出会いと軌跡
テレビ、新聞、ネット。あらゆるメディアが今年の冬の異常を連日報道している。なんでも何十年に一度の大寒波がパルデア全土を包んでいるらしい。大寒波の中心から遠く離れたリーグでさえこの厳しさだ。一番北に位置するナッペ山では想像を絶する寒さであろう。
結露で曇った窓ガラス越しに降り続く雪を眺める。物理的にも、心の距離も未だ遠い人物に思いを馳せていると無機質な呼び出しで現実へと引き戻される。
「業務連絡、業務連絡。至急、四天王各位は取締役室へお集まりください」
(珍し。トップからの四天王全員の呼び出しやなんて。なんやトラブルか?)
足早にオモダカの部屋へ向かうと、ちょうど他の三人も集まってきたところだった。全員揃ったところで豪奢な扉をノックする。
「皆さん、突然お呼び立てしまい申し訳ありません」
恭しく挨拶をするトップの前には、大量の書類が珍しく散在している。
「ご存じの通り、今パルデアでは大寒波による被害が深刻です。ハッコウシティの停電、ロースト砂漠での積雪、オージャの湖の全面凍結など挙げ出したらキリがありません。各ジムリーダーからもリーグへ救助要請が来ています。なのであなた方にはポケモンと共に各地へ飛んでいただき、復旧支援の任務にあたっていただきます」
年長者二人はおおよそ予想がついていたのか、力強く首を縦にし了解の意をトップに伝えている。ポピーは年齢のこともあり、自宅から程近いテーブルシティでの復旧作業に割り当てられた。
「次はチリですが……地盤沈下や崖崩れが顕著に見られる場所での土壌整備をお願いします」
「まんまうちの出番やないですか!チリちゃんのポケモン達の腕が鳴るで!んで場所はピケタウン?それともベイクタウンやろか?」
逆らうことの許されない微笑みを浮かべながら言い渡されるその場所は……
「チリにはナッペ山に向かってもらいます」
「うげ。…………あのぉ、トップ。あんま言いたないけど、チリちゃん じめんタイプが専門なんや。氷とは相性悪いんやけどなぁ」
なんとか食い下がろうと意見を物申すが、目の前の上司は人差し指を額に当て淡々と状況説明を始めていく。
「フリッジタウンは消雪パイプによる地盤の緩みが深刻です。市街地はこちらの職員でも対応できますが、ナッペ山頂近くは雪崩の危険性もあり、地面のエキスパートかつ繊細なポケモン指示が必要になってきます。勿論あなた一人でとは言いません。サポートにはあの山を知り尽くしているグルーシャをつけましょう。どうです、チリにこの任務は役不足でしょうか?」
ここまで言われてNOなんて言えるはずもなく「……イエッサー」とキレの悪い敬礼と共に、肯定を伝えることしかできなかった。
◇◇◇
「めちゃめちゃさぶいやんけ!」
猛吹雪が吹き荒ぶ北エリア。気合を入れて踏ん張っていないと身体が浮いてしまうのではないかと思うほどだ。完全防寒の装いでフリッジタウンに到着すると同伴していたリーグ職員とはここで分かれ、用意されていたスノーモービルで聳え立つ峰へと駆け登っていく。何度か空を舞いそうになる起伏のある山道を越えると、見えてきた灯りに心底安堵する。
「なんとか生きてこの地へ戻ってこれたわ……」
誇張なしに命あることへの感謝を大地に感謝していると、これまた自分と同じように完全防寒した人物が出迎えてくれた。
「またあんたなの……たまにはリーグも違う人寄越せばいいのに……」
「ああ?風が強うて全然聞こえんわ!もっかい言って!」
「なんでもない!打ち合わせするからさっさとジムに入るよ!」
グルーシャにしては珍しく声を張っているのだろうが、目の前のブリザードによって叫んでいる言葉はかき消されていく。それに痺れを切らしたのか、普段より何倍も太くなったこちらの腕を取ってジムの入口へとずんずん引っ張っていく。
「おおきにー。グルーシャ君に運んでもらえるとは楽チンやなぁ」
「こんなとこにいつまでも居られないし。いいから自分でも歩いて」
この吹雪の中、力強く引っ張られるとやはり男の子なのだと実感する。ジムの入口でお互い着ているコートを脱ぎ、身体に積もった雪をばっさばさと
