年下彼氏×年上彼女の恋ってナシですか!?



それでは○年度アカデミーの同窓会を始めまーす!!」

カンパーーイ!!と司会の威勢の良い掛け声と共に一斉に各々グラスを掲げ懐かしい顔触れと会話を弾ませる。その中で自分だけが場違いのように考え込みずっと彼女のことが頭から離れない。

「よっ、グルーシャ。久しぶり」
「スリーヴァ」

ワイングラスを片手に声を掛けてきたプロスキーヤーであるこいつは、数少ない気の置けない友人の一人だ。今日の同窓会もこいつに会いに来たと言っても過言ではない。

「オピアのカベルネだ。これならお前も飲むだろ?」

お互い身体を鍛えている身としてはノンアルコールが助かる。そういう気遣いをさらりとしてくれるから馬が合う。礼を言い、家で待つ彼女の瞳のような紅を流し込む。

「どうした?そんな端にいて。皆お前と話したがってるぞ」
「今のぼくじゃなくてスノーボーダーだった頃のグルーシャでしょ。あいにく今それどころじゃない」
「随分とご機嫌斜めだな。ここじゃなんだから中庭に行こう」
「ああ……」

部屋の喧騒とは打って変わり、澄んだ風が頬に当たり火照った身体を冷ましてくれる。吹き抜けの中央にあるベンチへと腰掛け、手にしていたマフラーと手袋を脇へと置く。

「ごめんスリーヴァ。せっかくの同窓会なのに皆をほったらかしにさせて」
「水くさいこと言うな。俺たちの仲だろ?それに二人居なくても会は回るさ。それよりどうした」
「チリさんが……彼女がいつもと違って……何か悩んでいるようなんだ」
「彼女……最近一緒に暮らし始めたってあの?」
「ああ。ずっと楽しそうにしていたのに昨日から上の空というか、無理してるというか」
「体調でも悪いのか?心当たりは」
「いや、特に病院へ行ったとかは聞いてないし、そんな素振りもなかった。でも今朝は目を腫らしていて。一晩中泣いていたのかもしれない」

玄関でのやり取りを思い出す。明らかに無理をして笑顔で見送っていた彼女。目の腫れも隠そうと思えば彼女の頭の良さだ、氷で冷やしたり眼鏡で隠したりと何かしら誤魔化せたはずなのに。それをする余裕すらないということではないか。

昨日の食事の時は何も違和感がなかった。どこからだ。何が彼女を暗く悩ませているんだ。

「なぁ、グルーシャ。それってお前に助けを求めてるんじゃないのか」
「……え?」
「俺が知ってるのはお前から聞いたチリさんだけだが、いつもはお前をあしらって心配かけまいとしていたんだろう?でもそれが出来ないくらい何かに追い詰められてる……のかもしれない。無意識のうちにグルーシャに助けてほしいって思ってるんじゃないのか?」

一際冷たい風が吹き抜けていく。身体の芯まで冷たさが沁みる。

「昨日何があった。ゆっくりでいい。一つずつ覚えていることを整理してみよう」
「……昨日は休みだったから、ポケモン達に朝ごはんをあげた後、ぼくたちはもう一眠りしたんだ。昼頃に起きて遅いブランチを二人でとって、それから……」

一つ一つ昨日の出来事を思い出していく。ここまでは何もなかった。いつも通りだった。

「そうだ、テレビ。ベイクタウンの特集を見た」
「どんな内容だった?」
「特に変なところは無かったと思う。洞窟の説明だったり、ご当地メニューの紹介だったり…………あ。そう言えばベイクタウンの特集の前に変なコーナーがやってた」
「変なコーナー?」
「確か……姉さん女房がアリかナシかみたいな……」
「それだ!」

急に的を得たように手を叩き立ち上がる親友。肩を掴まれ熱弁される。

「確か君とチリさんは3歳差だったな。もしチリさんがその事に悩んでいて、気にしていることをその番組で取り上げられたとしたら……」
「ちょっ、ちょっと待って。チリさん、年齢差なんて全然気にしてないんだよ。むしろ気にしてるのはぼくの方で」
「女性というのは男が思ってる以上に隠し事が上手だ。特に恋愛関係なら尚更」

──チリさん。そうなの?年上なことを気にしてる?ぼくばかりが貴女に相応しくない、もっと頼り甲斐があって貴女を守れるような人間にならないといけないって焦っていると思っていたのに。

「それ昨日のテレビの話?私知ってるよ、見てたから」

突然聞こえた、ねっとりとした棘の有る声のする方へと振り向く。そこには名前も覚えていないが、学生時代よくぼくの周りでファンクラブのようなことをしていた女がグラス片手にこちらを見ていた。だいぶ酔っているのか、会場と中庭とを繋ぐドアに身体を預け、顔が赤らんで見える。

「年上との恋愛って大変そうね。やめた方がお互いのためじゃない?」
「なんだと……!」

思わず掴みかかろうとするのをスリーヴァが引き止める。

「ふふっ。だってそうでしょ?女の3歳って男が思ってるよりずーっと大きいのよ。子供を産める機会も限られてくるし。何より老化が男より早く始まる。今まで可愛く見えていた彼女が急に老け込んでおばさんになるの。そうすると男は若い女に走るわよね。自然の摂理だわ。結果、姉さん女房の夫婦は離婚率が上がるってわけ」

耳に蓋をしたい内容だが、まずは昨日何があったのかを全て聞き終えるまでは耐えるしかない。

「姉さん女房、なんて響きはいいかもだけど実際は男のプライドずたずたよね。給料も彼女の方が高かったらだめ押し。人生経験は無駄にあるから上から目線で物事を言ってくるし、ジェネレーションギャップで会話が噛み合わないこともしばしば。体力もないからすぐにへばる。デメリットが多すぎるわ」
「…………それで全部か」
「え?」
「それで昨日の内容は全部かって聞いてるんだ」

自分でも出したことのない重低音で詰め寄る。握った拳は爪が食い込み血が滲んでいる。

「ひっ……!」

ペタンと腰を抜かしその場へと座り込む女。
つかつかと近づきドアへと追いやる。

「今言っていたことは全て男側の心次第でどうとでもなる。つまりぼくが彼女を愛していれば何の問題もない。違うか?」
「だ、だってそんなことあり得るわけ……」
「あるんだよ。あの人以外見えてないんだから。ご丁寧に教えてくれてありがとう。参考になったよ。それと……」

自分だけ立ち上がり、胸元へと忍ばせていた写真を投げ渡す。

「どこの誰が可愛くなくなるって?その人以上に綺麗で可愛い人をぼくは知らない」
「……!こ、この人って……!四天王のチ……」

女の手から写真を奪い取り出口へと向かう。

「さよなら」

温度のない音だけがその場に残った。




会場を飛び出すと寒風が容赦なく吹き荒び行く手を遮る。しかし不思議なことに、身体の寒さとは裏腹に頭だけは冴えている。愕然とした先ほどの内容にバラバラだったピースが一つずつ嵌まっていくような感覚になる。チルタリスを呼び出し急いで我が家へと向かう。

(何か胸騒ぎがする)

家へと近付くとその胸騒ぎは不安から確信へと変わる。いつもは煌々と点いている灯りが全くなく暗闇のまま。きっと眠っているだけか、近くへ出掛けているだけだと自分へ言い聞かせる。

──お帰り、グルーシャ

(そうやっていつものようにぼくを出迎えてくれ)

思いきり玄関の扉を開ける。

「チリ!!!」

叫んだ恋人の名は、がらんどうとした部屋で虚しく響き渡った。

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