結婚記念日のプレゼント
もうすぐグルーシャと結婚して三回目の記念日がやってくる。帰る家は同じになったものの、世間一般の夫婦に比べると共に過ごす時間は決して多いとは言えないかもしれない。それでも限られた時間の中で互いを理解しては笑い合い、時に喧嘩もしながら仲を深めてきたと思っている。
そんな結婚生活を振り返っているここは、デパートの一角にある雑貨屋。気兼ねなく品定めの出来る空間と下ろし立てのサロペットの着心地の良さも相まって、店内を端から端まで見て回っていたらあっという間に買い物客の少なかった昼時が過ぎていた。人の出入りも増えてきたところで、キャスケットを目深に被り直す。
「あかん。なんにしたらええやろ」
目に留まったライトブルーのバスタオルの肌触りを確かめながら夫の姿を思い出す。毎年、結婚記念日には普段使いより少し高級な店で食事をし、そこでプレゼント交換をするのが自分たち夫婦の恒例の過ごし方。プレゼントと言っても決して高価なものではなく、夫婦二人で使える物を互いに渡し合っているのだが。ただ、今年の結婚記念日は自分たちにとって特別な日になるだろうし、グルーシャを喜ばせたい思いは例年以上に強かった。バスタオルを商品棚に戻し、腕を組み靴の裏で床を打ち鳴らす。考え事をする際に出てしまうこの癖は、同僚曰く「周りに威圧感を与えるのでお止めなさい!」と幾度となくお小言を食らっているが、こればっかりは直りそうにない。それに今日はノーヒールのパンプスなのだからそう恐くはない……はずだ。むむむと唸りながら頭の中で我が家を巡ってみる。
「二人で使うもん言うても、だいぶ揃っとるし……」
パジャマにスリッパ、マグカップ、カテラトリー、タオル。二人であれこれ相談して買い揃えたものはどれも自分にとって宝物だ。我ながら女々しいとは思うが、揃いのものを二人で使う喜びがあるなんて結婚するまで知らなかった。これが心底惚れた相手と一つ屋根の下で家庭を築くということなのかと、柄にもなく気恥ずかしくなってしまう。
「──失礼致します。お客様、なにかお困り事はございませんか?」
突然掛けられた言葉に思わずキャスケットのつばを下げる。ちらりと目線をやると、声の主はモスグリーンのエプロンを身に付けた人懐こい雰囲気を纏った女性店員だった。
「随分と熱心にお探しのようでしたので。ご迷惑でなければお話伺わせてください」
「迷惑やなんてそんな……!」
控えめに尋ねられた言葉に、下げたつばを元に戻し慌てて弁明をする。ちょうど良かった。このまま一人で悩んでいても埒が明かない。第三者の客観的な意見も聞いてプレゼント選びの参考にさせてもらおう。
「ほんならお姉さん、話聞いてもらえますか?」
「勿論でございます。そこまでお悩みと言うことは大切な方への贈り物をご検討でしょうか?」
「ええ、もうすぐ結婚記念日なもんで彼……いえ夫へ渡すもん言いますか、夫婦で使えるもん言いますか……」
我ながらなんとも歯切れの悪い回答だ。普通の夫婦なら配偶者に渡すプレゼントを求めるであろうに『夫婦で使えるもの』なんて、聞かれた側からしたらなんとも邪魔くさいことを尋ねてしまった。そんな質問にも店員は全く動じる素振りもなく、少し宙を見上げたかと思うとキッチングッズのコーナーへ歩を進める。
「旦那様と奥様がご一緒にお飲みになるものはございますか?」
(奥様……ってうちのことか。どうにもそう言われるのはいつまで経ってもむず痒いなぁ)
「お互いお酒が好きなもんで時間が合う時は晩酌しとるんですけど、うちが最近アルコールとカフェイン控えとって。他言うと、夫は紅茶も好きでよく飲んどりますね」
「そうでらっしゃいましたか。ではご夫婦でお使いになれるティーセットの方を見てみましょう。きっとカップなどは既にお揃いでしょうから、こちらはいかがでしょうか?」
「……かわええ」
案内の足が止まった先にあったのは見たことのない、色とりどりな可愛らしいフォルムをした品々。その中で目を惹いた物を手に取ると、材質だけからではない温かみが掌からじんわりと伝わってくる。二人でこれを使ってお茶を飲み、会話に花を咲かせながら過ごせたら心も身体も安らぐことだろう。グルーシャもきっとそう思ってくれる。なぜだかそう確信できた。
「これにします!お姉さん、ありがとうございました」
「とんでもございません。お役に立てなのなら光栄です。どうぞ素敵な結婚記念日をお過ごしくださいね」
