お題 青いままの紅葉



(……暑い)

直射日光は雲のお陰で降り注いでいないものの、じめじめと湿度の高い蒸し暑さが蝉の鳴き声と相まって身体に纏わりつくようだ。

盆地にあるこの地は三方を山で囲まれ、暖められた熱が山の稜線を辿ってすり鉢状の底に溜まる。そのため夏は暑く冬は寒い、と隣にいるチリさんも扇子とやらを片手に説明してくれているが。

正直意識が朦朧としてちゃんと理解できているかは自信がない。それでも彼女の言葉を一言一句聞き逃すまいと、ホテルでアルクジラに凍らせたペットボトルを首に当てて涼をとる。

ここ古の都・エンジュシティに旅行に来て二日目。初日の昨日は生憎の雨で遠出は出来ず、ホテルから近い寺社仏閣を訪ねて回ったが。今日はようやく雨も上がり、チリさんがどうしてもぼくを連れていきたいと言っていた青もみじの名所に向かっている。

エンジュシティは暑い暑いと散々忠告をされていたが、まさかここまでとは。そもそも暑さに耐性の低いぼくがチリさんの言う暑さの基準に耐えられるわけがなかったのだ。いつもはサムいと言ってぼやいているあの山をこんなにも恋しく思うだなんて。

「もう少しやで。この階段上がったらすぐやからな」
「うん……」

先を行く彼女に励まされながら、なんとか寺の敷地内に入ると心無しか涼しさを感じる。苔むす庭園を過ぎると見えてきたのは彩度の異なる翠の世界。まるでチリさんの色のように視界を埋め尽くす。

「すごい……」
「せやろー!まだまだこないなもんやないで? こっからはチリちゃんが引っ張ったるさかい、目ぇ瞑って着いてきてや」

靴を脱いで寺の中に入ると言われるがまま瞳を閉じ、両の掌をぎゅうっと握られると「こっちこっち」と赤子が歩き始めた時のように連れていかれる。しばらくすると足が止まり、小さい掌の温もりが離れていった。

「さ、着いたで。目開けてみ」

ゆっくりと目を開くと、そこには絵画にも劣らない圧巻の青もみじが。百八十度遮るもののない翠の景色は、鏡面のように磨かれた机にまるで水面のように映し出されている。

「綺麗だ……」

声を出すことすらこの静謐な場所には無遠慮なような気がするが、自然と口から零れてしまう。

「凄いやろ。うちも初めて見た時なんも言えんで呆然と立ち尽くしとったわ。グルーシャが暑いの苦手なんは知っとったけど、どうしてもここだけは見てほしかったん」

彼女もまたこの景色に魅せられ真っ直ぐに青もみじを見つめている。その横顔は凛とし、辺りの色と同調して美しいのにどこか儚い。

風が一筋吹くと、マラカイトグリーンの髪を靡かせているチリさんがそのままこの景色に飲み込まれてしまいそうで。前髪を押さえている腕を思わず掴むと驚いたように見つめられる。

「どないしたん」
「いや……なんでもない」

なに馬鹿なことを考えているんだ。彼女がぼくから離れていくなんてそんなことはもうあり得ないのに。

チリさんの左手には、おととい永遠の愛を誓った指輪が輝いている。

「ここな、パルデア行こうって決意したうちにとって思い出の場所やねん」

揃いの指輪が嵌められた僕の右手を取って話し出す。

「パルデアに発つ時な、自分もポケモン達も知らん土地でやっていけるんか、って柄にもなく不安になってもうて。そん時にここの景色見たら、なんや自分の不安なんてちっぽけやんって思えた。烏滸がましいけど、うちの色みたいやからなんか応援されてる気がしてな。せやからパルデア行く背中押してくれたんがこの青もみじやってん」
「そうだったんだ。……ありがとう。チリさんの大事な思い出にぼくを入れてくれて」
「水くさい言い方せんの。これからグルーシャといっぱいおんなじ思い出作ってくんやから覚悟しぃや」

感謝しないといけない。この場所が無かったら彼女はパルデアに来ることもなく、ぼくらが出会うことはなかったのかもしれないのだから。

こつんと額を合わせ二人の間にある指輪を見ながら誓う。

「そうだね。またここに来よう。……今度は家族も一緒に」
「……っっ!そやね。その日が楽しみやな」

二人の間に青もみじが一片ひとひら舞い落ちてきた。



青もみじの花言葉
美しい変化
調和
大切な思い出


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