(んんん?男の身体なんか見慣れとるはずやのになんで?風呂場でかち合うた時もこんなんやなかったのに)
急に早くなった鼓動に困惑しつつも、そろりともう一度グルーシャを見ると氷の刃のような言葉が突き刺さる。
「さっきから何。言いたいことあるならさっさと言いなよ」
「あんなぁ、君はもうちっと人に対する言葉遣いを学んだ方がええで。何も敬語話せとは言わん。せやけど、これから大仕事を一緒にする言うのにそないツンケンされたら協力もできんやないか。今だけでも仲良うやろうや」
「…………仲良くしたって離れていくくせに」
口元を覆っているマフラーのせいで彼が何を言ったのか聞き取れなかった。もう一度聞こうとすると、するりとマフラーを外して深々と頭を下げられる。
「分かりました。こちらがリーグへと救助要請したんですから貴女の言う通りにします。このままだとナッペ山が危ない。どうか力を貸してください」
思いもよらない彼の態度と言葉に驚きで目を丸くしてしまう。
「ちゃうちゃう。そない畏まらんでもええって。ほれ、友達と話す時みたいにフランクにいこうや」
「友達……パッと浮かびません」
「えっ」
(聞いちゃならんこと聞いてもうたかも)
「ほんならアカデミーのクラスメートと話す感じで……」
「学校ほとんど行ってないんで分かりません。遠征と試合ばっかりだったのでろくに通えなかったし」
「そ、そうかぁ……」
(なんちゅーこっちゃ!言葉遣いがどーのこーののレベルやのうて、そもそもの人生経験が足りな過ぎるやろ!)
一体どうしたらグルーシャにフレンドリーな関係性を説明できるのか。頭を抱えそうになると、ふと彼とそのポケモン達の穏やかな光景が脳裏をよぎる。
「せや!ポケモンに接するみたいに話してみてや!」
「ポケモン?それは無理」
即答で否定の意が返ってくると、いよいよお手上げ状態だ。
(そないはっきり言わんでも。どうせうちはあんたの可愛いポケモン達には似ても似つかんわ)
「だってあんたはポケモンじゃなくて女の人だから。距離感考えないと迷惑になる」
まさかの人間、しかも女扱いときたものだ。予想外の言葉に意表を突かれる。
「お、女やなんて、こんな見た目でなに言うとんの。グルーシャ君の方がチリちゃんよりよっぽどかいらしいやんか」
「……だからあんたはもう少し自覚した方がいいって。それと後半、聞き捨てならないんだけど」
「うんうん。せやな。どんな話し方でもええかー。事は一刻を争うもんな。とっとと打ち合わせしよしよ!」
漏れ出た本音を誤魔化すように彼を置いてすたすた歩き始めると手を取られる。さっきまでの吹雪の中とは違いお互い手袋もコートもないので、彼の力強さを直に肌に感じてしまう。
「な、なに?」
「勝手にうろつかないで。会議室はこっち」
会議室へ向かう、一分にも満たない僅かな時間なのにやけに長く感じられるのは気のせいだろうか。扉の前で向き合うと、ゆっくりと離れていく掌を最後まで目で追ってしまう。
「着いたよ。ボーッとしてないで、四天王サン?」
「っ!そんなんしとらんわ!自分こそしっかり頼むで!」
扉を勢いよく開けると既に集まっていた職員が一斉にこちらに注目する。気付きそうになる彼への感情に蓋をし、気持ちを切り替え仕事の話を始める。
「お待たせしました。リーグ本部から派遣されたチリです。時間が惜しいので早速本題に入ります。まずは雪崩が起きた場所で緩んだ地盤の補強、倒木の撤去。次に予防策として今まで雪崩被害のあった場所を中心に監視カメラの増設と植樹を行います」
地図を広げ、各員の配置を流れるように伝える。グルーシャは腕を組んで壁に寄りかかり、こちらの話を静かに聞きイメージをしているようだ。
「ここで厄介なのが緩んでいる土壌です。うまくやらないと足場が崩れ、ポケモンもろとも雪の下に埋もれてしまうでしょう。そこで地面をならしつつ、同時に緩んだ地盤を氷で固めて補強していく。これにはチームワークが必要不可欠ですが誰か私と組んでくれる方はいませんか?」
顔を見合わせ、一斉にざわめくジムトレーナー達。
──自分にはそんな大それたことできない
──失敗したら自分もポケモンも巻き添えになるんでしょ?