人懐こい笑顔と共にお祝いを告げられると心がほっこりと温かくなる。店員によって可愛らしくラッピングされたプレゼントを胸へ抱え、グルーシャの喜ぶ顔を思い浮かべながら腹を一撫ですると、鞄に付けた桃色のキーホルダーも軽やかに揺れ動いた。
◇◇◇
結婚記念日当日。
二人を乗せた空飛ぶタクシーが降り立ったのはマリナードタウンの郊外。潮風薫る海岸沿いをグルーシャと肩を並べて歩く。まもなく沈む夕陽が水面を煌めかせ、グルーシャの横顔を色濃く照らし出していた。二人きりでこうして過ごすせる穏やかなひとときに笑みが溢れる。
「随分ご機嫌だね」
「なんやー? 他人事みたいに言いよって。久しぶりのデートやっちゅーのにチリちゃんだけが楽しみにしとったんか」
「まさか。ぼくだって十分浮かれてるけど」
手の甲をなぞってきた骨張る指は、そのままこちらの指をがっちりと絡めてきて離せそうにない。家の中ならいざ知らず、外でこのような触れ合いは珍しい。確かに彼の言う通り浮かれているのはお互い様なようだ。
「分かりづらぁ。もちっと表に出しぃや」
「出していいなら出すけど。困るのはチリだよ」
「なんでグルーシャがご機嫌やとチリちゃんが困んねん。むしろ嬉しいけどなぁ」
眩しかった夕陽は大きな影に遮られる。それがグルーシャの身体だと気づいた時には、整った顔が目の前に迫り唇が重なっていた。あまりの早業に固まることしかできなかった
「今はこれでやめておくけど、あんまりぼくを喜ばせない方が身のためだよ」
ひとしきり啄むようなバードキスを堪能してから離れていった唇にはうっすらとラメが移っていた。男のくせに悔しいぐらい妖しい色香を纏っていて、照れ隠しの頭突きを胸板に一発お見舞いしてやる。
「クサイハズイサムイ。こんの女ったらし」
「うわ、望み通り表に出したのに酷い言われよう。たらしこんでるのはチリだけなのに」
「そういうとこやねん……」
全然ダメージを受けていない様子に白旗を上げるしかない。グルーシャは結婚してから変わってしまった。いや、変わったのではなく冷たく固い氷の中に押し込めていた本来の彼が溶け出している……のかもしれない。《絶対零度》はどこへ置いてきてしまったのか、恥ずかしげもなく蕩けるように熱い愛情表現をしてくれる。言葉で。態度で。そしてベッドの上で。
出会った頃の可愛らしかった姿も今ではすっかり過去のもの。しかし大人びた見た目とは裏腹に、聴こえてくる鼓動は昔と変わらずトクトクと速いリズムを奏でているからついつい毎回絆されてしまうのだった。去り際にぐりぐりと頭を押し付けてから離れると乱れた髪を壊れ物に触れるかのように直される。
「もう少しこうしていたいけど、そろそろ予約の時間だし行こうか」
先ほどからの戯れの中で、どちらも離さなかった掌をもう一度繋ぎ直して歩き出す。
(グルーシャを喜ばせない方がいい、やなんて今日は無理かもなぁ)
後で伝える知らせに、彼はどんな反応をしてくれるのだろうか。
しばらくして着いた先は老夫婦が営んでいるパルデア家庭料理のレストラン。ここはグルーシャといくつか検討していたなかで、味と評判もさることながら一日一組限定の二人だけの貸切という言葉に惹かれて決めた店だ。
ガラスと木で拵えられたドアを開くと、コック帽姿の老店主とその妻の穏やかな笑みに出迎えられテーブルへと案内される。落ち着いた室内装飾に心地よいオルゴールのBGMが控えめに流れ居心地がとても良い。席に着くと互いに日頃の疲れを労い、感謝を伝え合う。
「いつもありがとう。今年もチリとこの日を迎えられてよかった」
「こっちこそいつもおおきに。グルーシャもこの一年、おっきな怪我なく過ごせてよかったなぁ」
ナッペ山の険しさは周知の通り。空飛ぶタクシーで頂上のジムまで通えばいいのだろうが、挑戦者やジムスタッフの安全確認のためにも必ず自分の足とポケモンとで山を登り下りしている。時に雪山の洗礼である猛吹雪や雪崩に見舞われたり、野生ポケモンと遭遇して小さくない怪我を負うことも珍しくはなかった。
「そんなに心配しなくて大丈夫だって。ぼくが何年あの山にいると思ってんの。今はチリもいるんだし、無茶はしてないから」
「ならええけど。でももう……」
「ほら、今日はチリも飲むよね。飲み物どれにする?」
言葉尻を濁した言葉はグルーシャには気付かれず、ドリンクのメニューをこちらへ差し出される。その頃合いを見計らって店主の妻が注文を伺いにやってきた。
