好きしか知らない 𝚙𝚝.𝟹
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【𝙹𝚞𝚗𝚐𝚔𝚘𝚘𝚔】
音楽番組の収録を終えて楽屋へと戻る人の波にまぎれ仲良さげに腕を絡めながら歩く一組のカップル。そのうちのよく知った人物の背中を瞬きもせずに追いかけている自分が情けなくて惨めだ、死ぬほど。
あの日一発お見舞いしてやったあの男と性懲りもなく続いているのか。ナムジュニヒョンが止めなきゃもう2、3発くれてやったのに。だけどジミニヒョンの横顔があまりに楽しそうで、いたたまれなくなっておれは、俯いた。
そんな風に笑顔を見せるの、ジミナ。相手がおれじゃなくても?あなたに振られてひと晩中泣き続けても涙は枯れることなくどんどん溢れて、涙の川に流されていっそ溺れて死んでしまえばよかったのに。
何よりも誰よりもジミニヒョンが最優先でただ一緒にいることが幸せだったおれは友達からの誘いを断ることが断然多かったけれど、孤独な人間になった今、時間を持て余して合同コンパなるものに一度くらい参加してみてもいいかという考えに至った。だからといって気分が晴れるわけじゃないけど。
「ジョングクくんこれどうぞ。」
右隣りに座るいい香りがする女の子がわざわざおれの分まで料理を取り分けてくれた。えらく親切だなと思いつつも、おれの頭の中には無言で皿を差し出すジミニヒョンのいたずらっぽい笑顔が浮かぶ。
あの人が何か食べたいと言えば料理をするのも苦じゃなかったし、行きたいところがあると言われれば少しくらい遠くたって車を運転した。旅行に行ったときなんか永遠歩かされて足が大変なことになってもあの人の笑顔ひとつで楽しいと思えたんだよ、おれ。
そんなことを考えていたらせっかく取り分けてくれた料理の味もなにもしやしない。二次会も断った。もちろん連絡先の交換も、ごめんキミに興味ない。ジミニヒョンを忘れたくて参加したはずが逆に幸せでしかなかった日のことを思い出すばかりで頭を抱えた。
ただ泣くしかなかった自分も、あいつを殴った自分も、合コンなんかに行った自分も。後悔してばかりの自分に苛立って、落ち込んで、いっそ消えてなくなりたい。近頃おれはそんなことばかりを考えている。
唯一、本心をさらけ出せる人といえばおれをシュレックと呼ぶあのヒョンだけだというのに。そのテヒョンイヒョンも最近ではいいかげんにしろ!とまともに取り合ってもくれなくなってついこのあいだ、一喝された。
「まーじーで?ジミンが?あの?年下筋肉マッチョくんと付き合ってると思ってんのか?っなわけ!あほか!!」
お前といるとちょーストレス!ってまさか、四次元なヒョンに言われる日がくるとは思わなかった。とうとうおれ、一人ぼっちじゃんか。
歌にもダンスにも身が入らなくて毎日ヒョンたちに怒られてばかりなのに、頑張らなきゃ!集中しなきゃ!と思えば思うほど日に日に仕事への意欲も情熱も低下していく。
もうやめようかなこんな仕事...、弱い心が顔を出す度にあの人と目が合う気がして。心配ない、あんたなんかいなくても平気だと態度で示して見せたつもり。すすけた気持ちを隠すのに必死だった。
「ジョングガちょっとこっち来て座って。」
宿舎に着くやいなや後方からかけられた声に弾かれるように顔を上げた。もう名前を呼ばれることもないと思っていたから、驚いたと同時に動揺もしたけれど。
何か用ですか、と平静を装ったおれの声はひどく掠れて震えていたことにあの人が気づいていたなら、カッコ悪いにもほどがある。
ソファーに座ってろなんて言っておきながら自分はバタバタとどこかへ消えてしまったかと思うと忙しなく戻ってきた。足元にひとつひとつ並べられる消毒液に傷薬、それからガーゼとテープとティッシュの箱。
着ていたロンTの袖を容赦なく捲りあげられたら肘の辺りから出血しているようだった。いつ?どこで?と思いが顔に出ていたのか呆れたように溜息をついたジミニヒョン。本当に気づかなかったんだからしょうがないじゃん。
