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ウェイバー・ベルベットがエルメロイ教室を買い取り、そこで講師として教鞭を執るようになってから、一年と少しが経っていた。
しかし、なにぶん運用する資金の額が、経営の知識など一切持たない彼にとっては大き過ぎた。親友を自称するメルヴィンから借りた資金は、なんともうそろそろ底をつきそうだった。
「うーん、親友の頼みだ。何とかしてやりたいけど、生憎今ちょっと大きな投資をしていてね。担保がないんじゃ厳しいなあ……そうだ、彼女はどうかな?」
「彼女って誰だよ」
「[#dn=2#]・[#dn=1#]さ。覚えてるだろ? 彼女ならこれくらいの事なら何とかなるんじゃないかな。多分だけど」
[#dn=2#]・[#dn=1#]。その名前には覚えがないわけじゃなかった。寧ろ時計塔の学生生活の中で非常に鮮明な印象がある。
彼女はケイネス先生が教室の中で一番目をかけていた生徒だ。
『[#dn=2#]、今回のレポートも素晴らしい。今後も励みたまえ』
『ありがとうございます、先生』
時には少しの指摘もあったかもしれないが、概ね彼女は先生からよく褒められていたように記憶している。それと同時に、彼女に対して羨ましく思う気持ちも。
そうして、あの日に全てが起こったのだ。
「きみがウェイバー・ベルベット?」
講義の後、苛立つ気持ちを抑えながら席を立った時に彼女に声をかけられた。
「そうだけど」
よりにもよって授業中、大勢の前で自分の論文を否定されたことが尾を引いて、必然的に無愛想なものになってしまう。講義の最中は怒りで頭が一杯になって動けなかったが、終了した今は一刻も早くこの教室から立ち去りたかった。しかしそんなウェイバーの心情など知らないとばかりに彼女は得意げにこう続けた。
「先生に頼み込んでキミの論文読ませてもらったんだけど、いいね、『希望』だ。ただ五代以上続く魔術師の刻印に関する記述に少し紛らわしい間違いがある。それに関しては---」
間違い、と言う言葉がいやに耳に残って頭に血が上った。
「なんなんだよ、お前!」
そう叫んで教室を出ようとした時に、彼女が綺麗な顔を悲しそうに歪めて、ごめん、と呟いたのが分かった。そうして怒り心頭のまま廊下を進んで、出会ったのがあの聖遺物だ。その後のことは、もう。
(……どのツラ下げて顔を合わせろって言うんだ)内心溜め息を吐きながら、彼女の住む屋敷への道を進む。
あの時のことは同じく同級生だったメルヴィンだって覚えているだろうから、せめて仲介役として同席してほしい、と頼んだものの、
「自分の尻拭いは自分ですべきだと思うよ?」とけんもほろろに断られた。それではせめて借金申し込みの手紙に紹介者として名前を出させて欲しいと食い下がると、そこはなぜかあっさり承諾を得ることができた。
彼女への手紙には、現在の自分の近況と、メルヴィンづてできみのことを知り、無礼を承知の上で借金をしたい、といった旨を書いた。件の、学生時代の衝突を詫びるかは酷く葛藤があったが、結局書かないことを選んだ。
彼女からの返信はなかなか来なかった。待つ間は最悪、自分の存在自体忘れられていることも頭をよぎったが、3週間後に自宅のアパートのポストに届いていた。曰く、『きみのことは覚えているよ。込み入った話だから詳しくは私の家で話そう』と、曖昧な表現だったがとりあえず断られた訳ではないことにウェイバーは胸を撫で下ろした。
そして、現在に至る。
「お嬢様、ベルベット様がお見えになりました」
「うん、入って」
屋敷の執事に連れられて、奥の応接間に通される。彼女は何か本を読んでいたようだった。メイドが1人、彼女の側に控えている。
「どうぞ、お入りください」
執事に促され部屋に足を踏み入れると、執事は一礼して退出した。
……手紙を貰った時から、もしかすると学生時代から感じていたのかもしれないが、彼女は自分なんかの身分では到底世界を共有することができないのではないか。
彼女からの返信が書かれた封筒に力強く押された[#dn=1#]家のイニシャル、それから教室で強い存在感を放つ彼女の姿をつらつらと思い返していると、気がつくと[#dn=2#]が微笑を浮かべて側に立っていた。
「ここまで遠かったでしょう、座って。疲れていない?」
「あ、ああ、ありがとう」
開口一番、自分の体調を慮られてウェイバーは戸惑った。確か彼女は医術を専門とする家だっただろうか。