「グルーシャはいつものでええ? うちはこれで」
彼お気に入りのワインと自分の飲み物を指差し伝えると、物静かな奥さんは目尻を下げて店主の元へと戻っていく。
「ほんなら料理が来る前にプレゼント交換しよか」
「そうだね。はい、ぼくからはこれ」
手渡された品は掌より一回り大きいサイズの割に、思っていたより軽い。包装紙を破れないよう慎重に開けると調理用ミトンが一組現れた。片手ずつアルクジラとウパーの顔がプリントされ、親指とそれ以外とで二匹の口を開閉できるデザインのようだ。さっそく両手に嵌めて触り心地を確認し、パクパクと口を動かしてみるとグルーシャは頬杖をついて細めた目をこちらへ向けていた。
「これ、むっちゃかわええなぁ!ちょうど今つこてるのヘタってきとったし、買い換えよ思てたとこやねん」
「なら良かった。それを使ってまた一緒にグラタン作ろう」
グルーシャとキッチンで横並びに食事を作る光景が思い浮かび心が躍る。そんなささやかな未来の約束がとても楽しみでならない。そしてもう一つ手渡されたのはポストカード。一年に一度、この日にプレゼントと共に直筆で書いたものを渡し合っている。彼が選んでくれた今年で三枚目のカードには、故郷の象徴であるシロガネ山と桜が描かれていた。この地はジョウトを武者修行中に傷ついたゴマゾウを介抱しゲットをした、自分にとって思い出の場所でもある。以前ロトムのアルバムを見ながら話していたのを覚えてくれていたのだろう。カードの余白に添えられているのは彼の想い。
──ぼくと結婚してくれてありがとう。あっという間の3年は楽しいことばかりだった。4年目もよろしく。チリを愛してる。
「ふふっ、今年もキザやなぁ。でもおおきに。大事にするな」
「どういたしまして。ねぇ、チリはなに用意してくれたの?」
抱えたままのこちらのプレゼントが気になるようで、覗き込んでくるその可愛らしい仕草に笑みが零れてしまう。「一緒に使おな」と彼の前へ差し出すと、受け取るや否や楽しそうに包みのリボンをほどいている。グルーシャの手が止まり、出てきたのは毛糸で編まれたまるこいフォルムをしたカバー。
「これ……ティーコゼー?」
「さっすが紅茶党!よぉ知っとるなぁ。チリちゃん今回のプレゼント探しで初めて知ったわ」
家にある使い慣れたティーポットに被せてあるのは保温とデザイン性に優れたティーコゼー。ウールーの毛糸で編まれたブルーとグリーンのツートンカラーは持ち手のところで色の切り返しがされている。蓋にはニット帽の頭頂部に付けられている《ぼんぼん》に似た飾りが乗っており、可愛らしい見た目に花を添えていた。
「懐かしい。実家にもあったよ。寒くてすぐに紅茶が冷めるから、誰が被せるかでよく家族と取り合いしてたっけ」
「へぇ~、ええ話!グルーシャの昔話もっと聞きたいなぁ」
「大して面白い話なんてないけど、チリが聞きたいなら今度話すよ。って、ちょっと待って。これじゃぼくへのプレゼントになってない? だってチリは紅茶よりコーヒー派……」
グルーシャの疑問と同時に「お待たせ致しました」と声が掛けられ、コース料理の前菜と白ワイン、そしてルイボスティーが提供される。
「話の途中やったけど飲みもんも届いたことやし、乾杯といこか」
「うん。改めてこの一年ありがとう。来年も二人でこの日を過ごそう」
グラスを傾け、澄んだ高い音が二人の間で響き合う。グルーシャはワインを喉へ流すとこちらの飲んでいるものに気付き、グラス越しに心配げな表情で尋ねてきた。
「あれ? チリはお酒頼まなかったんだ。最近飲んでないけどもしかしてどこか具合悪い?」
「ううん、病気やないから心配いらんで。そや。さっきの話の続きやけど、これからはチリちゃんもそのティーポット使うことが増えると思てティーコゼーを選んだんや」
こちらの答えに、まだ合点のいっていないグルーシャの掌を取って伏せたカードを乗せる。早速読み進めていくと次第に蒼眼が見開き、その視線はこちらの腹へと下がってきた。
「これ、ほんと……?」
カードをこちらへ向け真偽のほどを確かめられる。そこにはグルーシャへなんて伝えようか何度も考えては書き直した、うちら夫婦にとって待望の知らせがあった。
──今年も結婚記念日をグルーシャと過ごせてめっちゃ嬉しい。来年は新しく増える家族と一緒にこの日を迎えよな。ほんまにおめでとう、グルーシャ!
