お題 銀漢の雫
限られた職員しか手にすることの許されない真鍮で拵えた鍵を手に、長い髪を靡かせながらパルデアリーグの屋上へと駆け上がっていく。
今日はパルデア全土で流星群が観測出来るとニュースで太鼓判を押していたし、ポピーも初めて見る流星群に「今夜は夜更かしするのです!」と息巻いていた。自分もなんとか仕事を切り上げ、少しでも非日常の神秘的な体験をしたいと思い屋上へと来てみたが。 なぜだか自分の頭の上だけ曇っていて肝心の流星群はおろか、天の川も雲の向こうではないか。
「チリちゃんがなにしたっちゅうねん」
ふてくされるように、持ってきたレジャーシートの上に寝転び、未だ何も見えない空を見上げる。いくら春先とはいえ、夜にコートも無しに薄いレジャーシートだけではコンクリートの冷たさがダイレクトに背中から伝わってくる。
「今頃グルーシャも見とるかな……」
目下遠距離恋愛中の恋人を思い出し、ぽそりと呟く。パルデアは星が綺麗に見える土地だ。リーグ周辺もネオンで空が明るいとはいえ、今夜のような大規模な流星群なら十分に観測出来る。しかし遮るものは何もない、凍てつき澄みきったナッペ山の星空はこことは比べ物にならないほど美しいはずだ。
一度イレギュラーでナッペ山を下りれなくなった際に見た星空は圧巻だった。思えばあの時、隣で一緒に空を見上げたグルーシャの横顔に初めて胸が高鳴ったことを思い出し、より彼に恋い焦がれてしまう。
ロトムでグルーシャとやり取りしたメールを読み返す。今夜の流星群のことを伝えると《時間があったら見に行く》となんとも彼らしいさっぱりとした返事が戻ってきた。あちらのジムの屋上も今の時期雪が溶けていれば、こうして天体観測が出来るくらいの広さはある。会えなくとも同じ空の下、星の輝きを共有出来たらと思ったのだが。グルーシャからしたら星もオーロラもいやと言うほど見てきているのだから、流星群の一つや二つで一喜一憂したりはしないのだろう。
それでも……
「一緒に見てみたかったなぁ」
こちらの呟きが聞こえたかのように一筋の雫がキラリと宙を横切る。がばっと起き上がると掌を合わせ、願い事を素早く唱える。
「グルーシャに会えますように」
なんて、柄にもなく乙女のようなことを願ってみたが。次に会えるのは早くとも三週間後の予定だ。それまでは画面越しの逢瀬で我慢するしかない。
「……阿呆くさ。星も見えんのやったらもう帰ろ」
再びごろんとレジャーシートへ倒れると、ライトブルーの髪が降り注ぎ、顔を覗き込まれる。
「もう帰るの? これからが極大の時間なのに」
「!?」
飛び起きるとそこには遠く離れているはずの恋人が立っているではないか。まるでさっきの願いがお星さんに届いたかのように。
「……ほっぺつねってくれん?」
「は?」
「ええから、はよ」
何を言っているんだと訝しがりつつ、うちのお願いを聞き入れ容赦なくつねられる頬。
ぎゅむ
「……いっ……たいわっ!そこまで本気でつねらんでもええやろ!?」
「チリさんが言ってきたんじゃん。まるで人のこと亡霊かのように見てるし、目を覚まさしてあげただけだよ」
「それは!急にこないなとこにグルーシャがいたら誰やって驚くわ!」
「急にって失礼だな。ちゃんとメール送ったよ」
「なんて? うちんとこにはなんも届いてへんけど」
「ちょっと見せて」
グルーシャからのメールを見落とすはずはないが、すいすいとロトムをいじると一通のメールを見せられる。それは先ほどまで自分も見ていたあのメールだ。
「ほらあった。ここに書いてある」
「どこやねん。これは時間が有ったらジムの屋上に見に行く、いう意味やろ?」
「……違うし。時間が合ったらここに見に行くって意味だったんだけど」
「はぁぁぁぁ!?なんでわざわざここに見に来たん!?ナッペ山の方が空は綺麗やし星もたくさん見えるやろ」
「それはそうかもしれないけど。でもあそこにはないものがここにはあるから」
彼の首に回っていたマフラーが自分のものへと優しく巻き付けられる。
「ぼくはチリさんと流星群が見たかったから。昔みたいに一緒に見れたらと思ったんだ」
彼の温もりと優しさがじんわりと身体を巡っていく。グルーシャの香りがするマフラーを口元まで上げて口元を隠す。
「なんや、おんなじこと思っとったんやな……」
「何か言った?」
「んーん、何でもあらへん!うちもグルーシャと流星群見たかったん!お星さんに感謝せんとな」
お星さん? とクエスチョンマークを浮かべたグルーシャをレジャーシートへ引っ張り、一緒に倒れ込む。
「チリちゃんの特等席にようこそ!」
呆気にとられながらも、穏やかに微笑んだグルーシャに半分マフラーを返すと二人で巻き直す。
グルーシャとの距離は無くなり、いつの間にか夜空は満天の星と数多の雫が降り注いでいた。
──銀漢 天の川の別称
1/1ページ