出張どこ行ったって!?

「鎌倉行ってきた」
「キャバクラ!?」

他地方への出張から戻って早々、玄関でコートを脱ぎながら爆弾発言をかましてくるグルーシャ。珍しくスーツ姿の彼から受け取ったビジネスバッグを思わず落としてしまいそうになる。

「だ、誰かと行ったん?」
(そうや。きっと視察先との付き合いで嫌々参加させられたんやろな、うん)

なんとか頭を働かせ、もっともらしいことを自分へと言い聞かせてみるが更なる追い打ちが続く。

「ううん。余計な邪魔が入らないようにいつも一人で行く」

言いながらネクタイの輪っかに指を入れ、首元を緩めている。

(一人!?いつもって今回が初めてやないの!?常連なん!?)

かき集めた冷静さは跡形もなく崩れ、手にしていた鞄を胸元で抱き締める。そんなに何回も通うほど欲求不満だったとは。

(うちじゃグルーシャを満足させてあげられてなかったんか……)
「……あんたもああいうとこ行くんやな」
「そう?普通に行くよ。色々興味深いし。チリさんは行ったことある?」
「そないなとこ行ったことあるわけないやん!」

リビングへ続く廊下を進みながら、くるりと振り向き様に問われる。反射的につい感情的な声を張り上げると、何故か目をぱちくりして驚かれる。

(いや、驚いてんのはこっちや。そうは見えなくても一応生物学上は女である自分に向かってなんてこと聞いてくんねん)

「そっか。チリさんも好きそうだなって思ったから、行ったことないのちょっと意外で」
「うちが好きそうって何でやねん」

いくらチリちゃんがそこらの男よりかっこよくて女の子達にキャーキャー言われとっても、恋愛対象は男やし(──ちゅーかあんたや──)、まして女の子達に接待してもらおうなんて微塵も思ったことはない。

「なんとなく。あそこは歴史もある所だし、建物や景色も風情があって食べ物も美味しいからチリさんもきっと気に入るよ」

これはそんじょそこらのおっさん達とは格が違うヘビーユーザーだ。歴史や風情なんて、普通だったらあのきらびやかな夜の世界を評する際に使わないワードが出てきた。キャバクラをそこまで美化して言えるだなんて只者ではない。一体どれだけの女をはべらかせてきたと言うのだ。
豪華な王様椅子にふんぞり返って両脇どころか、辺り一面によりどりみどりの美女がグルーシャを狙っている光景が頭をよぎる。悲しいと言うよりかは全女性の敵かのように思え怒りがこみ上げてきた。

リビングに入ると、スーツのジャケットをソファの背もたれへと投げ置き、妙案を思い付いたかのように誘われる。

「そうだ、今度一緒に行く? 多少案内出来ると思うけど」
「一緒って……そないデート行くみたいに軽く言わんといてや」
「なんで。普通にデートのつもりだったけど」

(どこの世界にデートでキャバクラに行くカップルがおんねん)

まさかグルーシャがそんなニッチ過ぎる性癖をお持ちだとは思ってもみなかった。まるでピクニックに行こうとでも言うかのように誘われるとは。いや?こんなに色々明け透けに言ってくるということはもしかしたら……。

「ちょ、ちょい待ち。あんた、もしかして遠回しにうちと別れたい言うとるんやないやろな。それやったら回りくどいことせんでも、はっきりそう言って……」

言い終える前に肩を掴まれ、ものすごい形相で相対する。驚いた拍子に手から鞄が離れ床へと落ちていく。

「どこがどうなって別れ話になってるの!今の会話でそんな流れあった!?」
「だって《うちが好きそう》とか《今度一緒に行こう》とか皮肉たっぷりにうちのこといじっとんのかと思って」
「それのどこがおかしいの? 普通の会話だったじゃん」
「モテモテのグルーシャの普通はチリちゃんの普通やないってこっちゃ。どこの世界に彼女同伴で遊び行くキャバクラがあんねん」
「は?…………ちょっと待って。まさかとは思うけど。ぼくがさっきから話してた場所の名前、一緒に言うよ」
「ちょ、何急に。そんなん分かって……!」
「せーの」

