出会いと軌跡
グルーシャとの再会は思っていたより早かった。あのラッキースケベ事件から一週間後、オモダカ主催によるジムリーダー・四天王合同食事会でだった。各々久しぶりに会う仲間と歓談し立食を楽しんでいる。どことなく気まずい気持ちを抱えたままジムリーダーへの挨拶周りをしていたが、残すは避けていた人物のみ。
「どうも」
「あ、ああ~、まいど儲かってまっか?」
「いや全然」
「そこはぼちぼちでんな、って答えるとこやぞ!」
裏返ってしまった声はスルーされ、相変わらず会話を続ける気のないグルーシャへとコガネの突っ込みが炸裂する。
(心配することなかったやん。前と全然変わらんわ)
緊張していた胸を撫で下ろすと、髪から足先まで視線を感じる。
「ふーん、今日はちゃんとしてるんだ」
彼の言う《ちゃんと》とはフォーマルな格好をしている自分への皮肉だろうか。いつものカッターシャツとサスペンダーのパンツルックではなく、シフォンブラウスにキャメルのスーツパンツを合わせ足元はピンヒールの出で立ち。これならば【ふざけた女性】と己を評した大将も納得してくれるだろうと思っていたが、まさかここにも自分のファッションチェックをしてくる輩がいるとは思ってもみなかった。
「自分、チリちゃんがちゃらんぽらんみたいな言い方するなぁ。悪いけど普段もちゃんとしとるわ」
「それについては否定はしないけど。でもそういうカッコ、初めて見たけど似合ってるんじゃない」
「ま、まぁ?チリちゃん美人さんやから、何着ても着こなしてまうし?もっと褒めたってエエんやで」
「…………すぐ調子乗る」
「やかまし!」
この容姿を褒められるなんて日常茶飯事なはずなのに、なぜかグルーシャに言われると鼓動が早まり顔が火照る。彼の言葉に自分の調子が狂っていくのを感じた。
「そういえば足の具合は大丈夫なん?ずっと立ちっぱやけど、まだ痛むんとちゃう?」
「別に。あの時も大丈夫だったのにあんたも周りも大袈裟。古傷が痛んだだけだから」
「…………そか。古傷か……痛いな、それは」
やはりあの事故で負った傷だったんだ。なんと言葉を返してよいか分からず、おうむ返ししかできない自分が歯痒い。
「なんであんたがそんな顔するの。あんたにはぼくのことなんて関係ないでしょ」
関係ない。そらそうやわ。バトルをして一緒にトラブったことのある、知り合いにちょっと毛が生えた程度の関係性でしかないが。
「なんか気になってもうて……」
「なに?いつもみたいに大声出してよ」
「何でもない!そら、グルーシャ君はジムリーダーやし、うちがしっかり監督せんとあかんやろ。うちのせいで怪我でもされて仕事に響いたら困るからなぁ」
「仕事、ね……。心配いらないよ。四天王さんに迷惑かけるほど落ちぶれてないんで。それじゃ」
元々表情の変化に乏しい彼だが、今のは明らかに不機嫌オーラを出してこの場を離れていく。
「なんやねん。急にムスッとしよってからに。……グルーシャ君のあーほ」
遠くなっていく背中に吐き出した言葉は周りの喧騒にかき消され、誰にも届くことはなかった。
◇◇◇
先日のパーティーで胸に広がったもやもやを無理やりしまいこみ、普段通りに仕事をこなしていく。本日最後の面接を終えると控えめに扉を叩く音が鳴った。だて眼鏡を外し扉を開けると、自分を慕ってくれる妹分がぴょこりと姿を表す。
「チーリちゃん!一緒にあーそびーましょ!」
「ポピーちゃん、今日はなにして遊ぼかぁ」
「んふふー、じゃじゃーん!スケボーなのです!」
「おおっ、かっこええやん!どないしたん、これ」
ポピーが手にしているのはサーフゴーが描かれたスケートボード。彼女の身長の半分ほどはあるスケボーを抱き抱えながら、自慢げにお披露目している。
