童顔だけどぼくの方が年上だから!
ある休日の昼下がり。ポケモン達を近くの河川敷で遊ばせてからの帰り道、本日の晩酌セットを買いにふらりとコンビニへ立ち寄る。ぼくはもちろん三歳年下の彼女も酒は弱くなく、二人で晩酌をすることは楽しみな日課となっている。適当に酒とつまみをカゴへと放り込みレジへと運ぶと店員からの言葉に心を閉ざす。
「年齢確認にご協力ください。身分証をお持ちですか?」
「ぶふっ!」
隣で噴き出す声が聞こえ、ただでさえ苛ついた心を逆撫でされる。コンビニで酒を買おうものなら呼び止められずに買えた試しがない。
どうせ年齢を聞かれることは今までの経験上分かっているし、酒と一緒に身分証を提示すればスムーズに買えることは想像はついている。しかしそれは男としてのプライドが邪魔をして自分に出来るはずもなく。はぁ、とひとつ重たいため息をついてからコートのポケットからジムリーダーライセンスを取り出してレジのカウンターに出すと、途端に「失礼しましたっ!」と態度を改められるのも日常茶飯事の光景だ。
それもこれもこの顔が年相応に見えない、つまりは童顔だからなのは分かっている。童顔なんて好きでなったわけでもないし、何一つメリットなんてないと思うのだが。そんなことを口に出そうものなら、未だ笑いをこらえている隣の彼女に「あっ?それはうちへの当てつけなんか?」とドスの聞いた声で因縁をつけられるので黙っておくに越したことはない。
彼女曰く、童顔はお得なことが多い、いつまでも若く見えて羨ましいと、フォローなんだか貶されているんだかよく分からない言葉で慰められもしたが。チリからそう言われても全く嬉しくない。
商品が店員の手を通過していると、ぼくから離れて酒コーナーへと戻っていく彼女。
「うちのお酒、あんたより一本少なかったわ。ちょお、待っといて。急いで一本選んでくるわ」
運良くレジの後ろには誰も並んでいないので店員も「焦らずどうぞ~」と言っているのをいいことに、こちらも買い忘れた小さな箱を手に取りレジを通してもらうと身分証の入っているポケットへと素早くしまう。チリも慌てて洋梨味のカクテルをカウンターに滑り込ませてきた。
「お兄さん、これも追加で頼んますわ!」
「はい!年齢確認は……大丈夫そう、ですね」
ぼくの連れだと分かっているから年齢確認が不要だと思ったのか、それとも彼女は実年齢より幾分年上に見られがちだからそう思ったのか。 チリは年相応以上に見られ、自分は未成年に思われてしまう現実。つくづくこの顔が嫌になる。
会計を終え、店員から缶の入った袋を受け取るとそこそこの重量を感じる。「うちも持つで?」と言ってくる彼女をやんわりと制し、コンビニを出ると冷たい冬の風が容赦なく身体へと吹きつける。
「さっぶ!ちょお背中貸して」
言うや否や身体を縮こませて、ぼくの背中を風避けに歩き出す。
「なんで背中?普通こっちだろ」
袋を持っていない右腕にチリの両腕を絡ませ、掌はコートのポケットへと突っ込む。
「うわぁ、カップルみたいことしとるやん」
「みたいじゃなくて正真正銘カップルです」
そりゃそうやけど……と何故かしおらしく照れている。まるで付き合いたてのカップルじゃあるまいし、こんなことで照れるのか。これよりもっと恥ずかしいことを色々してきているのに。
「こういうのは照れるんだ。チリ、可愛い」
「あんたサムイねん……」
ぽろりと本音を溢すと、照れを誤魔化そうとぼくの口癖を引用して肩でどつかれる。幸せな痛みを肩に感じると同時に焦りも押し寄せて来る。このままチリは初々しさに加え、更なる妖艶さを身に纏い大人の女性として花開いていくのか。その時に自分が彼女の隣で円熟した大人の男になれているのか不安が過る。無意識にポケットの中でチリの小さな掌を力を込めて握っていた。
しばらくそのまま家路を進み、近道するため公園の中を突っ切る。すると絡めた腕がくいと引っ張られるとその先のベンチへ促される。
「チリ?」
「ちょっと座っていかへん?」
もう家まではあと少しなのにわざわざ寒空の下、休憩したいのか? 彼女からのお願いに異を唱えるつもりは毛頭ないので、ベンチへと二人で腰掛けるが。
「袋貸してみ?」
