ト書き

運動会①

2024/05/31 08:10
運転中にぼんやりと浮かんだグルチリ+お子の運動会ト書き(初出 2023.11.8 手直し済)

※お子さんの性別・見た目の描写はナシ。あくまでも子供を育てるグルチリの二人の妄想が浮かんだだけなので。お子さんは便宜上標準語&パパママ呼びをしていますが、チリちゃんのコガネ弁や生まれ育っている地方の方言を使っていてほしいなという願望はあります

※子供故の隠さない言葉が一部あります。下品な印象を受けるかもしれないため、嫌悪感を覚える方はお戻りください

※ト書き故、視点がころころ変わって読みづらく、また作者の感想も所々入っています。あくまでもメモ書きの産物とのご承知置きの上お読みください


◇◇◇


運動会一ヶ月前
プレスクールの年長組(5,6歳)に通うお子さんとグルーシャ君が入浴中。向かい合いタオルでクラゲを作って遊んでいると、なんでも気になるお年頃の質問攻めが始まる

「ママはおっぱいがあって~」
「うん」
「パパにはおちんちんがあって~」
「……そうだね」
「でもパパはあるのにママにはなかった。これなぁに?」

って膝についた大きな手術痕を指差す。ほんの一瞬身体が強張るが、純粋に訊ねてくる瞳に嘘はつけなくて。

「パパがスノボやってたのは知ってるだろ?」
「うん! パパの写真と動画何回も見たもん! 金メダルもたくさんあってすごーい!」

リビングの一角にはチリが飾ってくれたメダルやトロフィーが並び、自分のスノボの歴史が集約されている。そこを思い出しながら自分のことのように喜んでいる我が子。

「ありがとう。でもパパは今スノボやってないよね」
「うん。お山のジムリーダーだからでしょ?」
「半分当たり。それもあるけど、このケガをしてからスノボが出来なくなったんだ」
「えっ、これケガなの!? パパ、大丈夫!? 痛くない? お風呂滲みる?」

矢継ぎ早に心配の言葉が投げ掛けられる。その慌てように驚きと嬉しさが胸に広がっていく。

「もう痛くないよ。今日だってお前と一緒にたくさん遊んだだろ? そんなに心配しなくても大丈夫だから」

妻とよく似た顔で辛そうに見上げてくるものだから、苦笑いしながら頭を撫でてあげる。その後、湯船に顔を沈めて息でぶくぶく泡を作りながら考え込んでしまったお子さん



いつもならグルーシャ君の手持ちポケモン特製のアイスキャンディを食べるのが風呂上がりの日課なお子さんだけど、今日は見向きもせずにグルーシャくんの飲み物を冷蔵庫から運んであげたり、傷痕に絆創膏貼ったり、『いたいのいたいのとんでけ~』したり甲斐甲斐しく世話をやいている

「おっ、パパのお手伝いかいな。カッコええなぁ! そや、お風呂で運動会の話した……もがっ!」
「ママお口チャック!」

昨日プレスクールから持って帰ってきた、手作りプログラムを見せながら運動会の話をするチリちゃんのお口をちいちゃな掌で勢いよく塞ぐ。

「運動会? ああ、一ヶ月後の。今年もジムは休んで応援に行くから楽しみにしてるよ」
「……パパは来ちゃダメ」

ずぎゃーーーん!!! 

我が子の耳を疑う一言にこの世の終わりみたいにめちゃくちゃショック受けてるグルーシャ君

「急にどないしたん。さっきまであんなに『パパとぴょんぴょんする~』言うて楽しみにしとったやないか。お遊戯ももう覚えて……」
「いいのっ! 運動会なんかどーでもいいんだから! パパは絶対来ちゃダメだからね! おやすみ!!」

叫び終えると寝室へ先に飛び込むお子さん。チリちゃんは急いでその背を追いかけ、グルーシャ君はがっくり項垂れてる。チリちゃんが寝室に入ると布団の上にはこんもりお山。毛布を無理に捲ろうとはせずに寄り添って話し出すチリちゃん。

