膝枕



休日の昼下がり。秋の爽やかな風がリビングのカーテンを揺らすと、真上にあるアクアマリンの髪も靡いた。はらりと落ちた髪は読書の邪魔になるだろうと耳へと掛けてやると、文庫本から目線を外した瞳と視線がぶつかった。

「これ誘われてる?」
「んなアホな。ただ邪魔そうやと思って掛けただけやん。飛躍しすぎやろ」
「あっそ」

不機嫌そうに言うと、再び文庫本へと視線を戻してしまった。誘ったつもりは毛頭ないが、いざグルーシャの興味が自分にないと分かるとなんとなく面白くはない。ごろんと彼の膝の上で横向きに体勢を変えると、間髪入れず肩を掴まれ元の場所に戻される。

「なに?チリちゃん、テレビ見たいんやけど」
「顔はこっち向いてて」
「なんで。あんた本読んでるんやから、うちがどこ見てようが関係ないやろ」
「ぼくの視界に入っててほしいの。せっかくの休みなんだからチリの顔も見ていたい」

照れもせずに真顔で言ってくるものだから、呆気に取られてしまう。

「なんつー王様論理やねん。グルーシャって、たまーに俺様なとこ出してくるわな」
「そういうとこも好きなんでしょ?」
「はいはい、勝手に言っとき。チリちゃん寝るから好きにしててや」


適当にあしらったものの、内心図星なのは秘密だ。いつもは優しい彼がたまに見せる──主に夜のベッドの上だが──意地悪で俺様なところも、彼の一部だし好きなところに変わりないのは恋人なら当たり前のことだろう。

はぁ、と一つ小さなため息が上から漏れ聞こえる。

「寝るなら膝枕から下りたらいいのに。何が楽しくて男の太ももで寝るかな」
「せやかてグルーシャがしょっちゅうチリちゃんに せがむから、どんなもんかうちも知りたい思て」
「ふーん。で?どうだった、ぼくの膝枕は?」

本をソファへと置くと、いたずらっ子のように口角を上げながら頭を撫でられる。その擽ったい感触に子供のように目を瞑って身を委ねてしまう。

「う~ん、かったいなぁ。寝心地良いとはお世辞には言えんけど、なんか落ち着くし毎日お願いしたなるのも分かる気がするわ」
「固くて寝心地悪いって言ってるくせに物好きだね」
「ええのー。家ではチリちゃんかて甘えたいんですー」
「うん。家ではいくらでも甘えていいよ。でもぼくにしかその姿は見せないで」
「……そういうこっぱずかしいことは言わんでええって。ほんまキザなやっちゃな」

目を開けると愛おしそうに目を細めて髪の先へと口づけしているグルーシャがいた。仕事の時の自分と百八十度違うのは自覚しているがそんな己を引き出させてくれるグルーシャもまた、仕事の時のクールさは身を潜め自分しか知らない恋人の姿を見せてくれている。

そんな彼を一人占めしている喜びもあるが、甘えっぱなしなのも彼にしてやられたまんまなのも許せない自分の性分がむくむくと顔を出す。

「……なぁ、グルーシャ」
「うん?」
「好きやで」
「なに今更。そんなこと知ってるし」
「のわりには心臓速なっとるけど」
「~っ、うるさい……っ!」

自分の鼓動とは明らかに異なる速さが、触れ合う身体から伝わってにんまりする。グルーシャは仄かに赤らんだ顔を本で隠そうとするがその手を取って、本をするりと奪い取る。その本で口元を隠すのは自分の方だった。

「んで、グルーシャは?」
「……言わなくたって分かってるだろ」
「分かってても言葉で聞きたい時もあんねん。ほれ、聞かしてみ」

本をずらされ、視線が絡むと目の前にある唇がゆっくりと動いた。

「────」

鼓膜を震わせた愛の言葉に、返そうとした想いは声にならないままグルーシャの口内へと飲み込まれていったーー。



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