマエの指先が、ウェイバーの掌に収まる。腰に添えられる手。お互いの体温が直接伝わるわけではない。それでも、手袋越しに感じるわずかな圧力は、確かにそこにあった。
「珍しいことを言うのね」
踊りながら、ナマエが言う。
「何がだ」
「あなたが、自分から誘うなんて」
「……そんなに珍しいか?」
「珍しいわよ」
軽やかにステップを踏む。まるで水の流れのように、彼女の動きには淀みがない。ケイネスの家で教わった礼儀作法の一環。それを知っているからこそ、どこか癪に障る。
「気に入らないわけ?」
「……別に」
「嘘ね」
「……」
ウェイバーは答えなかった。ナマエは微笑み、ふと彼の首元に視線を落とす。
「貴族は、社交会でダンスを踊ることで、相手との関係性を示すのよ」
「知ってるさ」
「なら、これはどういう関係?」
彼女の声は、微かに掠れた。
ウェイバーは一瞬だけ迷い、だが、すぐに言葉を選んだ。
「……少なくとも、他の連中よりは近しい関係だろうよ」
「ええ、そうね」
ナマエは小さく笑った。
「なら、少しは安心した?」
ウェイバーの足が、一瞬だけ止まりかけた。
ナマエは、それを見逃さなかった。
「あなた、ずっと機嫌が悪かったもの」
「……そんなことはない」
「ふうん?」
言葉の端に、からかうような響きが混じる。ウェイバーは目を逸らし、少しだけ彼女の腰に添えた手の力を強めた。
「……踊りに集中しろ」
「はいはい」
ふたりは再び、軽やかにステップを刻む。
シャンデリアの光が反射し、彼女のアレキサンドライトの瞳が一瞬だけ輝いた。
ウェイバーは、その光を見逃さなかった。
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