年下彼氏×年上彼女の恋ってナシですか!?
『~♪姉さん女房ってアリ?ナシ?』
自分の悩みを見透かされたようなナレーションに身体が強張る。隣にはポケモンの手入れをしているグルーシャが。興味が有ると気取られぬよう、耳だけはテレビに集中し視線は手元の雑誌に向けたまま。
まだ二人の間で《結婚》の二文字が出たことは一度もない。なので正確に言うと今回の特集に当てはめては自意識過剰なのは分かっているが、あまりにも自分向けの内容に本当は画面を凝視したいほど気になっている。
『~♪年上妻のデメリットランキングーー!!』
畳み掛けるように気になるお題が流れてくるではないか。グルーシャがチャンネルを変えようとするが自然を装いやんわりと止める。うまく誤魔化せたようでグルーシャがコーヒーを淹れに席を立つ。
グルーシャの淹れてくれるコーヒーは美味しい。豆が一緒だからか、《なぎさ》の味に近いような気がする。自分が同じように淹れてもそうはならないのだから元々センスがあるのだろう。なんでもそつなくこなせる恋人だ。
グルーシャが居ないのを良いことに、ボリュームは絞ったままテレビへと視線を向ける。
『第5位!マウントをとってくるところ』
(あかん、早速当てはまっとる)
マウントと言うか、○○した方が良いとか自分はこうやって乗り切ったとかお節介のような物言いをしている自覚がある。ついつい母親のように接してしまうきらいがあるのだ。
『第4位!給料・階級が妻の方が上』
(まんまやんか!耳が痛いわ)
給料の話をしたことはないが、リーグの職員ピラミッドで考えたら上から二番目に位置する四天王である自分の方が給料・立場も彼より上なはずだ。
『第3位!ジェネレーションギャップがある』
(あるある!ちょいちょい噛み合わんのよね)
幼い頃の話で遊んだおもちゃや見ていたテレビ番組の相違で話が噛み合わない時がある。流行りものもグルーシャの方が耳が早い。知らないことをグルーシャから教えてもらうのは自分は楽しいのだが、相手からすればそんなことも知らないのかと呆れられているのかもしれない。
『第2位!体力がない』
(こ、これは……!アレも、入るやろか)
男女差はあるものの体力の違いは明白だ。チリも鍛えてはいるが日常生活のちょっとした時や、
『いよいよ第1位!
いつの間に老けておばちゃんになってる』
(…………やっぱり。これやろうと思っとったわ)
チリも薄々予測していたが、まさかドンピシャだったとは。自分が美人系なのは自他共に認めるとしてもお世辞にも可愛い女の子、とは言い難い。一方グルーシャは一見すると可愛らしい中性的な見た目だが、ポケモンバトルやスノーボードをしているときは凛々しくどこから見ても眉目秀麗な男性だ。加えて手に職をもち将来の有望株筆頭だろう。世の女性達が放っておくわけがないのだ。
今はまだ他人に心を閉ざしがちではあるが、少しずつ心の氷を溶かして関わろうとしている。これからの人生で色々な人と出会い、そして新しい恋に落ちるのかもしれない。その時が来たら潔く身を引くつもりだ。真面目なグルーシャのことだから、不倫になる前に振ってくれると信じたいが。
むしろ不倫ではなく自然とあるべき形に落ち着いた、チリからの卒業なのだと思えばいい。3年の差があるということは、彼はあと3年成長できるということではないか。人生経験を積み人脈も経済力も増え、チリの傍にいることが窮屈に思えるかもしれない。その時に自分はグルーシャに相応しい麗しさを保っていられるだろうか。
今の楽しい生活はいつか終わりが来る。
始めからそう覚悟をずっとしていたじゃないか。
キッチンを見るとコーヒー豆をミルで挽いては粒の大きさが均等か細かくチェックするグルーシャの姿が。チリに美味しい一杯を飲んでもらおうと温度を都度測ったり、あらかじめコーヒーカップを温めておいたり、丁寧に作業する姿を見て涙腺が緩む。