──もし再び雪崩が起きたらどうしよう
色好い答えは聞こえてこず、広げた地図に皺が寄っていく。するとざわめきを裂くように凛とした声が会議室に響いた。
「ぼくがやる」
今まで無言を貫いていたグルーシャが手を上げ、こちらまで寄ってくると指で示していく。
「雪崩が起きた場所はよく知ってるし、氷の扱いならそこそこできるはずだよ」
「そこそこだなんて、よぉ言うわ。氷ポケモン使わせたらパルデアで自分の右に出るもんはおらんやろ。ちゅーか、一番大事なこと分かっとるん?うちとコンビ、組めるんか?」
「あんたとでしょ、余裕。ここにいる中だったら、ぼくが一番あんたのこと分かってるはずだよ」
グルーシャがうちの何を知ってるいうんや。たかだか二、三回会うただけの相手に命を預け合うだなんて。こちらの懸念とは裏腹に何故か自信ありげなのが小憎たらしい。
「言うてくれるやんけ。ほんならよろしゅう頼むで!」
「こちらこそ。これ以上ナッペを崩させないよ」
激励の拍手の中、拳を突き合わせチリとグルーシャの初タッグが決まった。
吹雪の合間の晴れ間を狙って、方々持ち場に散っていく。ジムトレーナー達は幾つかのグループに分かれて監視カメラ設置と植樹を。ポケモンの技で草木の成長を促し、根を張らせ地盤を固めていく。一方、チリとグルーシャの方はというと。大規模雪崩の現場に到着すると、そこはごっそりと斜面が削られ崖になっていた。その周りにはクレバスも所々見受けられる。なるほど、なかなかのSランク級の任務だ。削がれた大地の中央に降り立ち、手始めに倒木の撤去と露出した地面をダグトリオとドンファンでならしていく。ナマズンとドオーで万が一の雪崩に備え、崖周りの守りを担わせる。
即席の相棒のグルーシャはと言うと崩れた斜面の頂上付近で、雪崩の前兆を見逃さないよう気を張り巡らしている。モスノウとチルタリスが斜面を凍らせて補強した後は、上空からも監視の目を光らせている。日の光もまだあり、この分でいくとあと小一時間で地面をならし終わるだろう。ダグトリオとドンファンを鼓舞していると、上から声が掛かる。
「雲が出てきた。まだ遠いけどこのまま育ったらこっちにも上がってくる。少し急いで」
「りょーかい」
時間を巻くためナマズンも作業に加えると三匹で地ならしを進めていく。先ほどまでナマズンがいた南側の崖の下に自分が入ってその場を見張るとじんわりと汗が滲む。
──ピチョン……ピチョン……
全てが凍った世界で違和感のある音。
(これは水滴の音?なんでこないなとこで……)
辺りを見回すと崖の氷が日光によって溶け出し、水溜まりを作っている。
──まずい!
このままだと元々緩んでいる崖は雪もろとも崩れ落ち、下で作業をしている三匹にダイレクトに振りかぶってしまう。ドオーは反対側の北側を担わせているため、今からこちらに呼び寄せても間に合いそうにない。
(一か八か、雪が落ちてくるんやったらそれごと蒸発させたる!)