答えは分かりきった問いに文句の一つでも言ってやろうとしたら、突然の掛け声に慌ててついタイミングを合わせてしまう。

「鎌倉」「キャバクラ」
「「えっ?」」
「グ、グルーシャ今何て? もっかい言ってみ?」
「か・ま・く・ら。チリさんは?」
「…………キャ・バ・ク・ラ……」

後半は蚊の鳴くような小さな声になってしまった。

(やってもうた)

これは完全に自分が悪い。なんて酷い聞き間違えをしてしまったんだ。しかもよりにもよって対極と言っていいであろう神聖な場所と。無言の間が怖い。怒るならとっとと怒ってくれ。耐えきれず自分から静寂を壊していく。

「ごめん!ほんま堪忍な!うち、てっきりあんたがキャバクラマスターなんやと思い込んでん。そりゃグルーシャが怒るのも無理ないな。ひっぱたくんならグーやのうてせめてパーで頼んます!」
「……なにそのキャバクラマスターって」
「それはやな、ポケモンマスターならぬ、数多の女の子をゲットしてきた罪な男の称号やねん。変なあだ名勝手に付けてもうて、えらいすんませんでした!!」

自分と目を合わせず、俯いて腕を組んでいるグルーシャの反応が怖くて、勢いよく最敬礼をして全てを暴露してしまう。あれこれと弁明をしていると、組まれていた腕がほどかれひっぱたかれるっ!と身構えたら聞こえてくるのは耐えるような笑い声。

「ふっ……くくっ……どうしたら鎌倉をキャバクラと聞き間違えられるの。しかもなに、キャバクラマスターって……ははっ!チリさん面白すぎでしょ」

初めは耐えようとしていたのだろうが、一連の流れを思い出し徐々に大声で腹を抱えて笑い出した。

「最初からなんで機嫌悪いのかと思ってたけど、そういうことか」
「うそ!そない顔に出てた?ポーカーフェイスは得意やと思てたのに」
「分かるよ。初めは驚いてたけど、その後悲しくなって最後は怒ってた。違う?」
「大当たりです……」

一分の狂いもなく見抜かれていた恥ずかしさと、そこまでグルーシャに理解されていた喜びとが入り交じる。

「でも良かった。そない怒っとらんで。もっと怒っとるかと思った」
「……誰が怒ってないって?面白いとは言ったけど、それとこれとは話が別」

普通だったら胸がときめくはずの良い笑顔が、今はその後の報復を思うと怖いものでしかない。
緩めていたネクタイを完全に抜き取ると、じりじりと距離を詰めてくる。思わず後ずさるとソファへとぶつかり尻餅をついたら、グルーシャの手が自分を越えて背もたれへ掛かる。二人分の体重がかかったソファがギシリと音を立てた。
自分を覆うように目の前にいる彼を見上げ、少しひんやりとする頬に手を添える。

「ごめんて……あんたのこと疑うような真似して」
「疑われるような愛し方してきたつもりないんだけど。まだ分かってないようだからちゃんと教えるよ」

頬にある手を取られ、後ろの背もたれへと押し付けられると熱い唇が自分のそれへと降ってくる。角度を変えてお互いの口内を堪能するとゆっくりと離れていく。

「……んっ……ちゃんと分かっとるってば」
「嘘つき。分からないからもっと教えてって顔してる」

自分以上に自分の心を見抜かれているのならもう彼の思うままに身を任せよう。

「うん。教えてや……グルーシャ」

ぎらつく雄の顔をしたグルーシャにソファへと横倒され、彼の愛を全身で受け止めるひとときが始まった──。


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