……思えば、自分は彼女のことを何も知らない。
とりあえず、促されるままに彼女の正面のソファに腰を下ろすと、[#dn=2#]も優雅な仕草で席に着いた。
「久しぶり。その様子だと元気そうでよかった」
「ああ、きみも」
そこでウェイバーは一瞬躊躇したものの、その後に言葉を継いだ。
「[#dn=2#]、きみに言わなくてはいけないことがあるんだ」
「ん、なに?」
「その、あの時は済まなかった。それを最初に伝えようと思って……」
下げていた目線を上げると、微笑を浮かべた彼女の顔が見えた。
「ああ、きみがケイネス先生に論文を否定された後、私がきみに絡んだ時のことか。いいんだ、あれは。あれは私も無遠慮だったね。私こそごめん」
思ってもみなかった[#dn=2#]からの謝罪に、訳もなく落ち着かない気分になる。無言の二人の間に、なんとなく弛緩した雰囲気が流れる。
今なら彼女に『あの事』を聞けるかもしれない。ウェイバーは意を決して口を開いた。
「それで、今になって気になったんだけど『希望』ってなんのことだ?」
それを聞くや否や、彼女は『あちゃー』と子供がいたずらを見つかった時のような顔をしていた。
「当時はちょっとした反抗期でね。何でも血統や伝統で決まってしまうこの世界に嫌気がさしていたんだよね。実際両親ともうまく行ってなくて……そこで出会ったのがきみのあの論文だったんだ。時計塔にいる人間であんな自由な発想をする人がいるなんて、って感動したっけ」
あまりにも彼女が幸福そうに、当時の自分の出来の悪い論文を褒めるものだから、ウェイバーは恥ずかしさと満更ではない嬉しさに「反抗期なんて誰にでもあるだろ」と返すのがやっとだった。
「ーーさて、前置きが長くなってしまったけれど、教室の運営に困っているんだっけ。どんな感じ?」
ウェイバーが財務に関する資料を渡すな否や、彼女は思い切り顔を顰めた。
「これはまた、派手にやったね……」
流石に遠慮のない彼女の反応に、ぐうの音も出ない。
「でも、いいよ、全額出そう」
暫く資料を眺めていた彼女がそう呟くなり、ウェイバーは思わず立ち上がった。
「本当か?」
「ーーーー本当。但し条件があるんだけど…」
「条件?」
「私に聞かせてくれないかな。きみの第四次聖杯戦争の話を」
[#dn=2#]はそう言って、何の衒いのない笑みを浮かべた。
しかし、なにぶん運用する資金の額が、経営の知識など一切持たない彼にとっては大き過ぎた。親友を自称するメルヴィンから借りた資金は、なんともうそろそろ底をつきそうだった。
「うーん、親友の頼みだ。何とかしてやりたいけど、生憎今ちょっと大きな投資をしていてね。担保がないんじゃ厳しいなあ……そうだ、彼女はどうかな?」
「彼女って誰だよ」
「[#dn=2#]・[#dn=1#]さ。覚えてるだろ? 彼女ならこれくらいの事なら何とかなるんじゃないかな。多分だけど」
[#dn=2#]・[#dn=1#]。その名前には覚えがないわけじゃなかった。寧ろ時計塔の学生生活の中で非常に鮮明な印象がある。
彼女はケイネス先生が教室の中で一番目をかけていた生徒だ。
『[#dn=2#]、今回のレポートも素晴らしい。今後も励みたまえ』
『ありがとうございます、先生』
時には少しの指摘もあったかもしれないが、概ね彼女は先生からよく褒められていたように記憶している。それと同時に、彼女に対して羨ましく思う気持ちも。
そうして、あの日に全てが起こったのだ。
「きみがウェイバー・ベルベット?」
講義の後、苛立つ気持ちを抑えながら席を立った時に彼女に声をかけられた。
「そうだけど」
よりにもよって授業中、大勢の前で自分の論文を否定されたことが尾を引いて、必然的に無愛想なものになってしまう。講義の最中は怒りで頭が一杯になって動けなかったが、終了した今は一刻も早くこの教室から立ち去りたかった。しかしそんなウェイバーの心情など知らないとばかりに彼女は得意げにこう続けた。
「先生に頼み込んでキミの論文読ませてもらったんだけど、いいね、『希望』だ。ただ五代以上続く魔術師の刻印に関する記述に少し紛らわしい間違いがある。それに関しては---」
間違い、と言う言葉がいやに耳に残って頭に血が上った。
「なんなんだよ、お前!」
そう叫んで教室を出ようとした時に、彼女が綺麗な顔を悲しそうに歪めて、ごめん、と呟いたのが分かった。そうして怒り心頭のまま廊下を進んで、出会ったのがあの聖遺物だ。その後のことは、もう。
(……どのツラ下げて顔を合わせろって言うんだ)内心溜め息を吐きながら、彼女の住む屋敷への道を進む。