「ちょっと沁みるかもだけど我慢して。」
何枚も重ねたティッシュを受け皿に大量の消毒液をかけられて思わず眉をひそめた。固まって止まっていた血が何度押さえても染み出てきて、こんなになっているのに身に覚えがないだなんて、おれの頭はどこまでも空っぽなんだなと笑える。
「とりあえずガーゼで押さえとくからこのままお風呂入っておいで、あとでまた消毒してやるから。」
「いい、自分でする。」
「利き腕なのに出来ないじゃん、ぼくここで待ってるからさっさと入ってきな。」
「いいってば!!ほっといてよっ!!」
「ごめんでも、放ってはおけないよ...やっぱりおまえのこと心配だしそれに、嫌いになったわけじゃないのにぼく...ぼくは、」
おまえの兄ちゃんでいさせてもらえないかな、だってほんと冗談じゃない、ふざけてんのか。ほんと残酷、なんだな。
「おれはっ、あんたを嫌いになりたいのに本気でそう思うのに、どうやったって無理なんだ!...忘れたいのに。なんでだよ!頭の中があんたでいっぱいでもう...いやだ、あんたなんかいらない、おれの前から消えてくれよ。」
口の中がカラカラで焼酎を流しこんだら喉の奥が焼けるように熱かった。猛烈に自己嫌悪に陥って飲まずにやってられるかと自室で焼酎をラッパ飲むおれ。この数分で2本目を空けた。
一旦落ち着いて頭で考えてから言葉にしろ、と常日頃ヒョンたちに言われているじゃないか、ばかやろう!腹立ちまぎれに肩を突き飛ばして尻餅をついたジミニヒョンの泣く寸前の歪んだ顔が瞼に焼きついている。また一人で泣いてるんじゃないか、今さら心配したところでどうなるものでもないのに。
トトト、トン。
このノックの音はナムジュニヒョン。そもそもこの家でノックなんてするのはナムジュニヒョンしかいないし、ノックをしたところで返事をしてもしなくても勝手に入ってくるんだから意味がない。このタイミングでおれのところに来るということはそういうことだろうと察しがつく。
こんな精神状態で説教なんかまっぴらごめんだ!という意思表示として断固として振り返らなかったのに、ナムジュニヒョンは並んだ焼酎の瓶の横に6缶パックのビールを置いた。たまには二人で飲もうか、と。
「強くなったなジョングガ。」
泣き疲れて萎んでそろそろ枯れてる頃かと水をやりにきたんだけどな、と茶化すように言いながら手元のビールを飲み干したヒョン。
「泣くのはお前の常套手段だったろ?」
「いつの時代の話してるんですか。」
「お前が泣き出すといつだってジミンが真っ先にすっ飛んでってさ、犬か猫かってくらいに撫で回して宥めてるのを俺は、俺たちは、微笑ましいなって笑って見ていたんだ。たった今思い出したよ。」
「そんなこと...思い出さなくていいです。」
「俺も自分が生きるのに必死で忘れてたよごめんな、あの頃ヒョンたちと真剣に話し合ったこと。うちの大事な末っ子の、俺たちのジョングクの、生まれて初めての恋が実ればいいですねって...そんなことすら忘れてすまなかった俺の結論はこうだ。お前がやりたいように、好きなように生きろジョングガ。シュガヒョンはカッコ良かったぞ、シヒョクヒョンのデスクにバーン!と両手をついてな?」
ーうちの弟が誰かに迷惑かけてんすか?マスコミに聞かれたら言ってやりますよ!歌とダンスへの情熱は欠けてないし仕事には手を抜かない、むしろ支え合って励まし合って200%以上の力を出してるってね。チームにとってプラスでしかないんすよ!ジミンとジョングクのことは俺が責任を持ちます!文句があるならミンシュガまでどうぞ。
無気力なくせに、無関心なくせに、いつもおれたちの盾となってくれるシュガヒョン。ありがとうヒョンと抱きしめようものなら、何のことだ!知らん!離せ!暑苦しい!なんてキレるんだろうけど。それでも明日はシュガヒョンに抱きついて離れないぞと心に決めた。
「...おれ、お...れ、おれにはジミンしかいないんです。ジミンじゃなきゃダメなんです。」
