お題 彩度
午前の仕事を終え、だて眼鏡を外すと同時に面接室へ入ってきた小さな仲間。
「チリちゃん、お疲れ様なのです!お昼ご飯一緒に食べましょう!」
「あちゃー。ポピーちゃん、すまんなぁ。今からチリちゃんはナッペ山にお出掛けやねん。ほれ、あのキレーなお兄さんがいるとこ」
「ああ!グルーシャさんのところですね!」
ポピーが四天王に就任して各ジムへ挨拶周りをした際に発した言葉によって、ただでさえ極寒の地が凍りついたのはついこの間のことだ。
──このお方……とっても綺麗でお人形さんみたいです。
ポピーの手前、腹を抱えて雪の上で笑い転げりたがったのを、四天王の象徴である黒グローブを目一杯握り噴き出すのを必死に我慢したのだが。言われた張本人は『ぜったいれいど』を食らったポケモンのように固まるわ、ハッサクさんは慌ててグルーシャのマフラーを外し男アピールをするわ、アオキさんは既にその場を去り温かいジムの中へと逃げていた。ようやく口を開いたグルーシャは通常より5割増の低さで挨拶をする。
「《ぼくが》ナッペ山ジムリーダー・グルーシャです。よろしく、ポピーさん」
ギギギと口をひきつらせながらもなんとか自己紹介をしていたが、ポピーは目の前に差し出されたミトンと顔をまじまじと見つめ「お人形さんじゃなかったのです……」と夢見心地のように見とれていた。
とまぁ、そんな出会いも相まってポピーによるグルーシャへの評価はなぜか高い。「ポピーも行きたいです!」と珍しく駄々をこねていたが、もうあちらは真冬の天候でいくらバトルが強いと言っても生身の子供を連れて登るのは危険だ。
「あっちの天気は吹雪いてるみたいやし、ポピーちゃんは今日、ママとクリスマスツリーの準備するんやなかったか?」
「あっ!そうでしたの!今日は行けなかったのです……」
しゅんとしてしまったポピーを抱え頭を撫でてやる。
「春になったらまた一緒に行こうな。それまであのお兄さん……も待っててくれるやろ」
思い出し笑いをしそうになるのをこらえてポピーを励ます。
「はいですの!また連れていってくださいね」
ぎゅっと首へ抱きつく幼子の可愛らしさに心洗われる。もう少しこうしていたかったが、空飛ぶタクシーが到着する時刻になっていた。
「んじゃ、そろそろチリちゃん行ってくるな。また明日な、ポピーちゃん」
「はい!お気をつけて!……あれ?チリちゃん、眼鏡持っていくんですか?」
「ああ、これ?」
いつもはデスクの引き出しに片付ける眼鏡を、ビジネスバッグに入れたのを不思議に思ったのだろう。
「最近、どうもナッペ山行くと目ぇがチカチカして眩しいんでな。持ってってみようと思て」
「あらら、目が痛いんですか?」
「そんなことないで。いつもは平気やけど、ただあそこ行った時だけやけに景色が輝いて見えるから念のためな」
「雪がキラキラして綺麗ですものね」
そう。ポピーの言うように日光が雪に反射して目が眩んでいるのだろう。そんな会話を交わし、急ぎナッペ山に向かったのだった。
◇◇◇
ジムのエントランスをくぐるとわざわざ出迎えてくれているのはここの主。
「この間はどうも。あれ、今日はあの子いないんだ」
キョロキョロとこちらの後ろを覗いているが、嫌みったらしく《この間》を強調して言いよった。
「ポピーは今日はおらんで。残念やったなぁ、あんたのことを下心無しで褒めてくれるかわいこちゃんじゃなくて」
「は?なに馬鹿なこと言ってんの。そんなことより、あの子の誤解解いてくれたんだろうね」
「ああ、お人形さんのこと?大丈夫、今じゃグルーシャのことはお兄さんってちゃんと理解しとるで」
「……ならいいけど。ちゃんと教育しといてよね」
「へーへー、すんませんなぁ」
「ほんとに分かってるんだか……」とこちらへ聞こえるようにため息をついたグルーシャの横顔を見ると突然視界が煌めきだした。バッグから眼鏡を取り出し掛けてみるが、ブルーライトカットの加工がされているはずなのに一向に眩しさは変わらない。
