諦められなかった夢と君



グルーシャ君との別れから二年。切り落とした髪は元の長さには届かないものの、だいぶ長くなった。彼からの連絡は一通もなかったが、それでいい。だって自分達はまだ何の関係性にもなっていないのだから。

シンオウで開かれた大会でグルーシャ君が優勝したと聞き、飛び上がるほど嬉しかった。それは手術が無事成功し、二年もの間リハビリを懸命に続けた結果が実ったということに他ならないのだから。 この優勝はパルデアでも取り上げられ《絶対零度トリック復活か!?》とスポーツ誌の一面を飾った。ワールドカップの出場も果たし連日試合結果を固唾を飲んで見守っている。テレビ越しに久しぶりに見たグルーシャ君は記憶にある彼より幾分髪が短く、精悍な顔つきをしていて、まるで知らない男の人のようだった。

そして今、テレビから生放送で流れていたのはカロス地方での試合。自宅でポケモン達と共に手に汗握ってグルーシャ君を応援し終えたところだ。大技のトリックを繰り出し、見事着地を成功させ優勝をつかみ取るとこれで世界ランク二位に躍り出た。これでかつての彼と並び、次の試合で今シーズンの集大成を迎える。場所は因縁の地・ナッペ山。神さんは本当に残酷だ。ここまで立ち直り頑張ってきた青年にまだ試練を与えようとするのだから。

劇的な優勝に興奮したインタビュアーに詰め寄られ、ぐいぐいとマイクを向けられているグルーシャ君。その煙たそうな顔に思わず笑ってしまう。

『いよいよ次の優勝で世界ランク一位ですね!しかも場所はあのナッペ山。今どんな心境でしょうか!?』
『場所がどこであろうと優勝するだけです。相手がどんなトリックを繰り出そうと、その上をいってやります』

(相変わらずスノボのことになるとイキッとんなぁ)

強気な発言は今に始まったことではないのだろうが、自分の知っているグルーシャ君とのギャップに驚かされる。確かに勝ち気は勝ち気だったが、ここまで闘争心を剥き出しにしているのはスノボの時の彼特有のものだろう。

『次の試合に向けて応援してくださるファンの方へメッセージをお願いします』

グルーシャ君はインタビュアーのマイクを奪い取ると真っ直ぐにカメラを見つめ、まるでこちらに向けて告げられているように錯覚してしまう。

『ナッペ山で必ず世界一になってやる。あんたに言いたいことあるんだからちゃんと見てて』

言い切るとマイクを後ろ手に投げ、後を追うインタビュアーを置き去りにしながらボードを手に去っていく。その場にいた女性ファンからは歓声とも悲鳴とも呼べる声が上がり、まるで阿鼻叫喚の地獄絵図のような光景がテレビに映し出された。

「世界の公共の電波で何言っとんの。でも売られた喧嘩は買ったるで。チリちゃんの前で男になってみぃ!」

預かりっぱなしのマフラーを抱き締め、テレビに向かって活を入れた。




◇◇◇



いよいよワールドカップ最終日。グルーシャ君のマフラーを巻いて決戦の地へ乗り込む。この一戦でいよいよ世界ランクが決定する。在りし日を思い出させるグルーシャ君の勇姿を一目見ようと老若男女の人だかりができ、その隙間を縫ってなんとか観客席の最前列へとたどり着いた。

試技は三回。現在世界ランク一位の選手がグルーシャ君の前に滑ると安定した流石のランを披露し高得点を叩き出す。最終滑走のグルーシャ君も後に続き、大きなミスなく滑り切ったが先の相手に得点があと少し及ばない。それに焦ったのか二回目の試技では途中のトリックで着地の際に手をついてしまい、減点の対象になってしまった。得点を確認しスタート位置に戻ろうとすると、こちらに視線を寄越し目が合った気がした。しかしこれだけの観客の中で自分一人を見つけるなんて不可能なはずだ。きっとこちらの勘違いだろう。

いよいよ三回目の試技。一位の相手を越えるには、より難易度の高いトリック編成とノーミスで滑りきることが求められる。
喉が渇き、手が震える。それなのに身体は沸騰しそうなくらい火照っている。こんな緊張感のなか、グルーシャ君は毎回闘ってきたのか。