「もう寝たん?」
「寝た! だからママとお話できません」
「そうかぁ。もう寝てもうたんならしゃーない、チリちゃん一人で喋ってよー。そう言えばグルーシャって○○と遊ぶのめっちゃ楽しくて、いーっつもニコニコしててなぁ。仕事が休みになると『今日は何して遊ぼう』って、どっちが子供か分からんくらいワクワクしとる」
「…………」
「一回ナッペのお山登ったら、なかなか家には帰って来れんし○○と会えるの嬉しいんやろな。でも家や外で一緒に遊ぶのもええけど、プレスクールでお友達や先生と遊んどる○○見るのはもっと好きなんやって」

ナッペ山から下りてくるのを楽しみにしているのはお子さんも一緒で。カレンダーを見ながら、次はいつパパに会えるかなってママと毎日数えてるのを思い出す。もぞもぞと動き出す毛布の山

「運動会は特に大好きなんやて。○○と一緒に出来る行事やから、ずっと前からお休みとってこっそりかけっこの練習しとるんやで。ほーんま○○のこと大好きなんやから」
「……○○だってパパのこと大好きだもん」
「そうかぁー。そりゃパパも喜ぶで。今度お顔見ながら言うてやり」
「でも……パパ、ほんとは○○のこと怒ってるよ」
「なんで? ケンカでもしたん?」

毛布の山をぽんぽんと叩いて話を促すと、ぶんぶん首を振ってる動きをするこんもりお山。

「だってパパお膝におっきなお怪我あったもん。あんなにおっきいんだから絶対痛いよ。運動会に来たらすごく痛くなっちゃうよ!」
「パパのこと考えてあげたんやね。優しいなぁ」
「全然優しくなんかないもん! 今までパパに抱っこしてもらったり、かけっこしたり縄跳びしたり痛いこといっぱいしちゃった。闘いごっこして足蹴っちゃったこともあったと思う」
「でもそん時、パパ痛そうにしとった?」
「ううん。でもパパは大人だから痛いの隠すの上手でしょ!」

ずぼっと毛布から顔だけ出して反論する我が子はなんとも強情なところが己にそっくりなのに、その優しさは彼譲りなんだろうなぁと目を細めてしまう。

「だからもうパパとは遊ばないの! 運動会も来なくていい!」
「○○はそれでええの? あんなに運動会楽しみにしとったやないか」
「…………いいもん。パパの足が痛くなる方が可哀想。その方が……やだぁ……」

ぐす、っと泣き出してしまった我が子を抱え背中を擦ってやると気を張っていたからかすぐに腕の中で眠ってしまった。泣き声が聞こえなくなると、ゆっくり開いた扉と共にグルーシャが入ってくる。

「聞こえとった?」
「うん。チリが少しドア開けておいてくれたから。…………不甲斐ないな。父親のくせに子供に心配かけて無理させるなんて」

チリちゃんの腕に抱かれた、眠る我が子の髪を優しく撫でるグルーシャ君。

「なんや、あんたまで一緒になって落ち込んどるん? この子の心配取っ払うにはグルーシャしかおらんで」
「でもどうしたら……」
「そんなんひとつしかないやろ」

ニッと企みを含んだ笑みを浮かべ、チリちゃんは考えたプランを耳打ちしてグルーシャ君に告げるのだった。


◇◇◇


結局、運動会までの一ヶ月間は子供の口から運動会の話題は一度も出なかった。ぼくがいない時にチリや来園予定の祖父母には事細かに話しているようだが。あからさまな仲間外れに心が冷える。