「この前、パパに買ってもらったんですの。テレビで見てからポピーもやりたくなってしまって!」
「そらええなぁ、大事にするんやで。んじゃ始める前にプロテクター付けんとなぁ」
頭をわしわしと撫でてから、付属品の肘・膝のプロテクター、そして最後にヘルメットを被らせて吹き抜けになっている舗装された中庭へと向かう。
「よし、ストップ。ちぃっと押すで」
「わわ!」
中庭に着いたところでポピーの背中を軽く押してやると、咄嗟に前に出したのは右足。
「びっくりさせてしもてすまんな。でも今のでレギュラースタンスやって分かったから、サーフゴーの顔に左足乗せて、と」
ポピーをボードの上へと乗せるとぐらつきはしたものの、日頃ダイオウドウの背に乗って遊んでいるポピーにとってバランスをつかむのは簡単なようで直ぐにまっすぐ乗ることができた。
「わぁー!乗れたのです!」
「すごいで、ポピーちゃん!そのまま後ろの足で下、蹴ってみ」
前足はそのままに後ろ足で路面を蹴って助走をつけるとスピードに勢いが出てきた。ポケモンに乗っている時とは一味違う風を感じながら、中庭をぐるりと一周している。
「チリちゃーん!楽しいですー!」
「かっこええでー!転ばんように気ぃつけやー」
楽しくなったのか一気にスピードを上げてしまい、両足をボードに乗せたままこちらへと進んでくる。
「あわわ!どうやって止まったらいいですかー!」
「大丈夫やー。サーフゴーの顔の横に後ろ足を下につけたらゆっくり止まれるでー」
念のためポピーの真正面に立ち、万が一突っ込んで来たとしても受け止められるよう準備をしておく。初回は楽しい思いのまま、なるべく怖がらせずに終わらせてあげたい。こちらの指示通り右足を路面につけると減速し出すボード。しかし完全には止まらないままバランスを崩し身体が横へとぶれてしまった。
「わわ、チリちゃーん!」
「よーしよし、止まれたやん!上手に出来たなぁ」
違和感のないようポピーを自然に抱き留め、勢いの残ったままのボードは片足で止める。
「どや?スケボーは楽しかったやろ?」
「はい!びゅーんと進んで、風が気持ちよくって、ちょっぴりドキドキしてすっごく楽しかったのです!」
「そーかそーか!ポピーちゃんはスケボーも出来るようになったなぁ!すっかりおねえさんやんか」
豪快に頬ずりをして彼女の頑張りを褒めると、少しはにかんだ様子で微笑んでいる。ゆっくりと床へとポピーを下ろし、プロテクターとヘルメットを外していく。
「ポピーちゃんはスケボー出来るようになったけど、必ず周りに大人がいる時に遊ぶんやで。もしもケガしたら大変やからな。チリちゃんとの約束、守れる?」
「はい!だからこれを着けるんですものね」
「そーや、ポピーちゃんは賢いなぁ。ほな指切りしよか」
小指を絡めて二人でまじないを唱える。途中からリズムに合わせてポピーがぶんぶんと腕を振るものだから、まるでこちらも童心に返ったかのように心が温まっていく。
「チリちゃん、ありがとうなのです!」
「そらおおきに。またやろなぁ」
中庭の中央に立つ時計台がポピーの帰宅時間を告げた。ボードを抱っこしたポピーの横で、肩に装具を引っ掛け彼女の母親の待つエントランスへと向かう。
「でもチリちゃんがスケボーに詳しいなんて知りませんでした!物知り博士なのですね!」
「ん~、ちょうど最近調べててなぁ……」
中庭から二人が出ていく様子を、吹き抜けの階上からずっと見ていた人影が苦しそうに零す。
「楽しいなんて幻だよ……」
主人の気持ちを汲み取るかのように、チルタリスは羽を広げ悲愴感が漂う背中をさする。その柔らかな羽に一撫でだけするとそれ以上何も発することなく彼もまたその場を後にした。