年下彼氏×年上彼女の恋ってナシですか!?
「ごちそうさまでした」
「よろしゅうおあがり」
数少ないチリさんとの休みが重なった土曜日。
二人で遅めのブランチをとり、ダイニングテーブルからソファへと移動しテレビをオンにする。このワイドショーはグルメにファッション、旅行、ゴシップなど短い時間でコーナーが変わっていく。ながら作業には持ってこいの番組だ。 そろそろお目当てのトラベルコーナーだろうか。今日は洞窟で有名なベイクタウン特集。お互い土地勘があるため気になっていた。チリさんは長い足を組んで雑誌を読み、ぼくはチルタリスのブラッシングをしてそのコーナーを待つ。
『~♪姉さん女房ってアリ?ナシ?』
軽快なBGMと共にラッパが鳴り、スタジオの場を盛り上げようと拍手が起こる。どうやら下世話な男女関係のコーナーが先に流れるようだ。チリさんの肩がピクッと動いたような気もするが、目線は先ほどと変わらぬまま雑誌へと向いていた。
チリさんとは三ヶ月前から同棲を始めた。それまでは互いの家へと通い逢瀬を重ねていたが、距離と時間が掛かり肝心の二人で過ごす時間を圧迫していた。それならばいっそのこと二人の職場の中間地点に部屋を借りて一緒に住まないかと提案した。こちらは人生で一番緊張したと言うのに、言われた彼女は「それええやん!楽しそうやし賛成~!」と驚くほど軽いOKをもらい拍子抜けしたのがついこの間のように思える。
部屋は2LDKで互いのプライベートな時間も確保できる。チリさんは2DKでもいいんじゃないかと言っていたが、一緒に過ごせる場所を譲るつもりは毛頭なく、条件の一致する物件を見つけるのに苦労はしたものの、最終的にはいい所を見付けられたと思っている。せっかく一緒に住むのに二人で過ごせないのでは本末転倒だ。家賃は若干値を張ったが、二人ともそこそこの高給取りだ。大した問題ではない。それよりも二人の時間の方が最優先事項だ。それに避妊はしているが、万が一子供ができても部屋が多いに越したことはない。まぁ、そこまで考えているのは自分だけだろうが。
同棲を始めた甲斐もあり二人の距離は縮んだ気がする。協力して家事を分担し、会話の時間やレパートリーも増え、お互いの新たな一面を知るきっかけになった。疲れて家へ帰ればお帰りと言ってくれる人がいる。ますます彼女に対する愛おしさが増していった。一言で言えば幸せを噛みしめているのだ。
同じ空間に当たり前のように居られる幸せを感謝していると、割り込むかのように再びラッパ音が邪魔をする。
『~♪年上妻のデメリットランキングーー!!』
なんてものをランキングしているんだ。せめてメリットをランキング化しろ。不愉快になりチャンネルを変えようとリモコンを手にすると腕を掴まれストップが掛かる。
「ちょい待ち。この後のベイクタウン特集見たいんや。このままにしといて」
確かにいつからその特集が始まるか分からない以上つけっぱなしにしておく他ないが。この下品極まりない内容を聞き続けることに耐えられそうにない。
「それはぼくもそうだけど。でも……」
「うちはこれ読んどるから全然気にならんで。せやったらボリュームちっさくして流しとこか」
「じゃあぼくはコーヒー淹れてくるよ」
「ほんま!? おおきに!ちょうどグルーシャのコーヒー飲みたい思ってたとこやねん」
にぱっと快活な笑顔を向け感謝される。この笑顔が見たくてコーヒーの淹れ方を《なぎさ》のマスターに教えてもらったのは秘密だ。
キッチンへと向かい、お気に入りのコーヒー豆を挽き始める。チリさんが息抜きのためによく休憩時間に立ち寄ると紹介された《喫茶店なぎさ》。かなりの常連のようで「マスターのコーヒーはパルデア
「チリちゃんの隠れ家やから内緒やで。グルーシャは特別な」
人差し指を唇の前に当て、チリさんの秘密を分けてもらえたみたいですごく嬉しかった。自分でもまた飲みたいと思ったし、休日にチリさんに振る舞えたら一息つけるかもしれないと、後日淹れ方をマスターにこっそり教えてもらった。
まだまだマスターには及ばないが、だいぶ納得のいく味に近づきマスターからも合格を貰えた。口数の少ないマスターが「愛ですねぇ……」と言うものだからマフラーをいつもより上げてしまった。嗜好が変わるほど影響を受けていることを感じ、その変化に自分でも驚きと嬉しさが入り交じる。
芳ばしい香りが部屋に広がり気分も些か落ち着いてきた。イライラした時には丁寧な仕事をするに限る。さて仕上げに温めていたコーヒーカップへ、サーバーから蒸らし終えたコーヒーをゆっくりと注ぎ入れ完成だ。チリさんは日によってミルクと砂糖を入れる量が異なるため余分にリビングへと持っていく。
──そう、コーヒーに集中していたから気づかなかったのだ。チリさんの様子の異変に。
なぜあの時無理矢理にでもチャンネルを変えなかったのか
なぜあの時コーヒーを淹れに席を外してしまったのか
どうしてあの時チリさんの傍にいてあげられなかったのか──
今はまだ知る由もなかった。
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