運動会当日。レジャーシートにグルーシャ君の姿はなくて、チリちゃんとそれぞれの祖父母ズだけ。たくさん練習してきた鼓笛隊、お遊戯が順調に終わり、次は親子競技の番。

「うっし、いよいよか。○○、気張ってこうな!」
「……うん」

集合場所でチリちゃんと手を繋ぎながらアンカーのため最後尾に並んでるけど、お子さんは元気がない。何度レジャーシートに目をやってもパパの姿は見えるわけがなくて。自分で来るなって言ったのに、無意識に探しちゃう。ママと一緒に親子競技するのも嬉しいけど、ほんとはパパとやりたかった。ずっとパパとやるつもりで練習してきたんだから。

「あ! せや、ママトイレ行ってくるな! すぐ戻ってくるさかい、ちょい待っとってや~」
「ママったら、落ち着きないなぁ。もうすぐ始まっちゃうのに」

ひとつ前の競技が終わり、何組もの親子が楽しそうに肩車や手を繋ぎながら帰ってくるのを見ると色んな思いが込み上げてくるお子さん。

──ほんとは○○だって自慢のパパを皆に見てもらいたい。
──パパの肩車は高くて怖くなくて大好きだったけど、もうおねだりしないんだ。
──お遊戯も鼓笛隊も頑張って練習したから見てもらいたかった。……パパに会いたい。

涙がこぼれそうになるとぎゅっと握られる掌。バレないように急いで目を体操服でごしごしと拭く。

「ママ、遅いよ! もう始まっちゃうところだっ……」

見上げるとチリちゃんより大きな影。太陽に照らされ眩しくてよく見えないけど分かる。だってこの強く握ってくれるおっきな掌は……!

「お待たせ。ママじゃないけど一緒に頑張ろう」
「パパ……。なんでいるの! 来ちゃダメって言ったじゃん!」
「○○と一緒にやりたかったから。それじゃだめ?」
「だっ、ダメ! これ、足ぴょんぴょんして走るんだよ! 先生たちだって痛そうにしてたのに、パパがやったら絶対お膝痛くなるもん!」

先生と練習した時を思い出して話をしてくれているのだろうが、先生だってクラス全員と走って跳んだら疲れるだろうし、痛がるというより筋肉揉んでマッサージしてるだけなんだろうけど、子供にはそんなの分かるわけもなく。

「じゃあパパのケガは治ってて、もう痛くないって見せてあげる。ほら行くよ」

軽快な曲が流れ、お手製のアーチをくぐってグラウンドに入場する。いつの間にかチリちゃんは祖父母ズと一緒にレジャーシートに座って、ビデオを回しながらこちらへ声を飛ばしてくる。ママの嘘つき。

グル父子が参加する競技はデカパン。クラスカラーの巨大パンツに親子でそれぞれ入り、腰ゴムの辺りを掴みながらぴょんぴょん跳びながら障害物を避けたり越えながらコースを一周する。

「ねぇ、○○が練習しててどこが一番難しいと思った?」

前の親子の動きを冷静に分析しながら我が子の気づきをたずねてみる。それは今なお現役でパルデア最高峰の山でジムリーダーを担っている、絶対零度トリックの冴えた眼差しだった。

「え、と……あそこ! ぐるっと回る時におっとっと、ってなりやすくてゆっくりになっちゃうから、あそこがもっとしゅば!って早く回れたら速くなるのになって思った」
「ふっ、流石。パパも同じ意見だよ。それじゃ、作戦は……」

ひそひそと耳打ちして作戦を共有する父子。アンカータスキを握りしめ、いよいよグル父子の番。現在4色中、グル親子の組の順位は2位。1位の親子とは少し離されている現状。前の親子走者からタッチされてデカパンスタート。

軽快に弾んでいくグル親子。数ある障害物を声を掛け合いながら、息の合った動きで避けていく。いよいよ先ほど相談したカラーコーンの置かれている、折り返し地点。コーンに触れるかぎりぎりインコースの最短コースをお子さんがちょこちょこ跳んで、グルーシャ君が大股でアウトコースを勢いよく弾み、速度を落とさず回転していく。

「いてこませ、○○ーー! グルーシャー!」ってチリママの一際目立つ、ドでかい声援と手作りうちわに恥ずかしいやら嬉しいやら。でもその応援の甲斐もあってか、後半のぴょんぴょん走りに力が入るお子さん。作戦通り、一位とかなり肉薄してきた。

「ねぇ、○○。一位の光景って最高だよ。○○にも味あわせてあげる」

お子さんに向かって自信満々にきらきら輝く汗と共に勝ち誇った笑いを浮かべるグルーシャ君。更にギアを上げ、よりスピードの増した弾む身体。

──楽しい! やっぱりパパと身体を動かすの大好き! ○○もパパみたいになりたい!!

