ワードパレットまとめ
「グルーシャぁぁぁ!聞いてぇなぁ!明日のパン、どないしよう!?」
盛大に叫んだ後、向かうのはソファにいる恋人の元。半ばタックルするかのように彼のお腹へとダイブする。
なんて事だ。あれだけ毎日気をつけていたのに、明日の朝食を買いそびれてしまっていることに、時計の針が二つともテッペンを指し示すこんな時間に気づくとは。
コガネ人にとって、明日のパンを欠かすことはあってはならないほど大事なものだと言うのに。今日一日天気がぐずついていて、どうにも外へ買い物に出掛ける気にならず、グルーシャとレーシングゲームや太鼓のリズムゲームをして過ごしていたためすっかりパンのことを忘れてしまっていた。泣きついた恋人には塩対応で返される。
「また明日のパンの話?」
毎日の会話で耳にオクタンが出来てしまったかのように、読んでいた旅行雑誌から目線を外すと呆れた表情で見下ろされる。
「なにもパンじゃなくても他に色々あるじゃん。冷凍の今川焼もシリアルもストックしてあるんだからそんなに心配しなくても」
「今川焼やのうて回転焼きな」
「……パッケージに書いてあるのをそのまま言っただけだし」
即座に突っ込んでしまうのはコガネの性なんや、そない嫌そうな顔せんといてや。
「ストックあるんは知っとるけど、どうしてもパンの気分なん。グルーシャが淹れてくれるコーヒーに合うんは回転焼きでもシリアルでものうて、パンが一番やから」
うちの言い分を聞き終えると一つため息を溢し、頭に大きな掌がポンと置かれる。ゆっくりと席を離れるグルーシャの後ろをタイレーツのように着いていく。向かった先はキッチンの奥にある災害用持ち出しカバン。そこから取り出されたのは長期保存がきく菓子パン二つ。
「これでどう?賞味期限も近いしそろそろ食べないとって思ってたとこだから。その代わり、補充分は明日チリが買ってくること。いい?」
「あんた……あったま良すぎとちゃう!?最高やんか!ありがとうなぁー!」
グルーシャの手から念願の明日のパンを受け取ろうと手を伸ばすと、パンを持っていない方の手で額を押さえられこれ以上近づくことができない。
「ちょっ、チリちゃんのパン貰えんやないの」
「ぼくに抱き着くよりパンの方が優先ってわけ?」
「なんでそう受け取るんかなぁ!?ただパンを貰おうとしただけやんか。どっちが優先とかそんなん考えてへんって」
即座にグルーシャを選ばなかったのがご不満なのか、つまらなそうにパンをお手玉しながら宙に舞わせている。こちらは彼に近づこうにも額を押さえつけられているため身動きが取れず、手だけが空回りする滑稽なポーズのまま。
本人は認めないだろうが、パンにまでヤキモチを妬くとはなんとも可愛らしい。そんな不貞腐れた彼が見られるのも十分幸せではあるが、せっかく一緒に過ごせる数少ない休日を楽しめないのは勿体ない。ご機嫌を取り戻すにはこちらから仕掛けるしかないか。自らを捧げるくらいの覚悟は出来ているほどに、心も身体も彼に陥落しているのだから。
明日のチリちゃんごめんな。先に謝っとくわ。
「ほんならパンはもう諦めるわ。その代わり、グルーシャを明日のお昼まで食べてもええ?」
ぼとぼとっとパンが床へと落ちる音がする。うちの言った意味が通じたのか額にあった腕がゆっくりと下ろされる。
「チリ一人だけおいしい思いするの狡くない?こっちだって味わう権利あると思うんだけど」
「そら無理なお願いやな。今日はチリちゃんが攻めたい気分やの。パンなんかと比べようのないほどグルーシャを好きや言うこと、その身体にきっちり教えたるわ」
喉仏から胸を伝って、引き締まった腹筋を服の上からつつ……となぞる。悪戯する悪い手を鷲掴みされ、その瞳には興奮と悦びの火が灯っている。
「やれるもんならやってみなよ。どっちが先に音を上げるか勝負といこうか」
シンクに凭れかかると噛みつくような口づけを交わして、二人だけの長い秘め事が始まった──。