ト書き
悪夢を見たチリちゃん
2024/11/05 00:05ずっとメモ帳に放置していた「悪夢を見て離れ難くなるのはチリちゃんの方かも」のワンシーンだけ形にした。自分でも何が言いたいのか分からずじまいのため、本棚ではなくト書きに収納しておく
※全年齢対象(大人な関係を示唆している描写あり)
※ぬるいですが流血描写あり
◇◇◇
「グルーシャ!」
叫びながら飛び起きると、隣で眠っているはずのグルーシャの姿がなくなっていた。冷や汗が身体の熱を奪い、身震いが止まらない。先ほどまで見ていた夢がフラッシュバックし、その残像を振り払うようにグルーシャを求めて家中を探し回る。ようやくキッチンカウンターで見つけた広い背中へ飛び込むと驚いた声が上がったが、微動だにしない鍛えられた体幹がしっかりと受けとめてくれた。腰へ回した掌にグルーシャのひんやりとした掌が重ねられ、安堵が心を満たしていく。
「急にびっくりした。怖い夢でも見たの?」
「……別に。チリちゃんに怖いもんなんてあらへん」
「ふーん。じゃあ朝から甘えモードってわけか」
「たまにはええやろ。久しぶりに会うたんやし、グルーシャのこと補給させてや」
「チリの気の済むまでどうぞ」
腕の力を込め直して彼を抱き締めてみるけれど、脳裏を過るのはナッペ山の白一色に広がる雪原。積もったばかりの新雪にグルーシャが横たわり、彼を囲う深紅が不気味なほど映えていた。いくら声を張り上げてもグルーシャの反応はなく、代わりに自分の足元へじわじわと広がる血だまりと急速に冷たくなる彼の体温に、視界が真っ暗になった。
「こんなんじゃ全然足りん。もっと熱いあんたを感じさせてや」
「そう。昨日のじゃ足りなかったってわけか」
グルーシャは腕の中で向きを変えると、こちらの顎を取って視線を絡ませてくる。熱を帯びた蒼瞳に一晩中見下ろされたはずなのに、もう彼が欲しくてたまらなかった。そしてこの先もずっとその瞳に、うちの姿を映していてと願ってしまう。
「…………酷して。優しいあんたやない。誰も知らんグルーシャを教えてみ」
体温の低い頬を挟んで顔を引き寄せると、お互いの唇に吐息がかかる。早くひとつになりたい。触れ合う熱で、この凍える不安を溶かして拭い去ってほしい。
「煽るのもほどほどにしときなよ。ぼくの本気でチリが壊れても知らないから」
力強く腰を引き寄せられ、僅かにあった二人の距離は無くなった。噛み合うように唇を重ねていると、グルーシャの掌が乱れたパジャマの裾から入り込んでくる。身体を無遠慮に這う冷たさで肌が敏感になるが、こんな刺激が欲しいんじゃない。グルーシャの昂りを、熱い想いを身体の芯まで染み込ませてほしい。
「んぅ、ッ……はぁ、……。なぁグルーシャ。どんなに痛なっても壊してもええ。その代わり、うちのこと一人にせんといて」
「チリを一人に? そんなのあり得ない。ぼくがチリの傍から離れられるわけないんだから」
パジャマが乱暴に開けられ、引きちぎられたボタンが高い音を立てフローリングに落ちる。手荒にシンクへ押し倒されると、露になった肩へ歯が立てられた。それは今まで一度もグルーシャから受けたことのない愛情表現。じんとした痛みと共に、彼の激しい愛が紅痕から全身へと巡っていく。
「何を怖がってるのか知らないけど、チリはもうぼくのものだ。嫌だって言っても離してなんかやらない」
「それはちゃうで。グルーシャがうちのもんなんや。チリちゃんが死ぬまで離さんから」
自分達らしい挑発的なやりとりは、再び重なり合った口内へ消えていく。この甘く激しい一時を決して過去の思い出になんてさせやしない。
刻み込んでくる彼を
身体で
心で
自分の全てで受けとめる
深紅の悪夢は真白い快楽に溶かしてしまえ──。