まっさらなゴールテープに飛び込む感覚。大きな歓声と拍手。やりきった達成感。心地よい疲労感。どれも知らなかった初めての感覚に興奮気味のお子さん。

「やった、勝ったーー! パパ凄い! ほんとに一番になっちゃった!!」
「○○もよく頑張ったよ。これで分かった? パパのケガはもう治ってるって」
「うん! やっぱりパパは世界一だね!!」
「ーーっっ!…………そうか、ありがとう」

退場はお子さんご希望の肩車しながら。頭上で終始足をバタつかせながらご機嫌な我が子を見上げるグルーシャ君の顔は晴れ晴れしてる。

──君にとって世界一の父親になれたなら、こんなに誇らしい世界一は他にはないよ。


◇◇◇

お昼休憩。チリちゃん特製、お重弁当を家族みんなでつつきあう。ポケモンを象ったウインナーや海苔でポケモンの顔を貼ってあるおにぎり。から揚げに刺さるピックは連れてこれなかった我が家のポケモン達の柄。どれも美味しくてお子さん、もりもり食べちゃう。そんな中、グルーシャ君が席を立つ。

「ぼく、ちょっと飲み物買ってくる」
「ほんならチリちゃん、トーイレ♪」
「ママまたトイレ? おしっこちゃんと出してきなよ」
「やかましっ!」

笑いが起こる一家のレジャーシート。祖父母ズにお子さんを預けて、チリちゃんはトートバック片手に立ち上がる。お子さんからは見えない人気のない園舎裏で落ち合うグルチリ夫婦。壁に寄りかかって座り込むグルーシャくん。

「ごめん。ただでさえ荷物多いのにぼくのせいで増やしちゃって」
「あーほ。なに言ってんの。こんなん荷物のうちに入らんわ」

チリちゃんはテキパキとアイシング用のスプレーをグルーシャ君の足の筋肉にかけ、膝の傷痕には氷嚢を乗せる。ケガをしていない方の足はテンポよくマッサージを施す手付きは慣れたもので。

「あの子、ええ顔しとった。やっぱし父親の存在って、おっきいなぁ」
「こういう時ぐらいはカッコつけないとね。まぁ、すぐに追い抜かれるんだろうけど」
「なに言うてんの。まだまだあんたは若いんやし、これからアカデミーの運動会もあるんやから弱気になる暇なんてないで」

励ますチリちゃんの肩口にぽすんと顔を埋めるグルーシャ君。

「ねぇ、チリ。ぼくさ、世界一になれたよ。さっきゴールした時にあの子にそう言ってもらえたんだ」
「そっか。そら嬉しいな。……グルーシャ、世界一おめでとう」
「……うん」

お子さんの言葉を噛み締めるように、しばらくそのままでいる二人。



「あーーっ! パパとママ、やっと帰ってきた! どうせまたイチャイチャしてたんでしょ! デザート食べちゃったからね」
「んなわけないやろ! たまたまトイレの帰り道で会うただけや!」
「ほら、お茶。水筒に補充しとくから午後も頑張れ」

手にしていたペットボトルのお茶を子供用水筒に移すグルーシャ君。空になったゼリーの容器を見せながら、チリちゃんと親子漫才を繰り広げてる我が子の頬についたゼリーをとって食べる。

