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ナマエの部屋を訪れるのは、もう何度目になるだろう。
キッカケはもう忘れてしまったけれど、彼女が誘う時はいつも私の気持ちを見計らったようなタイミングで、二つ返事で承諾してしまう。
今回だってそうだ。
数日前、私はらしくないミスをしてしまった。何日も徹夜が続いていたせいかもしれない。それは幸いーーというか勿論のこと、些細なものですぐにカバーできるものであったので、その後の業務に支障はなかったものの、私は自分を許すことができなかった。
顔には出していないつもりが、彼女は何か察したようで、休暇の目処がつくなり私に声をかけてきたのだ。「美味しい紅茶を貰ったのだけど、良かったら一緒に飲まない?」と。
露骨に慰めるでも励ますでもない彼女の言葉は、正に私が欲しかったものだったのだ。
※
(あら?)
アパートのエントランスに入ると、集合ポストに一通の封筒が落ちているのが目に入った。
宛名がわかれば入れ直しておこうと思い、拾い上げるとそれは、赤と青のストライプで縁取られたエアメールだ。宛先は、ナマエ宛になっていた。
きっと持ち帰るときに落としてしまったのだろう。
ポストに戻すかどうか悩んだ挙句、直接届けたほうが早いと判断した私は、手土産の入った紙袋に差し込むと、彼女の部屋へ早足で向かった。
彼女の部屋のドアは、少し開いていた。
まるで歓迎されているようだと感じてしまうが、一方で無用心だと叱ってやらねばとも思う。
「ナマエ、来たわよ」
念の為、数回のノックをして声をかける。するとやはり数秒経たずに満面の笑みを浮かべたナマエが現れた。
「いらっしゃい、冥」
「ドア、開いてたわよ。女の一人暮らしなのだから気をつけなさい」
「冥が来ると思って今だけ開けておいたの。そのまま入ってきてくれていいのよ」
全く、この人ときたら!
私は心中で溜息をつく。
どうぞ座って、と彼女に言われるままにリビングのソファに腰を下ろすと、ローテーブルにアイスティーが入ったグラスが置かれる。私は向かいに座った彼女に短くお礼を言うと、先程拾った手紙を彼女に手渡す。
「はい、これポストの下に落ちていたわよ」
「わ、ありがとう」
大事そうに受け取ると、彼女は顔を綻ばせる。
「日本の友達からだわ。久しぶりね……ごめん、今開けてもいい?」
「ええ、気にしないで」
余程心待ちにしていた相手らしい。珍しくそわそわとした様子で聞いてくるので、私は鷹揚に頷いた。
慣れた手つきでペーパーナイフを封筒にすべらせ、丁寧に手紙を取り出した。それはまるで大切な物を扱うような、厳かな仕草だった。
手持ち無沙汰にアイスティーを啜りながら、ナマエが手紙を読み終えるのを待つ。
暫く文面に目を通していた彼女だったが、便箋が二枚目に差し掛かると、驚いたような顔をした。
「友達がね、弁護士になったみたいなの」
「あら、それは災難ね」
そう軽口を叩くと、彼女は苦笑した。
「そうだった。日本にはお父様がいらっしゃるのよね」
「パパが出るまでもないわ。弟子がいるもの」
それもとびきり優秀な、と認めざるをえない程の。
だがそれを口にする事はせず、以前耳にした噂を彼女に話す。
「それに『新人つぶし』なんて異名を取るほどの検事もいるみたいだし」
「そんな人もいるの!?……大丈夫かなあ……緊張しいだし、おっちょこちょいだし」
「まあ、最初は『胸を借りるつもりで』挑めばいいのよ」
ナマエがまるで自分のことのように心配をするものだから、手紙の相手に少し、ほんの少しだけ面白くない気持ちが芽生える。
彼女には、故郷というものがあるのだ。
彼女がいつか、自分の知らないところへ行ってしまうのではないか。そんな不安がよぎる。
「……ねえ、日本に帰りたい?」
ナマエは少し考えた後、緩やかに首を振った。
「あの国には、もう私の居場所はないもの。それにここには冥がいるしね」
「なッ……あなた、自分が何を言っているのか分かっているの?」
彼女の唐突な発言に顔が熱くなるが、温かくなっているのはそこだけではない。
面映ゆい気持ちを誤魔化すように、すっかりグラスが汗をかいたアイスティーを飲み干す。これは確かに、ナマエが言うだけのことはある。
ふと、向かいに座るナマエを見遣る。彼女に平穏を願わずにはいられない。いつか彼女が留まりたいと思うような、居心地の良い居場所を見つけられますように。
そしてそれまでは、彼女のそばにいられますように、とも。
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『新人つぶし』はご存じ亜内さんの話です。
手紙の相手は成歩堂。いつか彼サイドの話も書きたい。
キッカケはもう忘れてしまったけれど、彼女が誘う時はいつも私の気持ちを見計らったようなタイミングで、二つ返事で承諾してしまう。
今回だってそうだ。
数日前、私はらしくないミスをしてしまった。何日も徹夜が続いていたせいかもしれない。それは幸いーーというか勿論のこと、些細なものですぐにカバーできるものであったので、その後の業務に支障はなかったものの、私は自分を許すことができなかった。
顔には出していないつもりが、彼女は何か察したようで、休暇の目処がつくなり私に声をかけてきたのだ。「美味しい紅茶を貰ったのだけど、良かったら一緒に飲まない?」と。
露骨に慰めるでも励ますでもない彼女の言葉は、正に私が欲しかったものだったのだ。
※
(あら?)