催促するように手を出されたのでコンビニ袋を渡すと、先ほど最後に付け加えた洋梨のカクテルを取り出し蓋を開けだした。ぼくのビールをずいと手渡され、缶を傾けて一方的に乾杯をするとごくごくと勢いよく飲みだしてしまったではないか。いくら同年代の女性達より酒に強いとは言え、流石に心配になる。
「ちょっ!そんな飲み方したら酔いが回るだろ。せめてなにか胃に入れてから……」
酒と一緒に買ったつまみを渡そうとすると、その手を取られ彼女の細い腕の中へと閉じ込められる。
「またしょーもないこと考えとんのやろ。年なんていっくら願っても変えられんのやから堂々としとき」
「……なんで分かった?」
「分かるわ!どんだけの付き合いやと思ってんねん。あんたの思てることぐらいチリちゃんにはお見通しや」
僕を離すまいと背中に回された手に、年上のプライドなんて忘れ彼女の温かさにすがってしまう。
「あんたはなぁ、甘え下手なうちのことをさりげなく甘えさせてくれるし、色んなとこ行って沢山の人と関わってきたから見識もうちよりずっと広い。喧嘩してもなんだかんだ折れてくれるのはいっつもグルーシャの方やんか。普段は言えへんけど、あんたのこと頼りにしとんで?」
ああ、だから酒の力を借りようと一気飲みなんていつもはしない飲み方をしたのか。疑問に合点がいくと、小さく付け加えられる声。
「それにうちしか知らん寝起きの声とか男らしい顔も大人っぽくてかっこええと思っとるよ……」
彼女の腕の中から顔を出すと、チリの頬が染まって見えるのは酒のせいだけではないだろう。じんわりと彼女の言葉が心へと沁みて、幸せを噛み締めている無言のぼくに痺れを切らしたのか、少々お怒りの声が掛けられる。
「こら、なんとか言いなはれ。こっちは恥ずいの我慢して言っとんのになに黙っとんの」
「ごめんごめん。チリに愛されてるなって実感してただけだよ。……ありがとう」
微笑んで伝えるとぼんっと効果音が聞こえてくるかのように真っ赤になってしまった。
「あ、愛って……!? そこまで言うてへんやろ!」
「あっそう。無自覚? それはそれでいいけど」
他の誰でもないチリからの言葉に自信を取り戻し、今度は自分がチリを早く甘やかしてやりたい気持ちに駆られる。
「さ、帰ろう。早くあったまらないと風邪引く」
立ち上がって手を差し出すと一回りも小さい掌がおずおずと重ねられるが、酔いが回ってしまったのか立った際にふらつく細い身体。
「わわっ!」
「おっと」
背中と腰をがっしりと支えると潤んだ瞳で見上げられ、こちらの理性が音を立ててがたつく。
「たった一本でこんなになって……」
「グルーシャの前でだけやもん」
信頼されているのか甘えてくれているのか。
さりげなく煽ってくる彼女に年上の余裕を見せつけてやらないと、やられっぱなしは性に合わない。
「ほらちゃんと掴まって。今日はお兄さんに全部任せなさい」
今度は左腕に先ほどと同じように腕を絡ませ、再び掌をポケットに突っ込む。
「全部ってなにを~?いつも甘えさせてもろてるやんかぁ」
これはいよいよ酔いが回り始めたようだ。珍しく呂律も回らなくなってきている。
「食事も着替えも風呂も全部やってあげるよ」
「それはちいっとイヤやなぁ。甘えさせるいうか赤ちゃん扱いやんか。チリちゃん、そこまで酔っ払ってないわぁ!」
酔っている人間は自分は酔っていないと豪語するが。まさに今のチリはそれに当てはまるだろう。それにいい言葉を聞かせてもらった。
「赤ちゃんね……じゃあもっと酔っていいから、ぼくに将来の練習をさせてもらおうか」
「れんしゅう……?」
一体なんの、と不思議がっているチリをよそにポケットの中で絡めた指を奥にある小さな箱に押し当てる。その形状と今までの会話からこれが何かを察したのだろう。慌ててポケットから手を引き抜こうとしたのでそうはさせじと力を込め直して握る。
「今日はこれを使わずにしてみようか。年上の本気、見せてやるよ」
チリの顔がさーっと青ざめたのを見届けると、こちらは意気揚々と歩き出す。
──うちはもう、すぐそこだ。
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