06.よみがえる幻影
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「蒼!」
「え?…つ、椿さんっ!?な、あれ?帰ったんじゃ…っていうか!ここ女子トイレですよ!?」
いきなり椿が入ってきたことにびっくりする蒼。
今は蒼しかいなかったから良かったものの、他の女性がいたらかなり驚くだろう。
構わず蒼に近付く椿は「どうしたの!?大丈夫!?」と慌てて声を掛ける。
「具合悪いの?看護婦さん呼ぼうか?」
「……」
椿の本気で心配している声が、自分の中に響き渡るように感じた蒼。
今しがたあった耳鳴りが、いや…それよりも前に感じた空虚感に、まるで一つの灯火が点いたように。
安心した蒼の表情はふわりと優しく変わった。
「!」
「大丈夫です。ありがとうございます、椿さん」
困ったようにふと笑みを浮かぶる椿。
「病室に戻ろうか」蒼の肩に手を置き、一緒にトイレを出て行く。
出てすぐ現実に戻った蒼は辺りをキョロキョロと見回し、誰かに見られていないか確認する。
万が一誰かに見られていたら、男女二人、女子トイレで何をしていたのだろうと怪しまれるからだ。
誰も見ていなかったことに思わずほっ…と、蒼は胸を撫で下ろした。
「ん?どうしたの?やっぱり具合悪い?」
「へっ、い、いえ、大丈夫ですよ。あはは…」
そして病室に戻ってきた蒼と椿。
ベッドに置いてあった制服に目をやり、病院の方で洗ってくれたんだと、蒼は制服を持ち上げた。
椿は窓の方に近付き、家やビルの光が点々と灯った夜景を見つめながら、どこかぼんやりしている。
そんな様子に蒼はいち早く気付き、「椿さん」と呼んでみる。
呼ばれた椿は後ろを振り向いた。
「ベルキアさん達と、帰らなかったのですか?」
「うん。もう少し、蒼といたかったからね。丁度トイレの前を通りかかったら、蒼の声が聞こえたから…耳鳴りはもう大丈夫?」
「は、はいっ……あの、どうしたの…ですか…?」
「…?どうしたって?」
「ああ…その、様子が違うと思って……だから、その…」
「……ううん。何でもないよ、蒼」
二人の間に、沈黙が入る。
制服を枕の隣に置くと、蒼はおずおずと椿の隣に来て、顔を俯かせている。
椿はそんな蒼を、ただじっと見つめていた。
ゆっくりと顔を上げる蒼の瞳に映ったのは、悲しみを帯びた真紅の瞳。
こんな表情をさせているのは、自分なのだろうか…真っ直ぐと椿を見つめ直し、蒼を不安な表情が取り巻いた。
「あの、椿さん」
「なあに?」
「私……私は、椿さんに…悲しませるような事を、してしまっているのですか…?」
「……」
「…きっと、自分でも酷い事をしてしまったような……そうなんですか?」
「…どうして、そう思うの?」
「…椿さんを見ていると、そんな感じがしたので」
「!」
悲しみを帯びた真紅の瞳が、不安な表情の蒼を映し出す。
「そんな事ないよ」椿がそう言っても、蒼は「いいえ」と言いながら首をふるふると横に振った。
口の前で手を合わせ、言葉を続けた。
「最近…椿さんや、自分自身を見てると…まるで、自分を責めているような感じがするんです。
けど、じゃあ何があったんだろうって思い出そうとすると…いつも耳鳴りがして…」
「……思い出させないように、してるんだね」
「…まるで逃げているみたいに。私、思い出さないといけないと思うんです。でも…それを許してくれない」
「……もしかしたら…」
椿は窓に向けていた身体を、蒼に向けた。
真剣な眼差しで、椿も不安な表情を浮かび上がらせる。
蒼も、不安な表情のまま椿に身体を真っ直ぐ向けていた。