甘い雪山は彼の味
「なぁなぁ、明日はコメダのモーニング行かへん?」
日も傾き始めた土曜の夕暮れ時。さっきからリビングでロトムを使って何やら検索していると思ったら、今夜の夕飯より先に明日の朝食の話をされる。
以前チリさんが「コガネ人は明日の朝のパンが何より大事やねん!」と言っていたがまさしくそうなのだろう。ほぼ毎日「明日のパン、なんにしよ」と同じワードを聞かされている。
ちなみに今夜は牡蠣フライにアボカドとマグロのポキ丼が食卓にあがる予定だ。このメニューに隠された意味など全く分かっていない彼女は「グルーシャのご飯楽しみやなぁ」なんて呑気に言っていたが。夕食の下準備で牡蠣へパン粉をつけ終え手を洗い流していると、ぼくの答えを急かすようにずいと目の前に差し出されるロトム。
映し出される画像には、いつもならソフトクリームが聳えるところに、某有名お菓子メーカーのホワイトチョコのソフトクリームとソースがデニッシュ生地に雪山を彷彿するかのようにかかっている。
「確かに美味しそうだけど。でもチリさん明日の朝起きれるの?」
「なに人のことお寝坊さんみたいに言うとんの。自慢やないけどリーグに勤めてから一回も遅刻したことないで」
胸を張って自信ありげに言っているが。
「ふーん、そう。朝起きれるといいね。今夜が楽しみだな」
ロトム越しにチリさんの緑髪を一房とると、ちゅっと触れるだけの口づけをしてから、冷蔵庫へ衣を纏った牡蠣を並べたバットを寝かせる。すると背中へと照れと困惑が混じった声が投げ掛けられる。
「あ、あんたまさかこのメニューって……!」
冷蔵庫を背に振り向くとアズマオウのように顔を染めパクパクと口を開けている彼女。
「さぁ、どうだろう。チリさんのご想像にお任せするよ。ただ……ぼくは元気になるだろうね」
「~~~っっ!!この助平!!」
しっかりと意図を汲み取った彼女は声高に叫んだ。
◇◇◇
翌日、二人で喫茶店に到着したのはモーニングの提供はとっくに終わった昼過ぎだった。席へと案内され、チリさんは手にしたメニュー越しに恨めしそうな顔でこちらを見ている。
「モーニングのトースト食べたかったなぁ……」
「まぁまぁ、お目当てのシロノワールは有るんだからいいじゃん」
「そういうことやないの!あのカリッモチッのパンも美味しいのに。それもこれもグルーシャのせいやで!」
昨夜のあれこれが全て自分のせいだと言われているようで少々苛立ちを覚える。
「……なんだよ、チリさんだってノリノリだったくせに」
「ノリッ!?うちはノリノリなんかやなかったって!!」
「どうだか。いつもより感度好かったし何度もぼくを……」
「こないなとこで何言おうとしてんの!?ほれ、グルーシャもとっとと選びぃ!」
メニューを顔へ押し付けられ、口に出せず行き場を失った言葉を飲み込むとメニューへと目を通す。
「チリさん、クロネージュも好きだったよね?ぼくが頼んだら半分食べる?」
「…………ごっつええ案やけど今日はシロノワールの気分やねん。チリちゃん一人で食べてもええ?」
「それは別に構わないけど」
いつもなら「半分こはお得なやなぁ!」と言って喜んでぼくの提案に賛同してくれるが、今日はよほどそちらの気分なのだろう。微かに頬を染めてお目当ての品の写真を眺めている。
暫くするとシロノワールとハムサンドがテーブルへと運ばれてきた。「いただきます」と二人で挨拶をしてからハムサンドを口へと運ぶ。チリさんはロトムで写真を撮ってから念願のシロノワールを口にする。
「うっっっまっ!あつひや最高や~!」
「よかったね」
口に合ったのだろう。随分とためてからの感想が零れる。頬に手を当て至福の表情を見ているとこちらもつられて目尻が下がる。そのまま彼女が美味しそうに食べている姿に目を奪われていると一口分に切り分けられたデニッシュとアイスの刺さったフォークが目の前へと差し出される。
「ほれ、グルーシャも食べたいんやろ?どーぞ」
ぼくの視線を誤解したチリさんが、なんとも可愛らしい勘違いをしてお裾分けをしてくれるようだ。思わず小さく吹き出してから彼女の好意を食むと、口内に甘く広がるのはお菓子の甘さだけではないだろう。
「うん、甘くて美味しい」
ホワイトチョコのついた口の端を、ぐいと親指で拭い舐めとる。
「もう、さっきからなんなん自分……」
「は?」
がくんとテーブルへと突っ伏してしまった。髪から覗く耳は何故か真っ赤だ。
「どうしたの急に。アイス溶けてるよ?」
「あんたのせいやろ……」
自分が何をしたと言うんだ。と言うかさっきからやけにチラチラと視線を感じていた。今も溶けているソフトクリームを見てたかと思えば次にこちらを見る。チリさんがシロノワールの山を削って口へと運んだかと思えば、こちらを見てもぐもぐと咀嚼する、と言ったルーティンのような一連の流れ。
「ぼくのせいって、それと関係有るの?」
チリさんに食べ進められだいぶ形が崩れた白い山を指差すと、顔を上げ口をもごつかせながらか細い声で呟く。
「…………笑わんといてな?……これナッペ山に見た目似てるし、白い恋人の味なんやろ?……誰かさんみたいやん」
とん、と細く白い指でメニューを指差す。
(ああもう、この人は……っ!)
「……ねぇチリさん。帰りにスーパーとドラッグストア寄ってもいい?」
「なんや急に怖い声出して。買い物くらい別にええけど。なんか足りないもんでもあった?」
「今晩の夕食もぼくが作る。豚肉のしょうが焼きとオクラと豆腐のサラダね。異論は認めないから」
「え、え?」
捲し立てるように早口で今夜の献立を一気に言うと、チリさんは理解が追い付かないのか困惑の表情を浮かべている。
「なんで?昨日グルーシャが作ってくれたから今日はチリちゃんが作ろ思てたのに」
「本当は夕食なら毎日ぼくが作ってもいいんだけど。でも今夜は絶対譲らない」
正確に言うと今夜
「ま、まさかドラッグストア行く言うのも……」
「昨日全部使いきったし。補充しないと、コンド……」
再びメニューが顔へと押し当てられそうになるが、そこは元プロスポーツ選手の反射神経で受け止める。そう何度も同じ手は食らわない。そのまま腕を引っ張り耳元で熱っぽく囁く。
「チリさんが可愛いこと言うからいけないんだよ。こっちの白い恋人も堪能して」
言い終えるとピアスを避けて耳輪を軽く甘噛みする。途端に思いっきり身体を離され、噛まれたところを隠すように掌で覆う。
「あ、あ、明日は仕事!!今夜はなんもせんで早よ寝るんやから!」
その強がりもどこまで持つのか。
チリさんとぼくとの勝負が始まった。
テーブルの上に残されたホワイトチョコがとろりと溶け出していく──。
1/1ページ