この手であの人を幸せにしたいんです!腹の中をぶちまけてあげく、子供みたいに泣きじゃくりながらナムジュニヒョンに訴えた。大人になったな、って褒めたとこだぞ即時撤回!とヒョンが笑う。
何ひとつ変わっちゃいない、おれも、おれの想いも。あの人と出逢った日からいくつもの季節をまたいで、どれだけの月日が流れてもこの想いは色褪せることなくおれの中に居座り続けるだろうという、根拠のない自信が沸々と湧き上がってくる。
ジミニヒョンの頬をぶってしまったことと振られた事実は消せないけれど、あの人の嘘はとっくに見破っていた。何年あんただけ見つめ続けてると思ってるんだバカにするなと腹も立った。ただ、嘘をついてまで別れたかったのか別れなきゃいけなかったのか、理由なんてその辺にゴロゴロ転がっているのにあの人のことになると周りを見る余裕がなくなってしまう。あの時おれは絶対に別れない別れたくない、そう言わなきゃいけなかったのに...ごめん。
*****
「テテー!トイレついてってー!」
へんぴな場所にある工場や廃校になった校舎なんかでの撮影となると、怖がりなジミニヒョンは一人でトイレに行けなくて必ずといっていいほど誰かを誘う。その相手はだいたいテヒョンイヒョンと決まっているんだけど。
おれはというと、いい年した男がほんっと情けないですね!とからかってはジミニヒョンに飛び蹴りを食らっていた。
「テテちょっとこれやって。」
「テテこれ開けて。」
「テテ!ぼくも行く!」
スマホの操作の仕方が分からないとテヒョンイヒョン、いちごジャムの蓋が開けられないとテヒョンイヒョン、しまいにはテヒョンイヒョンが席を立つとどこへでも着いてく始末。金魚のふんじゃあるまいし。
おれは?隣りにいるおれのことは見えていないんじゃないかと心配になって何回か身体を触って存在を確かめたほど。テテ!テテ!テテ!テテ!だいたいテテって何だよ!犬かなんか?おれはもう、その愛称を聞くのも正直うんざりしていた。
「ジョングガこっちおいで。」
「ジョングガ寒くない?」
「ジョングガいっぱい食べな。」
おれが座る場所をいちいち確保してくれたり、冷たい風が吹く日はダウンジャケットを羽織らせてくれて、お弁当のおかずを分けてくれる。ぼくたち釜山兄弟だもんね♪おどけて引っついて何かっていうと世話を焼いてくれるけれど、あの人がおれを頼ることは一度もなかった。ぼくは兄ちゃんだから、があの頃の口癖だったし。
そのせいでおれは筋トレに明け暮れたりもした。ジミニヒョンへの恋心が芽生える前ではあったけれど、こんなにも近くにおれがいるじゃないかとやたら寂しくなって、拗ねたり反抗したり泣いたり。おれがジミニヒョンより年上だったらもっと頼りにされていたのかな、ヒョンを守れる男になれたのかなって。
思えばあの頃からおれの視線はいつもジミニヒョンへと向いていた。だからおれには痛いほど分かる。あの人が落ち込んでいる原因もなんだか元気がない理由も、そんな時は一人になりたいことも誰にも弱音を吐きたくないってことも、テヒョンイヒョンじゃなきゃダメだってことも。それは時が経った今もなお、変わらない。
散々こじらせたおれの初恋は紆余曲折を経てようやく実を結んだわけだけど、恋人同士になれたからゴールというものではなく本当に色んなことがありすぎて。一度別れを経験してからも、何度もケンカしたし別れる寸前まで話が及んだこともある。
ふたりで月に行こうと約束したあの日、この人を二度と離さないと誓ったはずなのにどうしてこうも同じことを繰り返してしまうのか。ばっかじゃないの!とジミニヒョンの怒った顔が目に浮かぶ。それからおれは、バカなのはあなただよ、って華奢な身体を抱きしめるんだ。息もできないくらいに。
「ナムジュニヒョン?もしもまた、ぼくたちが迷ったり不安になったり逃げ出したくなったらどうすればいいと思いますか?」
うーんそうだな、と顎に手を当てたナムジュニヒョンにこう付け加える。っ!別れるって選択肢は無しで!