スタート位置に着くと制限時間を目一杯使い、気持ちを整え膝を撫でている。こちらを指差したかと思うとゴーグルを下ろし、勢いよくスタートを切った。
氷を削るような速度で下っていく。ファーストトリック、青空に飛び出すと高さのある大技を決め観客から歓声が上がる。波に乗ったのかスピードのあるランとキレのあるトリックが次々に決まっていく。いよいよラストトリック。これが成功すれば優勝はぐっと近付く。彼の長年の努力と想い、全てがこの一瞬に込められる。

「グルーシャ……ッ!いてこませーーっっ!!」

ひときわ高く空へと舞い上がり、まるで時が止まったかのようにスローモーションで彼のトリックが目に焼き付く。雪しぶきをあげながら着地に成功すると、空に向かって拳を突き上げ雄叫びを上げている。まるで空の更に上へ届けるかのように──。

採点時間が途方もなく長く感じられ、鼓動が痛いほど脈打っている。ついに得点が発表されると大歓声と拍手に包まれ「絶対零度トリック!完全復活ーーっ!!」とアナウンスがナッペ山に響き渡る。グルーシャ君はお互いの検討を称え合うように選手同士でハグを交わしているが、視界がぼやけてその姿をはっきりと映すことができなかった。張り詰めていた糸が切れ、会場の熱気と相反するように足の力が抜け落ち新雪にしゃがみこむ。あの日と同じように彼のマフラーにすがったが、違ったのは歓喜の涙で濡らしてしまったということだった。



表彰も終え、観客も居なくなり静まり返った会場で夢心地のようにハーフパイプを見つめる。空を見上げるとちらちらと雪が舞い出した。相変わらずナッペ山の天候は変わりやすい。モスグリーンの手袋の上に一片の雪が落ちてくるとコートの中にあるロトムが震えた。

──会いたい。今どこにいる?

見知らぬ宛先からのメッセージ。誰からなんてそんなのは分かりきっている。観客席の一番後ろにいることを伝えると《すぐ行く》とだけ返ってきた。

やっとだ。やっとグルーシャ君に会える。二年はあっという間に過ぎた。でも恋い焦がれる長い年月でもあった。

キュッキュッという雪を踏みしめる音を立てながら、先ほどまでいた最前列の手摺に掴まり、彼が空高く翔んでいた姿を思い出していると背中へ不満げな声が掛けられる。

「観客席の一番後ろにいるんじゃなかったの」
「すんませんなぁ。誰からかわからんメールなんて怖くて同じ場所におれんわ。それより今、むっちゃかっこええ人の滑りを思い出し中なんよ。邪魔しないでもらえます?」
「ごめんって、名無しで送り付けて。で? 誰だよ、その《むっちゃかっこええ奴》って」
「それはなぁ、見た目も手持ちも氷タイプなくせして、ほんとは誰よりも熱い心を持った世界一の男の人や」

声のする方へゆっくりと振り向く。舞い落ちる雪に太陽の光が反射し目の前の人を照らし出す。

「ただいま、チリさん」
「おかえり……っ!グルーシャ君、世界一おめでとう……っ!!」

駆け寄ろうとすると、それよりも先に腰を持たれ抱え上げられるとその場で一回転する。見上げてくるその表情は雑誌でしか見たことのない勝ち誇った満面の笑顔。

(ほんまに乗り越えたんやな)

抱え上げられたまま、グルーシャ君を包み込むように力一杯抱き締める。夢じゃない。本物のグルーシャ君や。感激に浸っているとふと気づく。

「そや、チリちゃん重いやろ。足大丈夫なん?」
「足なら大丈夫。さっきも見てたんなら分かるでしょ。それに……チリさんってこんなに軽かったんだ」

再び回る身体。そんなに嬉しそうにうちを抱き上げないで。こちらもつられて喜びが溢れてしまうのに。

「よぉ頑張った……ほんまに夢叶えたんやな……」

愛しさと労いを込めて、もう一度彼を抱き締め直す。ずっと言いたかった《おかえり》を何度も何度も言い続けた。

どれくらいそのままでいたのか。流石に冷静になるとこっぱずかしい体勢なのに気づく。多分お互いの気持ちは同じものなのだろうけど、何も確認していないのにこの距離感はおかしいはずだ。足をバタつかせてグルーシャ君の腕の中から下りようと試みるが、がっちりと腰を掴まれびくともしない。