大好きやで!
「うん。まだちっさいけどちゃんとおるって。せやから、さっきグルーシャが言うてた《来年は二人で》ちゅーのは難しそうやけどええかな?」
「ダメ。……なわけないだろ。……そっか、ぼくたちのところに来て……くれたんだ」
グルーシャは肘をついて項垂れるように目元を覆ってしまった。その発せられた声は微かに震えていたのは気のせいではないだろう。少しの間言葉もなく考え込んでいたが、カードに記されたうちら夫婦の似顔絵とその間にある赤ちゃんのイラストを愛おしそうに指でなぞり始めた。
「チリちゃん絵心はあんましなくてなぁ。上手く描けんかったからそんな見んといてや。……でも、グルーシャをずっと待たせとったから今日伝えられてほんま良かった」
「ううん、すごく可愛い。チリと家族になれて、もうこれ以上の幸せなんてないと思ってた。それなのに何度でもぼくに知らなかった幸せをくれるんだね。
──ありがとう」
「っっ!」
感謝したいのはこちらの方だ。グルーシャのようなあったかくて心の綺麗な人と家族になれて毎日が幸せだというのに。彼は自覚は乏しいが子供が好きだ。ポピーと遊んでいるグルーシャの姿は微笑ましくて大好きな光景なのに、同時に胸が締め付けられる思いを何度もしてきた。彼がたどたどしくポピーと目線を合わせて会話をし、慣れないながらも真摯に向き合って遊んでいる姿を見れば、どれほど子供のことを大切に思っているか否が応でも思い知らされた。
「気が……早いって。うちの身体じゃ無事に、産めるかも分からんのに……」
「チリの不安も辛さもぼくじゃ全部は理解できないんだと思う。軽々しく大丈夫、なんて言えるわけない。でも今はただ、チリのお腹に赤ちゃんが来てくれたことをお祝いしたい。ダメかな?」
困ったようにくしゃりと微笑み、掌に重ねられたのは同じ指輪を嵌めた温もり。グルーシャの全身から伝わる慈しみの心に、溜め込んでいた不安が堰を切ったように溢れ出ていく。
「うちな、今めっちゃ嬉しい。グルーシャの赤ちゃん、やっと来てくれたんやもん。元気な赤ちゃん産めるよう……頑張るから。ずっと待たせてもうてごめ」
「チリ」
こちらの謝罪を遮ったのは凛として、でも愛しさを込められた己の名だった。俯いた顔を上げると首を横へ振り、唇の前で人差し指を立てたグルーシャ。
「チリが飲むお茶はぼくがこれで温める。一緒にお茶を飲みながら、この子と会える日を楽しみに待っていよう?」
いつの間にか頬を伝っていた涙はグルーシャによって一粒一粒掬われる。その安心する指遣いに自分の意思で涙を留めることなんて出来やしない。
──ずっと不安だった。
グルーシャだけじゃなく、自分にとってもどれほどこの時を待ち望んだことか。愛する人の子を産めないんじゃないかと不安に駆られる夜を何度も過ごした。その度にグルーシャは「チリが居れば幸せ」と言ってくれていたけれど、申し訳なさはずっと拭うことができずにいた。でも、ようやくうちらの間にやってきてくれた小さな命。何よりも大切で、ありったけの想いを二人で注ぐから。願うのはただ無事に産まれてきてほしい。
すっかり癖になった、まだ薄い腹を数回撫でるとようやく涙も落ち着く。彼の指が離れると厨房から店主と奥さんが揃ってテーブルまでやってきた。
「「お待たせ致しました。本日は誠におめでとうございます」」
「ご丁寧にありがとうございま……えっ!? なんやこれ!全員集合しとるやん!」
差し出された皿の中央には色の異なる数種類のバウムクーヘンとバニラアイスが添えられ、その周りを囲うのはマジパンで出来た手持ちポケモン達。思わずグルーシャと差し出してくれたご夫婦を交互に見やる。