「お前たちが迷うことはもうないんじゃないかな。俺たちメンバーとそれに、シヒョクヒョンていう有力な後ろ盾があるじゃないか、そうだろ?」
「そうだったらいいな。」
「それよりもまず、ジミンに謝ってやるのが先だと思うが。さっきのこと、ジミンがあんな風に泣くのを初めて見たからさ、お前にいらないなんて言われたのが相当ショックだったんだろ。」
「あー、」
また一人でこっそりと泣いているかもしれないと思っていたジミニヒョンは、おれが去ったあとのリビングでジンヒョンにしがみついて声をあげて大泣きしたらしい。おれだってそんなジミニヒョンは知らない。
なんだよ、あなたこそおれがいないとダメじゃん、あの人の腫れぼったい目を想像しただけでぶわっと込み上げてきた涙で視界がぐにゃりと歪んで見えた。
「おいおい、お前まで泣くのかよ参ったな、ヒョンはもう邪魔しないから、その涙が止まったらジミンのところへ行ってやれな?」
ぽんぽん、ナムジュニヒョンの大きくて優しい手が何度も頭を撫でてくれた。やっぱりいつまでたっても子供扱いじゃないか。でも今はそれが嬉しいなんて、おれも相当弱ってる。
ありがとう、嗚咽交じりのお礼の言葉はちゃんと届いてくれたのかヒョンは深く頷いて、広い背中がドアの向こう側へと消えるのを見送った。ナムジュニヒョン、涙が止まるまでまだしばらくかかりそうだよ、おれが泣き虫だってことよく知ってるでしょう。
そのとき閉まったばかりのドアがまた開く、スローモーションのようにゆっくりと。そこに立っている人影を確かめたいのに涙の膜で目の前がゆらゆら揺れて、よく見えないんだ。
こっちに来てよ。もっとそばに...おれの、
ジミナ。
音楽番組の収録を終えて楽屋へと戻る人の波にまぎれ仲良さげに腕を絡めながら歩く一組のカップル。そのうちのよく知った人物の背中を瞬きもせずに追いかけている自分が情けなくて惨めだ、死ぬほど。
あの日一発お見舞いしてやったあの男と性懲りもなく続いているのか。ナムジュニヒョンが止めなきゃもう2、3発くれてやったのに。だけどジミニヒョンの横顔があまりに楽しそうで、いたたまれなくなっておれは、俯いた。
そんな風に笑顔を見せるの、ジミナ。相手がおれじゃなくても?あなたに振られてひと晩中泣き続けても涙は枯れることなくどんどん溢れて、涙の川に流されていっそ溺れて死んでしまえばよかったのに。
何よりも誰よりもジミニヒョンが最優先でただ一緒にいることが幸せだったおれは友達からの誘いを断ることが断然多かったけれど、孤独な人間になった今、時間を持て余して合同コンパなるものに一度くらい参加してみてもいいかという考えに至った。だからといって気分が晴れるわけじゃないけど。
「ジョングクくんこれどうぞ。」
右隣りに座るいい香りがする女の子がわざわざおれの分まで料理を取り分けてくれた。えらく親切だなと思いつつも、おれの頭の中には無言で皿を差し出すジミニヒョンのいたずらっぽい笑顔が浮かぶ。
あの人が何か食べたいと言えば料理をするのも苦じゃなかったし、行きたいところがあると言われれば少しくらい遠くたって車を運転した。旅行に行ったときなんか永遠歩かされて足が大変なことになってもあの人の笑顔ひとつで楽しいと思えたんだよ、おれ。
そんなことを考えていたらせっかく取り分けてくれた料理の味もなにもしやしない。二次会も断った。もちろん連絡先の交換も、ごめんキミに興味ない。ジミニヒョンを忘れたくて参加したはずが逆に幸せでしかなかった日のことを思い出すばかりで頭を抱えた。
ただ泣くしかなかった自分も、あいつを殴った自分も、合コンなんかに行った自分も。後悔してばかりの自分に苛立って、落ち込んで、いっそ消えてなくなりたい。近頃おれはそんなことばかりを考えている。
