ワードパレットまとめ



「チリちゃんチリちゃん!お尋ねしたいことがありますの!もう頼みの綱はチリちゃんしかいないのです!」

 切羽詰まったような声と共に開かれる面接室の扉。休憩中にポピーが遊びに来るのはいつものことなので、だて眼鏡を外してから大事な妹分に向き合う。

「おー!頼みの綱なんて難しい言葉知っとんなぁ。なんでも聞いてみ。チリちゃんがばっちり答えたる!」
「らぶほてるってなんですか?ポピー知らないのです」
「ぶーーーっ!!」

 飲んでいたコーヒーを盛大に噴き出す。ポピーは「あらあら、チリちゃんってば!」と困ったように言いながらテーブルを拭いてくれている。

(今、この幼い子供はなんと言った?)

「ぽ、ポピー?もう一回言うてくれんかな?よぉ聞こえんかったみたいで」
「ら・ぶ・ほてるってなんですか?って聞きましたの」

 悲しいことに聞き間違いなどではなく、実の妹のように可愛がっている子供の口から似つかわしくない単語を二度も言わせてしまった罪悪感が押し寄せてくる。それと同時に冷や汗が背中を伝っていく。

「まさか今の質問、チリちゃん以外にも聞いたんか?」
「はい!ハッサクおじちゃんとアオキおじちゃんにも聞いたら、お茶とおにぎりをげほげほしてしまって分からないって言われたんですの……」

(あんのおっさん達、逃げよったな!後で締めたる!)

「なんで、ラ…ラブホテル、なんて知りたいんかなぁ?ポピーちゃんにはまだ関係あらへんと思うで?」

 冷静を装ってはいるが残り少ないコーヒーの表面は終始音を立てて揺れたままだ。

「ホテルがお泊まりするところなのは知ってますけど、らぶってラブラブボールのラブのことですか?仲の良い二人のこともラブラブって言いますし、チリちゃんとグルーシャ君ならラブラブさんなので知ってるかなと思ったのです!二人は行ったことありますか?」
「ラブラブって……」

 自分とグルーシャはポピーにとってそんな風に見えているのか?この子の前では節度ある距離感で接していたつもりなのに、まさかグルーシャへの想いが駄々もれだとでも言うのか。今までの行動を思い返していると熱い視線が突き刺さる。

(ああ、そないキッラキラな瞳で見上げんといて!)

 ポピーに嘘はつきたくない。でも真実を伝えるには早すぎる。ポピーはただ自分とグルーシャが仲良しなのを期待しているだけなのだ。ここで否定でもしてみようものなら、落ち込んでまうのは想像に難くない。

「チリちゃんとグルーシャはな……」


◇◇◇


「で?ポピーさんになんて答えたのさ。まさかここでシたこと全部言ったんじゃないだろうね」

 透き通ったアイスブルーの瞳は疑惑で満ちている。自分の話術を信用されていないようで心外だと憤慨してしまう。

「んなワケあるかい!そこはうまーく濁したわ。おっきいお風呂があったり、一緒に映画見れて、くるくる回るベッドなんてもんもある楽しいとこやったって言っといたわ」
「……それで濁したつもりなの?」
「え。あかんかった?」

 今まさにその大きな湯船に浸かりながら先ほどまでの行為による気だるげな身体の疲れをとっているのだが。ムーディーな間接照明のせいで後ろから抱き留めてくれているグルーシャの顔ははっきりとは見えないが、溜め息がうなじにかかることから呆れている表情をしているのだけは想像できる。

「だから今日は珍しくラブホ行きたいなんて言い出したんだ」
「マンネリ防止も兼ねてたまにはええかなーっと思て。最近のラブホはどないな進化しとるんか気にもなったし」

 ラブホテルと言われなければ普通のホテルと遜色ない綺麗な内装。流石に一昔前の回転ベッドなんてものは無いが臨場感溢れる映画鑑賞ができ、二人で入ってもゆったり寛げるお風呂は嘘ではない。但し鑑賞したのは映画ではなく口外出来ないような大人の番組で、ここでもただ入浴を楽しんだわけではないのだが。

「ポピーさんが誰かに言いふらしたらどうすんの?」
「それは大丈夫やろ。あの子口固いし、うちとポピーの秘密や言うといたから誰にも言わんはずやで」
「随分とポピーさんとの信頼関係がお強いようで」

 ちゃぷ……と水音が鳴ると顎を掴まれ、近づいてくる唇を掌で受け止める。

「なにこの手。ぼくとの信頼関係ももっと強くしてほしいんだけど」
「これ以上強なってどないすんねん。さっきまでいやいうほどヤったんやからもうおしまい。チリちゃん眠いんやから」

 こてんと固い胸板に頭を預けるとまだ物足りないのか頭上でぶつくさ言っている。

「ラブホ行こうなんて言われたから楽しみにしてたのに、これじゃいつもと変わらないじゃん」

 うとうとしだした自分をこのまま寝かせるものかと、まさぐる大きな掌によって火照りだしていく身体。

「ほんま困ったちゃんやな。どんだけしたら満足すんねん。……これがほんとの最後の一回やで」
「それはチリ次第かな。まぁ、善処はするよ」

 甘える言い方なのに声も顔つきも自分を求めてくれる男のものでしかなくて。そのギャップに翻弄されて屈してしまうのは、自分ももっとグルーシャと愛し合いたいと心の底では思っているからなのか。彼の太ももを跨いで向かい合うと、先ほど自分がつけた紅い華がついた首へと腕を回す。

 折角愛を確かめ合う場所にいるのだから羞恥をかなぐり捨てて、互いを求め合うのも一興なのかもしれない。


5/5ページ
スキ