あの時のことは同じく同級生だったメルヴィンだって覚えているだろうから、せめて仲介役として同席してほしい、と頼んだものの、
「自分の尻拭いは自分ですべきだと思うよ?」とけんもほろろに断られた。それではせめて借金申し込みの手紙に紹介者として名前を出させて欲しいと食い下がると、そこはなぜかあっさり承諾を得ることができた。
彼女への手紙には、現在の自分の近況と、メルヴィンづてできみのことを知り、無礼を承知の上で借金をしたい、といった旨を書いた。件の、学生時代の衝突を詫びるかは酷く葛藤があったが、結局書かないことを選んだ。
彼女からの返信はなかなか来なかった。待つ間は最悪、自分の存在自体忘れられていることも頭をよぎったが、3週間後に自宅のアパートのポストに届いていた。曰く、『きみのことは覚えているよ。込み入った話だから詳しくは私の家で話そう』と、曖昧な表現だったがとりあえず断られた訳ではないことにウェイバーは胸を撫で下ろした。
そして、現在に至る。
「お嬢様、ベルベット様がお見えになりました」
「うん、入って」
屋敷の執事に連れられて、奥の応接間に通される。彼女は何か本を読んでいたようだった。メイドが1人、彼女の側に控えている。
「どうぞ、お入りください」
執事に促され部屋に足を踏み入れると、執事は一礼して退出した。
……手紙を貰った時から、もしかすると学生時代から感じていたのかもしれないが、彼女は自分なんかの身分では到底世界を共有することができないのではないか。
彼女からの返信が書かれた封筒に力強く押された[#dn=1#]家のイニシャル、それから教室で強い存在感を放つ彼女の姿をつらつらと思い返していると、気がつくと[#dn=2#]が微笑を浮かべて側に立っていた。
「ここまで遠かったでしょう、座って。疲れていない?」
「あ、ああ、ありがとう」
開口一番、自分の体調を慮られてウェイバーは戸惑った。確か彼女は医術を専門とする家だっただろうか。
……思えば、自分は彼女のことを何も知らない。
とりあえず、促されるままに彼女の正面のソファに腰を下ろすと、[#dn=2#]も優雅な仕草で席に着いた。
「久しぶり。その様子だと元気そうでよかった」
「ああ、きみも」
そこでウェイバーは一瞬躊躇したものの、その後に言葉を継いだ。
「[#dn=2#]、きみに言わなくてはいけないことがあるんだ」
「ん、なに?」
「その、あの時は済まなかった。それを最初に伝えようと思って……」
下げていた目線を上げると、微笑を浮かべた彼女の顔が見えた。
「ああ、きみがケイネス先生に論文を否定された後、私がきみに絡んだ時のことか。いいんだ、あれは。あれは私も無遠慮だったね。私こそごめん」
思ってもみなかった[#dn=2#]からの謝罪に、訳もなく落ち着かない気分になる。無言の二人の間に、なんとなく弛緩した雰囲気が流れる。
今なら彼女に『あの事』を聞けるかもしれない。ウェイバーは意を決して口を開いた。
「それで、今になって気になったんだけど『希望』ってなんのことだ?」
それを聞くや否や、彼女は『あちゃー』と子供がいたずらを見つかった時のような顔をしていた。
「当時はちょっとした反抗期でね。何でも血統や伝統で決まってしまうこの世界に嫌気がさしていたんだよね。実際両親ともうまく行ってなくて……そこで出会ったのがきみのあの論文だったんだ。時計塔にいる人間であんな自由な発想をする人がいるなんて、って感動したっけ」
あまりにも彼女が幸福そうに、当時の自分の出来の悪い論文を褒めるものだから、ウェイバーは恥ずかしさと満更ではない嬉しさに「反抗期なんて誰にでもあるだろ」と返すのがやっとだった。
「ーーさて、前置きが長くなってしまったけれど、教室の運営に困っているんだっけ。どんな感じ?」
ウェイバーが財務に関する資料を渡すな否や、彼女は思い切り顔を顰めた。
「これはまた、派手にやったね……」
流石に遠慮のない彼女の反応に、ぐうの音も出ない。
「でも、いいよ、全額出そう」
暫く資料を眺めていた彼女がそう呟くなり、ウェイバーは思わず立ち上がった。
「本当か?」
「ーーーー本当。但し条件があるんだけど…」
「条件?」
「私に聞かせてくれないかな。きみの第四次聖杯戦争の話を」
[#dn=2#]はそう言って、何の衒いのない笑みを浮かべた。
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