唯一、本心をさらけ出せる人といえばおれをシュレックと呼ぶあのヒョンだけだというのに。そのテヒョンイヒョンも最近ではいいかげんにしろ!とまともに取り合ってもくれなくなってついこのあいだ、一喝された。
「まーじーで?ジミンが?あの?年下筋肉マッチョくんと付き合ってると思ってんのか?っなわけ!あほか!!」
お前といるとちょーストレス!ってまさか、四次元なヒョンに言われる日がくるとは思わなかった。とうとうおれ、一人ぼっちじゃんか。
歌にもダンスにも身が入らなくて毎日ヒョンたちに怒られてばかりなのに、頑張らなきゃ!集中しなきゃ!と思えば思うほど日に日に仕事への意欲も情熱も低下していく。
もうやめようかなこんな仕事...、弱い心が顔を出す度にあの人と目が合う気がして。心配ない、あんたなんかいなくても平気だと態度で示して見せたつもり。すすけた気持ちを隠すのに必死だった。
「ジョングガちょっとこっち来て座って。」
宿舎に着くやいなや後方からかけられた声に弾かれるように顔を上げた。もう名前を呼ばれることもないと思っていたから、驚いたと同時に動揺もしたけれど。
何か用ですか、と平静を装ったおれの声はひどく掠れて震えていたことにあの人が気づいていたなら、カッコ悪いにもほどがある。
ソファーに座ってろなんて言っておきながら自分はバタバタとどこかへ消えてしまったかと思うと忙しなく戻ってきた。足元にひとつひとつ並べられる消毒液に傷薬、それからガーゼとテープとティッシュの箱。
着ていたロンTの袖を容赦なく捲りあげられたら肘の辺りから出血しているようだった。いつ?どこで?と思いが顔に出ていたのか呆れたように溜息をついたジミニヒョン。本当に気づかなかったんだからしょうがないじゃん。
「ちょっと沁みるかもだけど我慢して。」
何枚も重ねたティッシュを受け皿に大量の消毒液をかけられて思わず眉をひそめた。固まって止まっていた血が何度押さえても染み出てきて、こんなになっているのに身に覚えがないだなんて、おれの頭はどこまでも空っぽなんだなと笑える。
「とりあえずガーゼで押さえとくからこのままお風呂入っておいで、あとでまた消毒してやるから。」
「いい、自分でする。」
「利き腕なのに出来ないじゃん、ぼくここで待ってるからさっさと入ってきな。」
「いいってば!!ほっといてよっ!!」
「ごめんでも、放ってはおけないよ...やっぱりおまえのこと心配だしそれに、嫌いになったわけじゃないのにぼく...ぼくは、」
おまえの兄ちゃんでいさせてもらえないかな、だってほんと冗談じゃない、ふざけてんのか。ほんと残酷、なんだな。
「おれはっ、あんたを嫌いになりたいのに本気でそう思うのに、どうやったって無理なんだ!...忘れたいのに。なんでだよ!頭の中があんたでいっぱいでもう...いやだ、あんたなんかいらない、おれの前から消えてくれよ。」
口の中がカラカラで焼酎を流しこんだら喉の奥が焼けるように熱かった。猛烈に自己嫌悪に陥って飲まずにやってられるかと自室で焼酎をラッパ飲むおれ。この数分で2本目を空けた。
一旦落ち着いて頭で考えてから言葉にしろ、と常日頃ヒョンたちに言われているじゃないか、ばかやろう!腹立ちまぎれに肩を突き飛ばして尻餅をついたジミニヒョンの泣く寸前の歪んだ顔が瞼に焼きついている。また一人で泣いてるんじゃないか、今さら心配したところでどうなるものでもないのに。
トトト、トン。
このノックの音はナムジュニヒョン。そもそもこの家でノックなんてするのはナムジュニヒョンしかいないし、ノックをしたところで返事をしてもしなくても勝手に入ってくるんだから意味がない。このタイミングでおれのところに来るということはそういうことだろうと察しがつく。