「あのぉ、グルーシャ君?そろそろ下りたいんやけど、離してくれんかなぁ」
「やだ。やっとチリさんを抱き締められたのに、もう離さないといけないなんて無理」

しれっと言いのけると子供のように顔を背けて拒否される。

(なんつー駄々を捏ねてるんや)

「それやったらちゃんと言うこと言いや。チリちゃんになんか言うことあんねんやろ?」

オクタン焼のキーホルダーが付いた鍵を目の前にぶら下げると、足をゆっくりと雪の上へと下ろされる。

「これをチリさんが持ってるってことは手紙、読んでくれた?」
「さぁ。どうやろ。自分勝手な誰かさんは写真は連れてっても、本物のチリちゃんにはなーんも言ってくれんかったから見つけられんかったかも」

コートのポケットに鍵を突っ込むと、くつくつと笑うグルーシャ君を横目で見る。

「そっか。読んでないのにここまで来てくれたんだ。随分と愛されてるんだなぁ、ぼくって」
「あ、愛!?なんでそうなんの!?」
「だって手紙読んでもいないのにずっと待っててくれて、抱き締めてくれたんでしょ。それって愛じゃん」

いけしゃあしゃあとからかってくるのは、二年前と変わらないグルーシャ君のまんまで。その小憎たらしい顔がどうしようもなく愛しく見えてしまうのだから、彼の言うとおり愛、なのかもしれない。

「……あほ。そういうのは言わんでええの」
「そうだ。ぼくの話の前にポケモンバトルしようよ。あの日の約束、覚えてる?」

忘れるわけがない。次に会った時にバトルしようと交わした約束を。その約束を胸にパルデア中のトレーナーや他地方のトレーナーとバトルを重ね、己と手持ちポケモンを鍛えてきたのだから。

「勿論、そうこんとなぁ!更に強なったうちらのバトル見せたるわ!」
「それはこっちのセリフ。せいぜい打ちひしがれないように気をつけたら」
「……言うてくれるやんけ。返り討ちにしたるわ!」

モンスターボールを勢いよく投げると、始まるバトル。グルーシャ君の投げ方のフォームが変わっている。そうか、これが本来の彼の戦い方なんだ。本気のグルーシャ君と闘える。トレーナーとしてのプライドと楽しさで気持ちが昂り興奮を隠しきれない。

バトルは一進一退、状況に応じてポケモンを入れ替えどちらも一歩も引かないまま終盤に差し掛かる。こちらの残りは手負いのドオーと無傷のダグトリオ。グルーシャ君は今、フィールドに出ている子で終わりのはずだ。よしっ、勝てる!

「いくで、ダグトリオ!《すなあらし》!」

これで相手の体力をじわじわ削ってるその隙に《じしん》で決めたる!

「出てきな、ウリムー」

交代して出てきたのは小さい体ながらに闘志を剥き出しにした、いのぶたポケモン。

(ウリムー!?なんでグルーシャ君がその子を。それにウリムーには《すなあらし》が効かん!)

「ウリムー、《こおりのつぶて》!」

周りの雪が舞い上がり、小さな礫がダグトリオめがけて飛んでくる。自分の素早さを補いつつ、ダグトリオの弱点をついてくる物理技。よく考えられている戦術に舌を打つ。

「ちっ!ダグトリオ、かわして《いわなだれ》や!」
「ウリムー、《あられ》」

すなあらしだった天候は一転して氷の世界に様変わりする。ウリムーの特性でダグトリオの《いわなだれ》は外れ、追い討ちをかけるようにウリムーの攻撃が炸裂する。

「ウリムー、《ふぶき》!」

視界は猛吹雪に遮られ、白以外何も見えなくなった。



◇◇◇



「あーーっ!悔しいなぁ!」

ぼすっと雪に背を沈め、今のバトルを振り返る。
《あられ》状態の《ふぶき》をもろに食らったダグトリオはノックアウト。その後も手負いのドオー一匹だけでは、グルーシャ君の二匹に勝てるはずもなく敗北を喫した。こちらを見下ろすグルーシャ君と目線が合うと愚痴が零れ出る。

