夢占い
「グルーシャの馬鹿っ!」
昨夜の行為で未だ疲れて眠ったままの彼女より先に起きる。朝食の支度を終わらせ、そろそろ起こそうと寝室のドアを開けると盛大な声で怒鳴り付けられた。……そう、寝言で。
いつもは「あほ」と言うのに(それがコガネ人流らしい)『馬鹿』と強調しているということはよっぽどの夢を見ているんだろう。
どんな夢を見ているのやら。あどけなさが残る可愛い寝顔を覗き込むと、むにゃむにゃと口を動かし何かを食べているような動きをしている。
しかし、打って変わって眉間に皺を寄せ苦しそうな表情になる。
「あかんって!殴らんといてやっ!……痛っ!」
「!?」
夢の中のぼくはあろうことか君に手を上げるような最低な男だとでも言うのか。昨夜のお楽しみで少々歯形を残してしまったり、白い肌に紅い華をたくさん咲かせてしまった自覚はあるが。誓って彼女に手を上げるような真似は一度だってしたことがない。 これはまずいと細い身体を揺らして起こす。
「大丈夫!? 起きて!チリさん……っ!」
「ふぁぁぁぁ……あれ、ぐるーしゃやんか。おはようさん……。そんな怖い顔してどないしたん?」
呆気にとられるほど普通なお目覚めに拍子抜けする。腕を頭の上で伸ばし、大きなあくびをしながらまだ視点の定まらないとろんとした瞳を向けられる。先ほどまでの苦悶な表情でぼくを罵り、暴力から逃れようとしていた彼女はどこにもいない。いつもの朝の弱いチリさんだ。
「怖い夢見てたんじゃないの?」
「怖い……ああ!言われてみればそんなんだったような? あんましはっきりとは覚えてへんけど。もしかしてチリちゃんなんか言うとった?」
はっきりと覚えていないなら良かったが、それにしてもどうにも気になる。夢の中の自分は一体何をしでかしたんだ。彼女の深層心理でなにか悩みでも有るのではないかと気が気でない。朝食の前に聞いておかないとどんどん記憶は薄れていくだろう。折角作ったフレンチトーストが冷めるのは勿体ないが、こちらの方がよっぽど優先事項だ。
「うなされてたんだ。それもぼくがなんかやらかしたみたいで。馬鹿って言ってた」
「えっ!馬鹿言うてた!?そらよっぽどのこっちゃな。えーとえーと……そや!ポピーから貰った高級桃缶をグルーシャが一人で食べてもうて、なんでチリちゃんにも一口とっといてくれんかったん!?って怒鳴ったような気がするわ」
「も、桃缶……?」
なんだそれは。缶詰めを一人占めするような心の狭い男と思われていたとは。彼女の言葉に肩を落とすと立て続けにジャブが打ち込まれていく。
「あとハッサクさんからお中元で貰ったメロンもグルーシャの方が二切れ多くて、そこは均等に分けっこしようや!ってツッコんでたなぁ」
「………………」
「そうそう!アオキさんが淹れてくれたレモンティーを間違えてグルーシャがうちの分も飲んでもうたん。むしょーにレモンティー飲みたかったんに、目の前でぐびぐび飲まれてぶちギレたわ」
(一体僕のことなんだと思ってるんだ)
ポケモン勝負ならとっくの昔に瀕死状態であってもおかしくないほどに叩きのめされる。チリさんの中のぼくはとんだ果物好きではないか。勿論嫌いではないが、彼女から奪い取るほど好きなわけでもないのに。
「なんか、ごめん。いや、謝るべきなのか分からないけどその節は夢の中のぼくが大変失礼をしたみたいで……」
「いややわぁ、夢ん中の話やんか!なんで本物のグルーシャが謝っとんの」
けらけらと笑っている姿を見て、とりあえずはほっとしたが。もう一つの夢はまだ解明されていない。
「他の夢は?ほら、ぼくが殴ろうとしてた、とか……」
「…………それは……ええんちゃう。別におもろくもなんともないし」
途端に笑顔が消え声の覇気もなくなってしまった。これは大問題だ。このまま有耶無耶にして二人の関係にヒビでも入ったら取り返しのつかないことになる。どうにかして聞き出さないと。
「ごめん!ぼくがチリさんにそんなに恐怖心を与えていたなんて知らなかった。昨日の夜もやりすぎたんだったら謝る。もうそんな怖がらせるような抱き方はしないし、今後も暴力は振るわないから。だからぼくのことを怖がらないでほしい」
肩を掴んで自分なりに懇切丁寧に真摯に伝えたつもりだが、言われた当の本人はきょとんとしているではないか。
「ぐ、グルーシャ?なんか勘違いしてるみたいやけどちゃうって。チリちゃんなんでか、会うたこともない
(お見合い?スノボ?)