こんな精神状態で説教なんかまっぴらごめんだ!という意思表示として断固として振り返らなかったのに、ナムジュニヒョンは並んだ焼酎の瓶の横に6缶パックのビールを置いた。たまには二人で飲もうか、と。
「強くなったなジョングガ。」
泣き疲れて萎んでそろそろ枯れてる頃かと水をやりにきたんだけどな、と茶化すように言いながら手元のビールを飲み干したヒョン。
「泣くのはお前の常套手段だったろ?」
「いつの時代の話してるんですか。」
「お前が泣き出すといつだってジミンが真っ先にすっ飛んでってさ、犬か猫かってくらいに撫で回して宥めてるのを俺は、俺たちは、微笑ましいなって笑って見ていたんだ。たった今思い出したよ。」
「そんなこと...思い出さなくていいです。」
「俺も自分が生きるのに必死で忘れてたよごめんな、あの頃ヒョンたちと真剣に話し合ったこと。うちの大事な末っ子の、俺たちのジョングクの、生まれて初めての恋が実ればいいですねって...そんなことすら忘れてすまなかった俺の結論はこうだ。お前がやりたいように、好きなように生きろジョングガ。シュガヒョンはカッコ良かったぞ、シヒョクヒョンのデスクにバーン!と両手をついてな?」
ーうちの弟が誰かに迷惑かけてんすか?マスコミに聞かれたら言ってやりますよ!歌とダンスへの情熱は欠けてないし仕事には手を抜かない、むしろ支え合って励まし合って200%以上の力を出してるってね。チームにとってプラスでしかないんすよ!ジミンとジョングクのことは俺が責任を持ちます!文句があるならミンシュガまでどうぞ。
無気力なくせに、無関心なくせに、いつもおれたちの盾となってくれるシュガヒョン。ありがとうヒョンと抱きしめようものなら、何のことだ!知らん!離せ!暑苦しい!なんてキレるんだろうけど。それでも明日はシュガヒョンに抱きついて離れないぞと心に決めた。
「...おれ、お...れ、おれにはジミンしかいないんです。ジミンじゃなきゃダメなんです。」
この手であの人を幸せにしたいんです!腹の中をぶちまけてあげく、子供みたいに泣きじゃくりながらナムジュニヒョンに訴えた。大人になったな、って褒めたとこだぞ即時撤回!とヒョンが笑う。
何ひとつ変わっちゃいない、おれも、おれの想いも。あの人と出逢った日からいくつもの季節をまたいで、どれだけの月日が流れてもこの想いは色褪せることなくおれの中に居座り続けるだろうという、根拠のない自信が沸々と湧き上がってくる。
ジミニヒョンの頬をぶってしまったことと振られた事実は消せないけれど、あの人の嘘はとっくに見破っていた。何年あんただけ見つめ続けてると思ってるんだバカにするなと腹も立った。ただ、嘘をついてまで別れたかったのか別れなきゃいけなかったのか、理由なんてその辺にゴロゴロ転がっているのにあの人のことになると周りを見る余裕がなくなってしまう。あの時おれは絶対に別れない別れたくない、そう言わなきゃいけなかったのに...ごめん。
*****
「テテー!トイレついてってー!」
へんぴな場所にある工場や廃校になった校舎なんかでの撮影となると、怖がりなジミニヒョンは一人でトイレに行けなくて必ずといっていいほど誰かを誘う。その相手はだいたいテヒョンイヒョンと決まっているんだけど。
おれはというと、いい年した男がほんっと情けないですね!とからかってはジミニヒョンに飛び蹴りを食らっていた。
「テテちょっとこれやって。」
「テテこれ開けて。」
「テテ!ぼくも行く!」
スマホの操作の仕方が分からないとテヒョンイヒョン、いちごジャムの蓋が開けられないとテヒョンイヒョン、しまいにはテヒョンイヒョンが席を立つとどこへでも着いてく始末。金魚のふんじゃあるまいし。
おれは?隣りにいるおれのことは見えていないんじゃないかと心配になって何回か身体を触って存在を確かめたほど。テテ!テテ!テテ!テテ!だいたいテテって何だよ!犬かなんか?おれはもう、その愛称を聞くのも正直うんざりしていた。