「自分……スノボやってポケモン鍛えてってどんな二刀流やねん。チートすぎるやろ。しかもちゃっかり新しい子捕まえとるし」

うちの横に座ると、ウリムーの入ったモンスターボールを取り出し撫でている。

「バトルはチリさんと約束してたからね。ただ、あいつの抜けた穴はどんなポケモンでも埋められない。そう思ってたから新しいポケモンを捕まえる気なんてなかった。でもこのウリムーがどっかの誰かさんみたいに人懐こくくっついてきたから、つい絆されて捕まえたんだ」

雪に濡れた髪を掬われると指通りを確かめるように梳かれる。反動をつけて起き上がり、彼に向き合う。

「グルーシャ君ってちょいちょい人のことポケモン扱いしてくるけど、チリちゃんのことどんな風に見えてんの?」
「ゲットしたいほどかわいいと思ってる、かな」
「あ、んた……そないキザなこと言うてたっけ?これはサムいんやないの」
「言うのはチリさんにだけだよ。誰かに獲られる前にサムくても口説き落とさないと。で、僕にゲットされてくれるわけ?」
「……途中で逃がしたら許さんよ」
「それは大丈夫。僕の手持ちになったら死ぬまで大切にするから」

死ぬまで。それは随分と重たい愛情を注いでくれるみたいだ。でもその愛情をどうしようもなく求めてしまう。

「しゃーない。そんならゲットされてもええかな。グルーシャ君のもんになったるわ」

これでもうグルーシャ君から離れられない。離さない。

嬉しそうに目を細めるとゆっくり近づく身体。瞳を閉じると温かな彼の体温を唇に感じた。

「ふふっ。初チューがゲレンデって随分とロマンチックやな」
「あー……それなんだけど、ここじゃないんだ。初めてのキス」
「えっ!?なに、どう言うこと!チリちゃん、全く身に覚えないんやけど!!」

グルーシャ君の首根っこを掴んで揺さぶる。突然湧いたキス疑惑に、ベテラン刑事のように「吐いてまえっ!」と脅すと降参したのか口を開く。

「あの日、僕のマフラーを預けただろ?その時にマフラー越しに……」
「ディグダ言うてたあん時!?糸屑取ってくれたんやなかったん!?……全然気づかんかったわ」
「そりゃ気づかれないようにしたからね。ただシンオウにいる間、ずっと心配はしてた。男の前であんな無防備に目閉じてさ」
「そんなんグルーシャ君の前でだけに決まっとるやん」

マフラーを外し本来の持ち主の首へと巻き付ける。あの日と同じように口元を覆うまでぐるぐる巻きにしてやると、巻ききれなかった先を引っ張ってマフラー越しにお返しのキスをお見舞いする。

「チリさ……!」
「これであいこやな。チリちゃん出し抜こうなんて百年早いわ!」

腰に手を当てふんぞり返ると、グルーシャ君はお腹を抱えて大笑いしだした。

「ははっ!ほんと敵わないな!チリさん全然変わってないかと思ったら、前よりもっと強くて綺麗になってる。これじゃいつまで経っても追い付けないよ」
「なに言うとんの。変わらないでって書いたんはグルーシャ君やないか」

グルーシャ君が以前の自分に会いたいと言うのなら、彼の中の《チリ》を壊さないよう努めてきた。でもグルーシャ君がいなくなって、気づいてしまった恋心に蓋なんて出来るわけがなかった。

「なぁ……。グルーシャ君が帰ってきたんやからチリちゃん、もう変わってもええ?これ以上グルーシャ君への気持ち止められそうにない。これからはあんたの隣にいさせてや」
「うん。どんなチリさんも隣にいてほしい。これから先、ずっと」