「うん、美味しい。チリの作るゼリーは絶品だね」
「あっま。ゼリーより甘いセリフ、こないなとこで吐かんといてくれます?」
「褒めただけなのに……」

どこでも通常運転なグルチリさん。呆れるお子さん。苦笑いの祖父母たち。午後の競技が始まるためお子さんはクラスに戻るけど、去る前に言われる。

「ねぇ、パパ。おうちの人のリレーあるけど、パパ出れる?」
「えっ。それはママが出るんじゃ」
「だってママお仕事で疲れて肩とか腰とかよくもみもみしてるし、いつも朝眠そうだから休んでほしいもん」

チリちゃんはお子さんの爆弾発言に顔を真っ赤にしてごまかそうとする。

「いやなっ! そりゃまぁ、仕事のせいもあるけど半分はその……!」
「いいよ。ぼくがリレー出る。もう半分の原因はぼくのせいだろうし」
「パパのせい?」

はてなマークを浮かべ首を傾げるお子さん。居たたまれず席を立つ、じじばばズ。こんな健全なところで息子娘の仲良しっぷりを聞きたくはない。

「ママと仲良しして疲れさせちゃった責任取るよ」
「ちょい、グルーシャ! なに言うてんの!」
「やったー! パパ応援してるからねー!」

てってって、と走り去っていくお子さんと、グルーシャくんを肘で小突くチリちゃん。

「あんたなぁ! 一日に二回も全力疾走辛いやろうに。なにも無理せんでも」
「大丈夫。あの子がおねだりするなんて珍しいし、今日くらいヒーローでいさせてよ」
「ったく、カッコつけよって。……気ぃ、つけるんやで」

返事の代わりにチリちゃんの肩を抱き寄せて、我が子を見送るグルーシャ君。

午後の大玉転がしや組体操を終え、次は保護者の有志によるスプーンリレー。競技用おたまにボールを入れて運び次の走者へ渡す、バランスとスピードが求められる種目。

グルーシャ君は一位でボールを受け取り、障害物を軽やかに越えていく。特に平均台では持ち前のバランス能力の高さで、よれよれしている他の保護者を置き去りにしてトップを維持。しかし、おたまパス前の長い直線で、失速しだしてしまう。パッと見では分からないけれど、膝を痛めていることにチリちゃんは気づく。自分と同じように園児席から我が子も必死に声をかけているのが見えて胸がいっぱいになる。

結局、おたまパス寸前で後ろから来た保護者に抜かされ、ボールを渡したアンカーも前を行くチームを抜かすことは出来ず最終順位は2位で終わった。でもグルーシャの顔は同じチームの保護者達と健闘を称え合い、やりきった充足感に満ちている。我が子も惜しみ無く拍手を送っているから、これでよかったんだと思う。感動もそこそこに、トートバッグを手に先ほどの園舎裏に足早に向かうとグルーシャ君は立って待っている。

「グルーシャ! お疲れさん。立っとって大丈夫なん?」
「平気だよ。ちょっと筋が張って固くなっただけだから。スプレーだけ貸してくれる?」

チリちゃんからスプレー缶を受け取ると、座り込み慣れた手つきでアイシングしていく。

「途中まで調子良かったんだけど。最後の最後に抜かれたよ。幻滅されたかな」
「んなわけあるか。あの子、最後まで必死に応援しとったし、終わった後もずっと拍手しとったで」
「そっか。なら良かった」
「それにな、チリちゃんの子供なんやから例え何位やろうとグルーシャは世界一カッコよく見えるに決まっとるやろ」

ドンと胸を叩いて誇らしげにしてる妻を見て、笑っちゃうグルーシャ君。

「ははっ、それは光栄。でもチリが思ってるより落ち込んではないよ。今度はあの子に『全力でやれば一位じゃなくてもいい』って伝わってるといいな」
「大丈夫。きっと伝わっとるって」

立ち上がったグルーシャ君の手を握って、我が子の最後の勇姿を見に歩きだすチリちゃん。最終競技は年長組によるクラス全員組別対抗リレー。

グルチリのお子さんはクラスの真ん中辺りのかけっこ順。前の走者からバトンを受け取った時は3位。チリちゃんとプレスクール終わりに、公園で練習してきた走り方で前を走る子を一人抜いて次の子へバトンを渡す。