「ジョングガこっちおいで。」
「ジョングガ寒くない?」
「ジョングガいっぱい食べな。」
おれが座る場所をいちいち確保してくれたり、冷たい風が吹く日はダウンジャケットを羽織らせてくれて、お弁当のおかずを分けてくれる。ぼくたち釜山兄弟だもんね♪おどけて引っついて何かっていうと世話を焼いてくれるけれど、あの人がおれを頼ることは一度もなかった。ぼくは兄ちゃんだから、があの頃の口癖だったし。
そのせいでおれは筋トレに明け暮れたりもした。ジミニヒョンへの恋心が芽生える前ではあったけれど、こんなにも近くにおれがいるじゃないかとやたら寂しくなって、拗ねたり反抗したり泣いたり。おれがジミニヒョンより年上だったらもっと頼りにされていたのかな、ヒョンを守れる男になれたのかなって。
思えばあの頃からおれの視線はいつもジミニヒョンへと向いていた。だからおれには痛いほど分かる。あの人が落ち込んでいる原因もなんだか元気がない理由も、そんな時は一人になりたいことも誰にも弱音を吐きたくないってことも、テヒョンイヒョンじゃなきゃダメだってことも。それは時が経った今もなお、変わらない。
散々こじらせたおれの初恋は紆余曲折を経てようやく実を結んだわけだけど、恋人同士になれたからゴールというものではなく本当に色んなことがありすぎて。一度別れを経験してからも、何度もケンカしたし別れる寸前まで話が及んだこともある。
ふたりで月に行こうと約束したあの日、この人を二度と離さないと誓ったはずなのにどうしてこうも同じことを繰り返してしまうのか。ばっかじゃないの!とジミニヒョンの怒った顔が目に浮かぶ。それからおれは、バカなのはあなただよ、って華奢な身体を抱きしめるんだ。息もできないくらいに。
「ナムジュニヒョン?もしもまた、ぼくたちが迷ったり不安になったり逃げ出したくなったらどうすればいいと思いますか?」
うーんそうだな、と顎に手を当てたナムジュニヒョンにこう付け加える。っ!別れるって選択肢は無しで!
「お前たちが迷うことはもうないんじゃないかな。俺たちメンバーとそれに、シヒョクヒョンていう有力な後ろ盾があるじゃないか、そうだろ?」
「そうだったらいいな。」
「それよりもまず、ジミンに謝ってやるのが先だと思うが。さっきのこと、ジミンがあんな風に泣くのを初めて見たからさ、お前にいらないなんて言われたのが相当ショックだったんだろ。」
「あー、」
また一人でこっそりと泣いているかもしれないと思っていたジミニヒョンは、おれが去ったあとのリビングでジンヒョンにしがみついて声をあげて大泣きしたらしい。おれだってそんなジミニヒョンは知らない。
なんだよ、あなたこそおれがいないとダメじゃん、あの人の腫れぼったい目を想像しただけでぶわっと込み上げてきた涙で視界がぐにゃりと歪んで見えた。
「おいおい、お前まで泣くのかよ参ったな、ヒョンはもう邪魔しないから、その涙が止まったらジミンのところへ行ってやれな?」
ぽんぽん、ナムジュニヒョンの大きくて優しい手が何度も頭を撫でてくれた。やっぱりいつまでたっても子供扱いじゃないか。でも今はそれが嬉しいなんて、おれも相当弱ってる。
ありがとう、嗚咽交じりのお礼の言葉はちゃんと届いてくれたのかヒョンは深く頷いて、広い背中がドアの向こう側へと消えるのを見送った。ナムジュニヒョン、涙が止まるまでまだしばらくかかりそうだよ、おれが泣き虫だってことよく知ってるでしょう。
そのとき閉まったばかりのドアがまた開く、スローモーションのようにゆっくりと。そこに立っている人影を確かめたいのに涙の膜で目の前がゆらゆら揺れて、よく見えないんだ。
こっちに来てよ。もっとそばに...おれの、
ジミナ。