いくら夢だからと言っても支離滅裂過ぎやしないか?彼女もそう思っているらしく「変な夢やろ?せやから言いたなかったんや……」と呟いている。
「じゃあぼくがチリさんに向かって殴ろうとしてたんじゃないんだね?」
「んなわけないやん。まぁ、グルーシャを取り抑えようとして振りほどかれた時に尻餅はついたけど」
「そっか……なんだ、良かった……」
力が抜けると彼女の隣へぼすんとベッドへ突っ伏す。
「なにやらご心配お掛けしてしもたみたいで。せや、夢占いでどんな意味か調べてみよか!そしたら安心するんちゃう?」
「絶対良くないだろ、それ……」
ここまで悪いことが重なっているんだ。深層心理ではきっと色々と思うことがあるのかもしれないのに、それを今この精神状態で聞かされるのは正直辛い。
こちらの気持ちなんか知ってか知らずか、善は急げとばかりにロトムで検索しだしている。
「ええっと、なになに果物の夢は…………っっ!」
すぐに検索がヒットしたのだろう。一人で先に結果を見ているとたちまち頬を赤らめてロトムを凝視したまま固まってしまったではないか。さすがのぼくも気になりロトムをかっさらうと、固まっていたチリさんが一瞬反応に遅れロトムを奪い返そうと揉み合いになる。
「ちょっ!返してぇや!あんた別に興味ないやろ!これはチリちゃんの問題やねん!」
「それはそうだけど、でも全部ぼくが絡んでるんだからこっちだって知る権利あるだろ?」
揉み合いの末、二人でベッドに倒れ込む。片手でチリさんを腕の中へと閉じ込め、足も使って彼女の身体を挟み込み動きを封じる。残った右手でロトムを操ると。
【モモ・甘くとろけるようなロマンチックな恋愛の予感。結婚も秒読み!?】
【メロン・ムラムラしちゃって熱い夜を過ごしちゃうかも!?】
【レモン・夢に見たら疲れがたまってるのかも】
思っていたこととは真逆な内容に彼女の乙女心を垣間見てしまったようで、こちらも面映ゆい。
「……チリさん」
「うっ……あんたのせいやんか。昨日もやけに甘ったるぅて、ねちっこかったからそれが頭ん中に残ってたんとちゃう?」
「それは……そうかもしれないけど」
確かに昨夜の自分を省みると何度も果てている彼女を揺り起こしては、ぼくが満足するまで付き合わせてしまった節はあるが。
「じゃあ、もう一つの夢も?」
気になって調べて始めると、チリさんも気になるのかもぞもぞと腕の拘束から這い出し、二人で液晶を覗き込む。
【スノボ・運気上昇。人が滑っている夢は誘惑される予感】
【縁談・破談になる夢は運命の恋を手にするでしょう】
【ケンカ・激しければ激しいほど幸運度アップ。特に異性に殴られたら恋愛運アップ!】
「チリさんってどんだけぼくのこと好きなの……?」
深層心理もなにもあったもんじゃない。さすがの自分でもここまで熱烈に想われていたら不安どころか、確信をもって彼女に好かれていると胸を張って言える。
「よっ、よくもそんな自信満々に言えるなぁ!いつもうじうじしとるくせに!」
「でもそんなぼくが好きなんでしょ?誤魔化すの下手だね」
「グルーシャのいけず!もう夢占いなんか知らんから!!」
チリの叫びが静かな朝の部屋に木霊すると、窓の外にいたムックル達が驚いて飛び立っていった──。
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