アパートのエントランスに入ると、集合ポストに一通の封筒が落ちているのが目に入った。
宛名がわかれば入れ直しておこうと思い、拾い上げるとそれは、赤と青のストライプで縁取られたエアメールだ。宛先は、ナマエ宛になっていた。
きっと持ち帰るときに落としてしまったのだろう。
ポストに戻すかどうか悩んだ挙句、直接届けたほうが早いと判断した私は、手土産の入った紙袋に差し込むと、彼女の部屋へ早足で向かった。
彼女の部屋のドアは、少し開いていた。
まるで歓迎されているようだと感じてしまうが、一方で無用心だと叱ってやらねばとも思う。
「ナマエ、来たわよ」
念の為、数回のノックをして声をかける。するとやはり数秒経たずに満面の笑みを浮かべたナマエが現れた。
「いらっしゃい、冥」
「ドア、開いてたわよ。女の一人暮らしなのだから気をつけなさい」
「冥が来ると思って今だけ開けておいたの。そのまま入ってきてくれていいのよ」
全く、この人ときたら!
私は心中で溜息をつく。
どうぞ座って、と彼女に言われるままにリビングのソファに腰を下ろすと、ローテーブルにアイスティーが入ったグラスが置かれる。私は向かいに座った彼女に短くお礼を言うと、先程拾った手紙を彼女に手渡す。
「はい、これポストの下に落ちていたわよ」
「わ、ありがとう」
大事そうに受け取ると、彼女は顔を綻ばせる。
「日本の友達からだわ。久しぶりね……ごめん、今開けてもいい?」
「ええ、気にしないで」
余程心待ちにしていた相手らしい。珍しくそわそわとした様子で聞いてくるので、私は鷹揚に頷いた。
慣れた手つきでペーパーナイフを封筒にすべらせ、丁寧に手紙を取り出した。それはまるで大切な物を扱うような、厳かな仕草だった。
手持ち無沙汰にアイスティーを啜りながら、ナマエが手紙を読み終えるのを待つ。
暫く文面に目を通していた彼女だったが、便箋が二枚目に差し掛かると、驚いたような顔をした。
「友達がね、弁護士になったみたいなの」
「あら、それは災難ね」
そう軽口を叩くと、彼女は苦笑した。
「そうだった。日本にはお父様がいらっしゃるのよね」
「パパが出るまでもないわ。弟子がいるもの」
それもとびきり優秀な、と認めざるをえない程の。
だがそれを口にする事はせず、以前耳にした噂を彼女に話す。
「それに『新人つぶし』なんて異名を取るほどの検事もいるみたいだし」
「そんな人もいるの!?……大丈夫かなあ……緊張しいだし、おっちょこちょいだし」
「まあ、最初は『胸を借りるつもりで』挑めばいいのよ」
ナマエがまるで自分のことのように心配をするものだから、手紙の相手に少し、ほんの少しだけ面白くない気持ちが芽生える。
彼女には、故郷というものがあるのだ。
彼女がいつか、自分の知らないところへ行ってしまうのではないか。そんな不安がよぎる。
「……ねえ、日本に帰りたい?」
ナマエは少し考えた後、緩やかに首を振った。
「あの国には、もう私の居場所はないもの。それにここには冥がいるしね」
「なッ……あなた、自分が何を言っているのか分かっているの?」
彼女の唐突な発言に顔が熱くなるが、温かくなっているのはそこだけではない。
面映ゆい気持ちを誤魔化すように、すっかりグラスが汗をかいたアイスティーを飲み干す。これは確かに、ナマエが言うだけのことはある。
ふと、向かいに座るナマエを見遣る。彼女に平穏を願わずにはいられない。いつか彼女が留まりたいと思うような、居心地の良い居場所を見つけられますように。
そしてそれまでは、彼女のそばにいられますように、とも。
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『新人つぶし』はご存じ亜内さんの話です。
手紙の相手は成歩堂。いつか彼サイドの話も書きたい。
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