──いつかその手間暇を
──その優しい目で見つめ、その力強い腕で
いつもだったら不安になっても自分のこれまでの自信とグルーシャからの愛情で押し込めていたが 。
《お前にグルーシャは不釣り合いだ》
と客観的に言い渡されたようで、ギリギリで耐えていたコップの水がゆっくりと溢れ出るのが見えた。溢れた水は流れ続けるだけで決して元には戻らない。
二人分のコーヒーをトレーに乗せたグルーシャが戻って来る。
『次のコーナーはベイクタウンのおすすめ旅~♪』
「あ、やっと始まるよチリさん」
「……うん。…………見よか」
画面からの情報がすり抜け何も頭に入らない。もうこうやって隣に居ることすら居た堪れなくなっている。掌の中にあるコーヒーは黒く淀み自分の虚ろな顔を映し出している。恐る恐る口をつけたが何も味がしなかった。
◇◇◇
「チリさん大丈夫?さっきから様子がおかしい」
「何が?全然いつもの元気100倍チリちゃんやん」
力こぶを見せ元気っぷりをアピールするが。
「熱……は無さそうだね。食欲は?何か食べれそう?」
おでこを合わせ熱を測られる。病気でもないのだから心配しなくてもいいのに。ほんまに優しいやっちゃな。
「大丈夫やって。ちぃっとダルいだけやから。悪いけど先に休ませてもらうなぁ」
「じゃあぼくも一緒に」
「ええってええって。子供やないんやから。それより明日予定あんのやろ?今のうちに準備しときや」
まただ。せっかく優しさから気遣ってもらっているのに、こんな言い方でしか返せない自分に嫌気が差す。
「今日は自分の部屋で寝るから、気にせんといて。ほなおやすみ~」
元々互いの部屋にベッドはある。喧嘩をした時や、仕事で時間が合わない時に相手を起こさないよう置いてある。専ら自分がグルーシャのベッドに潜り込んでいたのであまり出番は無かったが。
グルーシャに背を向けたまま自室のドアの前で立ち止まる。今、言わないときっと後悔する。
「なぁ、グルーシャ……」
「なに?」
「心配してくれてありがとう。ほんま……ずっとありがとうな……」
唇が震えうまく発音できたか分からないが、なんとか言い終えドアを閉める。そのままドアへと寄り掛かりずるずると滑り落ちていく。
(うそ……泣いとんの?このチリちゃんが?…………いつ以来やろか)
今ならまだ間に合う。今でさえこんなに辛いのだ。もっと彼を好きになってしまったら耐えられなくなってしまう。
今ならまだ──。
◇◇◇
翌朝、玄関で押し問答する二人をアルクジラとドオーが心配そうに見上げている。
「ほんとに大丈夫?やっぱり心配だから家に居るよ」
「なにバカなこと言うてんの!せっかくの同窓会やんか。友達大事にせんと
「でもチリさん目が真っ赤だしクマもある。なんでもないわけないでしょ」
「せやから!これは昨日、フランダースのムーランド見てぼろっぼろに泣いてもうた言うとるやんか。あの忠犬のムーランドが飼い主のメロと天国へ旅立つ名シーン!何度見ても涙無しには見れんで。あんたあのシーン見て泣かんでいられるか?それでも人間かいな?ポケモントレーナーかいな?」
身振り手振りを踏まえてすらすらと嘘を並べる。
(うち四天王やめて女優でもいけるかもしれんな)
「いや、それは名シーンだけど……」
「はいはい、心配いらんからさっさと行く行く。友達待たせてんのやろ。呼んでくれるうちが花やで。ほれ、楽しんできぃや」
ぐいぐいと背中を押し、玄関ドアへと追いやると諦めたようなため息が聞こえる。
「……分かったよ、行ってくる。ただ二次会は出ないで一次会終わったら帰ってくるから」
「心配性やなぁ。大丈夫やから羽伸ばしてくればええのに」
「ぼくが羽を伸ばせるのはここだけだよ。チリさんの隣。じゃ、行ってきます」
「……行ってらっしゃい」
(最後の最後に殺し文句かいな。ほんま狡い男や)
目尻を拭い自室へと急いで戻る。
(一次会が終わるまでに終わらせんと……!)