「うう~ん、おかしいなぁ。外でもないのに、なんでこんなチカチカすんのやろ。なぁ、グルーシャ。電球でも替えた?」
「いや、電球なんてここ最近は替えてないけど……。あんた目、悪いの?」
「うんにゃ、全然。自慢やないけど視力は両目共に1.5あるんでな。砂漠におるポケモンもこの目にかかれば見つけ放題やで」
「流石、野性的ですね」
「やかましっ!」
「それで眩しいってことは、眼鏡に傷でもついてるんじゃないの?」
ずいとグルーシャが近づいたかと思うと、眼鏡を取られ目の前には遮るもののない整った顔がドアップに迫っていた。
ーーチカチカ
先ほどにも増して、一層グルーシャの顔が輝いて見える。バックに星と花でも背負ってるんじゃないかと思えるほどに。
「自分……ほんまにお人形さんみたいやな」
「ちょっと……。あんたがそんなこと言うなんて、ほんとに熱でもあるんじゃない」
ミトンを取った掌で額の熱を測られる。この近距離だ。自然と視線が交わり、瞳の中にお互いの顔を映している。
「あれ、ぼくもチカチカしてる。特にあんたの顔周り、眩しいというか、色がハッキリ浮かび上がってるというか……」
「そうそれ!なんやグルーシャも?うちら揃って目が悪くなってしもたんやろか」
「むむむ。そんなこと有るわけないと思うけど。でもほぼ同時ってなんか引っ掛かるのは確かだね」
何故か遠くでこちらを覗いていた職員のざわめきが、ひときわ大きくなっていた──。
◇◇◇
昨日の視察結果をレポートと共にトップへ報告しているが、何故か綺麗な顔の中央にある眉間の皺がどんどん深くなっていくのは気のせいではないだろう。
「それで?二人して昨日は眼科へ行ったと」
「いやですわぁ、オモダカさん。ちゃんと仕事終わってからに決まってますやん。まぁ、その後無礼講言うてご飯は一緒に食べましたけど」
「……あなたたちと言うものは……」
眼科医はうちらの話を聞くや否や「この症状はうちの管轄ではありません。どうぞお幸せに」と貼り付けた笑顔で診察室から追い出され、その後やけ酒と称してグルーシャと二人で食事を楽しんだがその間も終始彼の周りにあるキラキラは消えそうになかった。痛みや害は無いものの、流石に気になってトップに相談しているのになんで怒られないといけないのか。
「質問しましょう。そのキラキラと言うものは私には見えますか?」
「いんや、全然」
「他の四天王のメンバーでは?」
「無いですなぁ」
「誰でもいいです。今まで男性と会った時にそのチカチカとやらが見えたことは?」
「せやからこんなんグルーシャが初めてですってば!もうなんですか!トップらしくないで!回りくどいことせんとハッキリ言ったってください!」
怒鳴るように迫ると、彼女の癖でもある額に添えた人差し指がこちらへビシっと向けられる。
「チリ。あなたは恋をしているのです。そして恐らくはグルーシャもまた同じ」
「はぁ?冗談キツいで。オモダカさんらしくもない。このチリちゃんが誰のこと好きやっちゅーねん」
突如湧いた好いた惚れた疑惑。こちとらなんの自覚もないのになんでそんなプライベートなことを上司に指摘されなあかんのや。
「そこから先は自分で考えなさい。……私は頭が痛いです。まさかチリがそこまで鈍い子だっただなんて」
「なっ!誰が鈍いって!ええやろ、チカチカの原因とやら、雁首揃えてここまで連れてきたるわ!」
机に掌を叩きつけ、勢い勇んで部屋を出たが。まさか一週間後にのこのこと舞い戻るとは思ってもみなかった。隣には同じ症状で困っていた、お人形さんと称された男がうちの世界に彩りを添えてくれていたのだった──。
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