ズドンと大地に響く音と共に崖上から雪を纏った地面の固まりが滑り落ちてくる。
「バクーダ、だいもんじ!!」
モンスターボールから飛び出ると同時に最大火力で猛火を吐き出していくバクーダ。熱波に触れると次々と蒸発していく雪の塊。この隙に三匹をモンスターボールへ戻し、麓へ雪の被害が出ないようバクーダが孤軍奮闘する。
『だいもんじ』は強力な技だがパワーポイントが少ない。段々と火力が弱まってくると、炎の隙間から雪が降りかかりこちらにも容赦なく叩きつけてくる。
「こらやばいで……!」
せめてバクーダだけでもモンスターボールに戻せないか。ぐいと首筋を流れる汗を拭い、バクーダのモンスターボールを手にするとチルタリスに乗ったグルーシャが見えた。
「チリさん!ドオーがもうそこまで来てる!バクーダと並ばせて水技の指示を出して!」
「なんやて?どういう意味や!」
「説明してる時間はない!いいから早く!!」
ドオーが足下へ到着しバクーダと共に横一列に並ぶ。『だいもんじ』の火力もそろそろ限界だ。グルーシャの意図することは分からないままだが、なにもせず雪の下に埋もれてしまうなら彼の案に乗ってみようじゃないか。
「グルーシャ!うちとこの子達の命預けるで!
いてこませ、ドオー!アクアブレイク!!」
ドオーがアクアブレイクを繰り出すと水しぶきと共に雪が舞い上がる。『だいもんじ』により蒸発している水蒸気と合わさり、陽光に照らされ水幕のように煌めいている。
「ツンベアー!『ぜったいれいど』!!」
迫りくる雪崩の轟音が止んだかと思うと、静まりかえった世界に響くのは氷が形成される際の凍てついた固い音。万物の動きを全て止める氷タイプ最強の一撃必殺の大技がバクーダとドオーが作った水壁に当たると連鎖反応で一面凍りついていった。
「チリさん!大丈夫!?」
チルタリスから飛び降り、駆けつけたグルーシャを目の前にすると急に力が抜けその場にぺたんと尻餅をついてしまった。
「助かったわぁ……グルーシャ君、きみほんま凄いやっちゃなぁ……」
「ぼくじゃなくてバクーダとドオーを褒めてやりなよ。あんな危険な前線にいてチリさんを守るために一歩も
「……そんなん自分に言われんでもうちのポケモンは世界一やねん」
バクーダとドオーが疲れきった様子でこちらへと歩んでくる姿を見たら、張り詰めていた緊張の糸が切れてしまった。
「あんたたち、よう頑張った!バクーダ、ドオーおおきに。ほんまに……ありがとなぁ」
腕をめいっぱい広げて、二匹をがばりと抱き締める。ドオー達も安堵したかのように自分へとすがって何度も鳴いている。一頻り感謝を伝えモンスターボールへと戻し、もう一人の命の恩人へと振り返る。
「なんや変なとこ見せてもうたな。グルーシャ君おおきに……」
目に飛び込んできたのはツンベアーの氷の牙を労うように撫でている彼の姿だった。
「そのツンベアー……どないしたん」
「あんたには関係ない」
「んなわけあるかい!……それ、『ぜったいれいど』の反動なんやろ。うちら守るために、なんで……!」
ツンベアーの顎にあった三本の氷柱は一本が痛々しく根本から折れて欠けてしまっている。あれだけの大技だ。威力が大きい分、ツンベアーの身体にかかる負担も相当なもののはず。
「……あの場面ならああするしか方法はなかった。『ぜったいれいど』は強力な技だけど命中率が低い。だからチリさんのポケモンで水壁を作って、当たる面積を広げてもらった。あとはどこか一ヶ所にさえ当たれば連鎖反応で氷結して雪崩が止まるはずだから」
「そういうことやなくて!!」