走り終えた子達も走っている仲間に大きな声をかけ続け、そしてアンカーの子が走り出す。しかしアンカーの子が途中で転んでしまい、立ち上がることができない。すると我が子の叫びが一際大きく聞こえた。

「最後まで諦めないで! 皆で走って来たんだもん! 何位だって大丈夫だよ!」

それに続くように「ゴールはもうすぐ!」「がんばれー!」と各々園児達がアンカーの子に声を送る。ゆっくり立ち上がって、アンカーの子が懸命に走るシーンに保護者はハンカチを濡らした。

結果は4組中4位。それでも誰もアンカーの子を責めたりせず、「最後まで走ったの頑張ったね!」「足大丈夫?」「血が出てるよ。せんせー! バンソーコーくださーい!」ってみんなでアンカーの子を労りながら保健のテントに連れていってる。今までプレスクールで築いてきた友達関係の強さと我が子の成長を目の当たりにして涙ぐむグルチリ夫婦。

◇◇◇

運動会も無事終わり、担任からもらった金メダルを首から提げて走ってくるお子を抱き上げるグルーシャ君。その体操服には頑張った勲章である砂が所々について汚れていた。

「おかえり」
「ただいまー! つっかれたー! ねむ~い」
「よぉ頑張ったもんなぁ。ほれ、ママの背中乗り」

屈んだチリちゃんの背中に、とことこ移動するお子さん。

「ぼくが抱っこするからおいで」
「……今はママの気分だからパパはいい」

がーーーん、なグルーシャ君にトートバッグを渡してチリちゃんがおんぶする。(じじばばズは大物の荷物を先に自宅に運んでくれている)

家路に着いたらすぐに寝落ちした我が子の寝顔に、成長した喜びと少しの寂しさを覚えるグルーシャ君。

「大きくなったね」
「そうやねぇ。身体も重たなっとるし、チリちゃんもいつまでこうしておんぶしてやれるやろか。ちょいと寂しいなぁ」

同じことを思っていた妻。ここまで育児をしてくれた感謝の気持ちを込めて頭を撫でる。

「ちょっと。うちのこと子供扱いしとるやろ。まだまだこの子おんぶできるくらいの力はありますー。そう簡単にグルーシャに全部持ってかれたらかなわんわ」
「違うって。チリもお疲れさまって思っただけだよ。ありがとう、この子を優しい子に育ててくれて」
「…………とりゃ!」

両手はおんぶで塞がっているため、頭突きでグルーシャ君の胸板にタックルする。

「うっ」
「なんやその言い方やと、うち一人でこの子育てたみたいやん。あんたと一緒に育てたんやから、そない他人事みたいに言うのやめぇや」
「……そうだね、ごめん」
「ったく、ちょいちょいネガティブなるんやから。もっと自信もち!」
「でもぼくが抱っこして帰るの嫌がられた……」

先ほどのやりとりを思い出し、しゅんと項垂れる夫。自分に向けられる好意に鈍い鈍いとは思っていたが、ここまでとは。勘違いもいいところだ。

「あんなぁ、嫌われたから抱っこ拒否したと思とんの? せやったらこの子の代わりにうちが怒ったるわ」
「それどういう意味……」
「あんたの足に負担かけたなかったんやない? グルーシャが我慢しとるの気づいたんやろな。まっ、単純にチリちゃんとおる時間が少なくて甘えたなったのかもしれんけど」

わざと笑いを入れてぼくへの心の配慮をしてくれるチリ。その言葉と笑顔に何度救われてきただろう。

「チリの言う通りだと思う。この子は優しくて強くて甘えん坊な、ぼくたちの子供だから。これからもずっと一緒に守っていこう」
「あったり前や!」

夕焼けに照らされた長い影が寄り添いながらいつまでも続いていた──。


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