「ぼくもチリを驚かせようと《家族》のサプライズプレートを頼んだけど、まさかお祝いが2つになるとは思ってもみなかった」
「ずっこいやっちゃなぁ。やっと引っ込んだのに、また泣かせるようなことせんといてや」
ドオー、チルタリス、ナマズン、ハルクジラ……。自分達の子供のように大切にしている手持ちポケモン達は、どの子もデフォルメされつつも特徴を残した精巧な作りで食い入るように眺めてしまう。ロトムの写真撮影も終わり、目尻をハンカチで押さえるとふと気づく。
「ほんまかわええ。食べるの勿体ないぐらいやけど、グルーシャの分は?」
「チリのために用意してもらったからぼくの分は……」
「なに水くさいこと言うとんの!二人のお祝いなんやから一緒に食べようや。すいませーん!お皿もう一枚くださーい!」
それぞれの手持ちポケモンのマジパンとバームクーヘンを皿へ分けていると、店主が庭へと続くガラス窓を開け花の香りが室内に漂ってくる。促されるままグルーシャと庭へ足を進めると、イッシュ風の庭が目の前に広がる。中央には噴水、その周りにはガーデンテーブルとベンチが設えられ、季節の花々と色とりどりの薔薇が咲き誇っていた。
「ここでしたら《ご家族》とお過ごしになれるかと。そちらのプレートはポケモン達も召し上がれる食材で出来ております。どうぞ皆様とごゆっくりお寛ぎくださいませ」
いつの間にか奥さんが料理と飲み物をガーデンテーブルへ運び、二人は微笑みながら店内へ戻っていった。店主の気遣いに感謝し、うちらの《家族》をそれぞれ呼び出す。
モンスターボールから勢いよく飛び出してきたポケモン達は見知らぬ景色にキョロキョロと視線を動かしていたが、自然溢れる空間にすぐに落ち着きを取り戻していく。
「うちらが結婚して三年経ったちゅうことは、グルーシャの子達と家族になって三年でもあるもんなぁ。このプレートみんなで食べよか」
「うん。家族全員でお祝いしよう」
ベンチに腰掛け、それぞれのポケモンにその子を模したマジパンを渡す。興味深そうに眺める子、臭いを嗅いで慎重に確かめる子、嬉しそうに丸飲みする子、小さく齧りながら食べる子……。食べ方ひとつとっても個性溢れる家族達。今、自分のお腹の中にいる子はどんな性格の子になるのだろうか。
「楽しみだね」
「そうやな」
自由に遊びだしたポケモン達を眺めながらぽつりと溢した言葉。何が、とは口に出さなかったけれどきっと同じことを考えているのだろう。
「うちらも食べよか。ほれ、グルーシャあーん」
バニラアイスを乗せたバームクーヘンを差し出すと、一瞬だけ驚いたグルーシャだったがすぐに口の中へ消えていった。お返しにピスタチオ味が差し出されパクリと齧りつくと、香り高くほのかな甘みに舌鼓を打つ。
「美味しいなぁ。幸せの味や」
こてん、とグルーシャの肩へ寄り掛かると頭を撫でられ、更に彼の元へと引き寄せられる。
「また来よう。今度は新しい家族も一緒に」
お腹へ触れるグルーシャの掌に自分のものもそっと重ねる。まだ胎動はないはずなのに、じんわりと温もりが伝わってきた気がした。まだ見ぬ我が子と三人で穏やかな時間を過ごしていると庭の奥からポケモン達の甘えた鳴き声が聞こえ出す。
「ありゃ。おっきな子供達が呼んどるで」
「うちには甘えん坊が多いからね。それじゃ行こうか、ママ」
「大黒柱はもっと大変になりそうやな。頼りにしてまっせ、パパ」
差し出された手を取り、家族が待っているアーチへと向かう。
そこにはご機嫌な我が子達と桃色に咲き誇った薔薇が二人を出迎えてくれた──。
満開のピンク薔薇の花言葉
『赤ちゃんの訪れ』
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