こちらの問いに対する答えは返ってこない。真実を伝えたらうちとポケモンが自分を責めるのが分かっているからだろう。ジム戦では封印している大技を出させてしまってまで、守られた自分が歯痒くてならない。
「ねぇチリさん、ナッペ山を守ってくれてありがとう。ほら三匹が土をならしたところは全然崩れてない。あとは春が来て、ここも植樹をすれば元に戻るよ」
「ありがとうやなんて、そんなんこっちのセリフやって……。どこまでかっこつけとんねん」
「かっこいいのはそっちでしょ。さ、ここも安全とは言えない。いつ崩れるか分からないから一旦ジムへ戻ろう」
「せやな。他の皆もどうしとるか気になるし……ありゃ?」
地面に手をつき、立ち上がろうとしても全く力が入らず上半身が上下に動くのみ。
「どうしたの?さっさと行くよ」
「……腰、抜けてもうてるみたいや」
「はぁっ!?大丈夫なの、痛みは!?」
慌てた様子で駆け寄ってくると腰を支え顔を覗き込まれる。
「痛みは全然。多分びっくりして腰抜けただけやろ。しばらくすれば治ると思うし、グルーシャ君は先戻っててええよ」
「チリさん置いて一人で帰れって!?何のために助けたと思ってんの!」
「え」
「いいから、背中乗って!しっかり掴まる!」
あれよあれよと言う間に腕を取られ、ふわりと身体が浮かぶとグルーシャの大きな背へとおんぶされる。
「いや、チリちゃん重いやろ!足にも悪いで!」
「あんた一人ぐらい余裕で運べるよ。むしろ軽すぎ。ちゃんと食べてんの?」
いつものように軽口を叩き合いながら雪道を歩き始めると、グルーシャはポケモン達を戻すためモンスターボールに手をかける。
「ちょい待ち!ツンベアーにちゃんとお礼言いたいんやけど触ってもええ?」
モスノウとチルタリスを先に戻し終え、ツンベアーのボールを手にしたところでグルーシャの動きがぴたりと止まる。後ろを歩いていたツンベアーに視線をやると、戸惑った様子で主人へどうしたらいいのか指示を求めている。
「……いいよ。ただツンベアーが嫌がる所は触らないであげて。お腹の辺りなら大丈夫なはずだから」
グルーシャが方向転換しツンベアーの真正面へと戻ってくれる。おんぶの状態だとちょうど目の前にツンベアーのお腹がある。そっと手を腹へやると見た目とは違い寒さに適した固めの毛の触感だった。助けてくれたお礼と大切な牙を失わせてしまった謝罪を掌越しに伝える。すると頭上にあったツンベアーの凛々しくも優しい顔が目の前に来た。立派だった牙の痛々しく欠けた姿を見るとやはり胸が苦しくなる。
「痛かったよな。すま……」
「その先は言わないの。あんたにそんな顔させたくてツンベアーは頑張ったんじゃない」
謝罪の言葉はミトンによって遮られ、言いきることが出来ないまま胸の中にしまい込んだ。
「……おおきに、ツンベアー」
感謝を伝え終えるとモンスターボールへ戻っていく。ボールに吸い込まれる直前に見えた表情が微笑んでいたように見えたのは気のせいではないはずだ。
「気が済んだ?もう行くよ」
「うん。なぁグルーシャ君……」
「なに」
「あんたも、ほんまおおきに……」
「チリさんが無事でよかった」
その後はどちらも言葉を発することなく、ざくざくとグルーシャの雪を踏みしめる音と自分の早まった鼓動しか聞こえなかった。目の前の背中へとそっと顔を預ける。
グルーシャのことを想うと、やり取りを楽しむ気持ちと踏み込んではならない切なさを覚える。彼の言葉ひとつひとつに心を揺り動かされていた。とっくに答えは出ていて必死に気付かないようにしていたけれど、もう誤魔化せない。
うちはグルーシャのことが好きなんだ──。