こてんと首をグルーシャ君の肩に預けるともっと近づくように引き寄せられる。いつの間にか雪はやんで、茜色に染まり出した雪原を二人で眺めていた。



◇◇◇



グルーシャ君がお墓参りに行きたいと言うので日が沈みきる前に二人で向かう。ジムの職員による手入れのお陰で、二年前と変わらない綺麗なお墓の前にグルーシャ君が立った。お参りは一人でしたいだろうと距離をとると、指を絡められ足が止まる。

「一緒にいて。こいつにもチリさんを紹介したいから」
「いや、十分知ってるやろ。何回も会うてバトルしたことあんのやから」
「それは今までのチリさんでしょ。恋人のチリさんとは初めてだから」
「恋人……」

改めてそう言われるとなんだか照れくさい。繋がれていない方の指で髪をくるくると巻きつけて誤魔化そうとしていると、その様子をじっと見つめられる。

「な、なに?」
「ううん、何でもない。変わらないね」

なんだか濁された答えが返ってきだが、二人で手を合わせここに眠る子に報告をする。

グルーシャ君が世界一になったこと
彼はずっと君のことを忘れていないこと
そして……グルーシャ君ともう一度会えて、想いが通じ合ったこと
これからも空の上から彼のことを見守っててください

心の中で唱え終わるとまるで返事のように、風で巻き上げられた新雪がグルーシャ君の周りを包んでいる。

「……ほんま、あんたたちの絆には敵わんなぁ」
「なにか言った?」
「なーんも。風の音やない?」
「そう……。ごめん、長居したね。家まで送るよ。今空飛ぶタクシー呼ぶから待ってて」

慌ただしく立ち上がりロトムでタクシーを呼び出そうとする手をそっと押さえる。

「これ、グルーシャ君に返さんと。オモダカさんにも言われてんねん」

オクタン焼のキーホルダーの付いた鍵とジムリーダーライセンスを彼の手に潜り込ませる。

「これ……僕が受け取る資格あるのかな」
「グルーシャ君がこのままスノボ続けるんか、ジムリーダーに復帰するんか、それとも他の仕事に就くんかは自分で決めや。でもあんたのことをずっと待っててくれた人が大勢いるのも知っといてほしい。……ちょいと着いてきてみ」

ライセンスを手に考え込んでしまったグルーシャ君の腕を取ってジムの中を突き進み、向かうは彼の執務室だった部屋。

「それ翳してみ?」

うちに促されると少し逡巡した様子でライセンスを電子ロックに翳すと、ロックの解除音と同時に開く扉。

「まだ使えたんだ……」
「そらみーんな、グルーシャリーダーのこと待っとるもん。スノボの大会もジムん中でパブリックビューイングして応援しとった。うちだけやのうて、あんたのこと慕ってる人間はぎょうさんおるんやで」
「そうなんだ……。皆、人が良いんだよ。こんな自分勝手な元リーダーなんて忘れてよかったのに……」

──パンッ

俯いた彼の顔の前で思いっきし掌を叩くと驚いてこちらを向く。

「そういうとこは変わっとらんのな。皆がええ人なんやなのうて、グルーシャ君のええとこ沢山知っとるから応援したなるし、待ってるんやろ。その気持ちをあんたが否定するようなこと言うのやめ」
「……ごめん。確かに無神経だった。これは預からせてくれる?これからどうするか考えるから」

ライセンスをぐっと握り締めるとアイスブルーの瞳に再び火が灯った。目標に向かって挑んでいくその顔がどうしようもなく格好いい。グルーシャ君の胸にぽすんと頭を預けて胸の内を明かしてみる。

「いっぱい悩んでも迷ってもええから。ただ……黙っていなくなるのだけはもう堪忍して。うちが一番グルーシャ君のこと好き、なんやから」
「……ありがとう。僕もずっとチリさんに会いたかった。会って伝えたかった。貴女が好きですって」

そっと背中に回る腕。自分も彼の背中に腕を回し、想いに応える。

「遅いねん……どんだけその言葉待ってた思っとんの。待ちくたびれたわ」

部屋を微かに照らしていた夕焼けの断末魔も消え、会えなかった時間を埋めるように二人の影が重なっていった───。


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