ソーダ味のアイスキャンディ

──変な夢を見た。

むくりとベッドから起き上がり、カーテンを開けると朝にも関わらず初夏の日差しが部屋の中へと容赦なく入り込んでくる。夢のくせになぜかハッキリと思い出せるのは、登場人物が予想外だったからか。それとも昨日の第一印象が強烈過ぎて頭にこびりついているからなのか。

夢の中の人物は昨日初めて会った四天王のチリと名乗っていた上司だった。長い緑髪を靡かせ、特徴的な言葉遣いと掴み所のない態度に正直胡散臭さを覚えた。しかしひとたびポケモンバトルが始まると、パルデア四天王の象徴である黒手袋をはめ直し、タイプ的に不利であるはずのこちらへと挑んでくる紅瞳は熱く昂っていた。じめんタイプの彼女に圧勝できると思っていたのに、バトルを終えてみればこちらが倒せたのは僅か二匹だけ。タイプ不利をそれほどまでに凌駕する戦術とレベルの高さ。そして何より統率されたポケモンとの信頼関係の強さが伝わってきてしまったのだ。

「なんかモヤモヤする……。ぼくたちだって同じなのに」

ポケモンとの信頼関係なら負けていないはずだ。なのに何故こちらは負けてしまったのか。昨夜、そんなことを考えながら眠りについたからあんな夢を見てしまったんだ。


テーブルシティのメインストリートから一本入った裏通りを、アイス片手に飄々と闊歩している彼女。アイスを持っていない方の手は、ズボンのポケットに手を突っ込んでいるのが、なんとも男勝りなあの人らしいと夢の中で妙に納得してしまった。

ソーダ味だろうか。水色の氷菓に豪快にかぶりついたかと思うと、彼女の赤い小さな舌が暑さで溶けてきた氷を舐めとる仕草に目が離せなかった。昨日会ったばかりで彼女のオフな姿は勿論見たこともないし、知る由もないのに。自分の中に彼女の存在が入り込んで来たことを否が応でも認めざるをえなかった。



◇◇◇



初対面から季節は次の秋へと移り変わろうとしているが、今年はまだまだ残暑が厳しい。いつの間にか年の近いぼくらは意気投合し、二人きりで食事へ行く友人の関係になっていた。と言っても、こちらはただの友人だけではない想いも自覚してしまい、その先の関係に進みたいと思っているのだが。

今週末の食事会はチリさん行きつけの店に案内してくれるようで、ナッペ山を下りリーグ近くで彼女を待つ。

「おおーい、グルーシャ君!元気にしとったぁ?」
「お疲れ様です、チリさ……」

お辞儀をして顔を上げた彼女はズボンのポケットに手を突っ込み、アイス片手に飄々とこちらへと歩いてくる。水色のアイスは彼女の小さな口へと運ばれ、その味を満足げに目尻を下げて堪能している。それは初対面の夜に夢見た姿そのままだった。

「すまんなぁ、お行儀悪くて。どうにも暑うて我慢出来へんで途中でアイス買うてもうたわ」

ぽかんと固まったままチリさんから目を離せずにいると、こちらの様子を不思議に思ったのかずいと顔を近づけてくる。

「おーい、グルーシャ君。なに固まっとんの?あ、もしかして熱中症かいな?こっちはナッペ山とちごてあっついもんなぁ。食べかけで悪いけどこれで身体冷やしとき」

問答無用で口へと突っ込まれるアイス。予想通りのソーダ味の爽やかな酸味と、どこか甘ったるい味に一気に顔が火照った。

「ちょっと!これはチリさんのアイスでしょ!?」
「せやかて、そない顔真っ赤にしとったら心配なるで?ほれ顔見てみぃ」

彼女が親指で差すがまま、建物の窓ガラスを見るとこれでもかと顔を真っ赤にした自分が映っていた。

「~~~っっ!……サム過ぎるだろ」
「えっ!この暑さで自分、寒いん!?こらあかんわ!空飛ぶタクシー呼んだるから今日はご飯やめて……」

慌ててロトムを手にしたチリさんの手首を止めて、そのまま引っ張って歩き出す。

「行くよ!チリさんとご飯行くの、楽しみにしてたんだから!……この天然無自覚タラシ!」

突っ込まれたアイスをガリガリと食べ尽くしていくと、木の棒だけが口に残った。

「楽しみにしとってくれたんはええけど、最後のはなんなん。誰がタラシこんどるって」

ぴたりと足を止めひくひくと眉をつり上げ、それはお怒りのご様子だがこちらだって男として見られたいのに間接キスを突然ぶちかまされ、なんとも思われていないことが分かって焦っているんだ。つい感情的になって彼女に詰め寄ってしまう。

「食べかけのアイスを人の口に突っ込む人は、タラシって呼ばれてもしょうがないんじゃないですか?それで誤解されて困るのは自分なんだから、少しは気を付けなよ」
「あんなぁ、言わせておけば好き勝手言いよって。誰にでもするわけないやろ!自分が顔真っ赤にしとるから心配しとったのに、そない怒らんでもええやんか!」
「誰にでもしないって……。じゃあ、今後誰にもしないで。こんなこと他の男にしたら許さないから」
「おーおー、随分と男らしいセリフやんか。せやったらなんかうちに言うことあるやろ。なんならチリちゃんから言うたろか」

まだ友達以上の関係にもなっていないのに重たい独占欲をぶつけたぼくから目を反らさず、こちらの口に残ったままのアイスの棒をゆっくりと引き抜かれる。視線を絡ませ、先ほどまでアイスを食んでいたその唇に指を添える。

「間接なんかじゃなくここに触れたい。チリさんをぼくのものにしたい」
「……なかなかにぶっ飛んだ展開やな。でも……悪ないで。グルーシャ君もチリちゃんのもんになってくれるんやったら、あんたのもんになったるわ」
「いいよ。ただ、一度ぼくのものになったら二度と離せないから覚悟しといて」
「それは愉しみやな」

二人の影が重なるとアイスの棒がチリさんの手からすべり落ちていった──。



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