会議室での秘め事
ナッペジムの会議室に於いて、ジムトレーナーに対しリーグでの決定事項を淡々と、それでいて理解しやすい言い回しで説明しているのは周囲には秘密の関係の恋人。
本来なら最前列で彼女の一挙手一投足を観察したいところだが、生憎ジムリーダーという模範となるべき立場なのでそうはいってられず、長机が並んだ最後尾で彼女の言葉を頭へと入れていく。
「ではこれで今回の視察・報告は以上になります。各々研鑽に励むように、解散」
威厳のある凛とした声で会議を締め括る。普段の親しみやすいコガネ弁も、明るく溌剌とした声色も抑えた四天王の一人として部下を率いる《女傑》という呼称がしっくり来るだろう。勿論この彼女も好きな部分の一部だが、ぼくしか知らないあのチリに早く会いたい。
薄暗かった部屋に照明が点くと、ぞろぞろとトレーナー達がレジュメを片手に会議室を出ていく。残されたのは資料の片付けをしているチリと未だ座ったままの自分だけ。
音を立てて椅子を引き、つかつかと彼女の元へと歩み寄ると机の正面へ腰掛ける。眼鏡を掛けたままの瞳に見上げられ本日ようやく二人きりの時間がやってきた。
「ねぇ……キスしよう」
こちらの突然の発言にも驚く素振りは一切見せず、ゆっくりと眼鏡を外すと深紅の瞳がこちらを真っ直ぐに見つめる。
「ええで。どこにしてほしいん?」
「……なんでそんな偉そうなのさ。口に決まってるだろ」
言うや否や、口角を少し上げて小悪魔のように微笑むと襟を掴まれ引き寄せられると唇が合わさる。こちらも彼女の頭を抱えこみ口づけを贈る。
扉を挟んだ廊下からはトレーナーの声とポケモンの鳴き声が聞こえている。いつこの部屋に入ってきてもおかしくない状況に、ぼくだけでなくチリも興奮しているようだ。
しばらくキスを交わし合い、名残惜しむかのように身体を離すと彼女の唇に綺麗に塗られていた口紅が崩れ、それがまた扇情的で喉を鳴らしてしまう。
「えらい別嬪さんやで、グルーシャ君?」
「誰がなんだって」
己の唇に細い指がなぞられ、彼女の唇と同じ色がそこについている。艶めいた行動はありがたいが男扱いされていないのは面白くない。その手を取り身体を反転させ机を越えると、チリを散らばった書類の上へと縫いつける。
「あんたが一番綺麗だよ」
「そら、おおきに。一番後ろからずっと熱っぽい目ぇで見られとったから、チリちゃん身体火照ってしもて辛いわ」
「知ってる。何度も髪を耳に掛けてたね。お誘いありがとう」
秘めた関係であるからこそ、時にどうしようもなく互いを欲してしまう時がある。その時に二人にしか分からない仕草で合図を送る。周りからしたら見落としてしまうごく普通な振る舞いも、ぼくらにとっては媚薬にも匹敵するほどの威力だ。
「……なぁ、鍵……掛けてきてや」
「…………ちっ」
もう一ミリだって離れたくないのに、彼女の言う通りこの部屋の出入り口に鍵を掛けないことにはこの先の行為は続けられるはずもなく。小さく舌打ちをしてからブラウスのボタンを上から二つ目まで外し、覗いた鎖骨に紅い華を咲かせてから身体を離す。
ガチャン、と鍵の締まる無機質な音が部屋に響く。照明のパネルを後ろ手に操作し、チリがいるところにだけ暖色灯を点けたままにしておく。まるでスポットライトを浴びているかのように彼女の細い身体が暗い部屋で浮き上がっている。
長い足を組んで机に腰掛け、乱れた襟を整えながらぼくを待っている。彼女の温もりが残る椅子にこちらが座って相対するとチリから見下ろされる。
「なんかこの灯り、ラブホみたいやな」
「聞き捨てならないな。いつどこで誰と行ったんだよ」
「そない怖い顔せんの。あくまでイメージの話やんか」
そう言って机から降りると、ぼくの膝に股がって首へと腕を回される。二人分の重みで椅子がギシッと鳴る。
「そうじゃなかったらどうにかしてたよ」
「おお、こわっ。……なぁ。もしそうやったらチリちゃんどうされてまうとこやったの」
「試してみる?」
「気にはなるけど、それはここやない方がええんちゃう?……今は優しくシてほしいねん」
最後の言葉は耳元で囁かれ、甘く耳朶を食まれる。《優しく》それは無理なお願いだろう。ここまで煽られて、はいそうですねと言うことを聞くほど従順な男ではない。肯定も否定も口には出さずチリを抱き抱え直す。
「振り落とされるなよ」
二人の秘め事が密やかに、そして熱情的に幕を開けた。
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