瞳の中のオーロラ



四天王の皆さんをここナッペ山でなぜ接待しているかと言うと。パルデアの四天王は随分と仲がよろしいようで視察、なんて表向きは言っているが実際はポピーへのスケート教室が開かれていた。ひとしきり遊び滑ったところで一時ジムに戻ってきている四人をもてなす。と言っても今、休憩室にいるのはチリさんのみなのだが。

「なぁなぁ、グルーシャはオーロラって見たことあんのぉ?」

お茶を運ぶぼくに向かって、お行儀悪くパイプ椅子を揺りかごのように揺らしながら問い掛けてくる。また突然の疑問だな。

「オーロラ? あるよ」
「ほんま!? ええなぁ、チリちゃん見たことないから死ぬ前にいっぺんは見ときたいなぁ思てて」

スノーボードの大会はオーロラベルトの国で開催されることも多かったし、遠征でその国に滞在する時間も長くなれば自然と見られるチャンスは少なくなかった。

「どんな感じなん、本物のオーロラって」

休憩室のラックから取り出したオーロラ特集の雑誌を机に伏せ、興味津々と言った様子でぼくの答えを待っている。

「どんなと言われても……。綺麗で神秘的としか言えないよ」

あの神秘的な美しさを表現できるほど自分は語彙力が豊かでは無いし、そもそも言葉なんかで言い表せるほど陳腐なものでもない。結局は自分の目で見るのが一番なのだ。この答えでは納得いかない様子のチリさんにお茶を差し出すとむんずと頬を両手で挟まれる。

「ちょっとあんたの目ぇ……見せてみ?」

じっと瞳を見つめられ、彼女のルビーのような紅眼に自分の驚いた顔が映りこむ。目を反らすことを許さないかのように凝視されているため、こちらも同じように見つめ返す。

「思った通り、めっちゃ綺麗やん!わざわざオーロラ見に行かんでも、グルーシャの眼ぇ覗けば見れたも同然やな!」
「いや、全然違うでしょ。何をするかと思えばこういうことは……」
「もちっと見せて。独特の綺麗さやなぁ」

まだ続くのか、この地獄のような忍耐の時間が。



その頃、部屋の前では残りの四天王メンバーがいつ入室したらいいのか扉の隙間から伺っていた。

「ねぇねぇ、おじちゃん。ポピー何も見えないのです。チリちゃんとグルーシャさん、お顔くっつけてませんでした?」
「そ、そそそんなことないですとも!ね、アオキ。なんにもないですよね!?」
「……はぁ、良いんじゃないですか、別に。恋愛は当人達の自由でしょう。それより部屋の中のケータリングを食べに行きたいのですが」
「何を言ってるんですか!!二人の邪魔をするとでも言うんですか!?青春ですぞぉぉぉ!!」
(……聞こえてるよ、全部。あの人たちあれで隠れてるつもりなの?)

とんだ誤解をされてるみたいなので瞳を閉じ、チリさんと距離を取る。まだ見たりないのか不満げな表情をされたが、こちらももう限界だ。
扉へつかつかと歩み寄り、思いきり開けるとバランスを崩してこちらへと雪崩れ込んでくる上司の皆さん。

「ありゃ、三人とも随分時間掛かっとりましたねぇ。トイレ混んどりました?」
「いーえ!ハッサクおじちゃんがチリちゃんとグルーシャさんを二人きりにしようって言っていたのでお外に行ってました。たくさんお話出来ましたか?」
「これ、ポピー!それは言わなくて良いんですぞっ!」
「なんでグルーシャと二人きりにされる必要あんねん。別に皆も居てわいわい話したらええやないの。変なハッサクさん」

ハッサクさんの気遣いもチリさんには全く通じていないようで、はてなマークを浮かべている。ハッサクさんがこちらをチラリと見て申し訳無さそうにしているが、正直お節介が過ぎますってば。別に今はどうこうなりたいだなんて思ってないんで、まだ。
ぼくたちを尻目に、他には目もくれずケータリングが並ぶテーブルへと一直線に向かうアオキさん。この人も相変わらずぶれないな。個性が強すぎる四天王の顔ぶれに頭が痛くなる感覚を覚える。

「何を誤解されているか知りませんけど、今のはチリさんがオーロラ見たいって駄々こねてただけです」
「オーロラってあのお空のカーテンみたいな光のことですか?」
「うん。よく知ってるね」

身振り手振りでオーロラを表現しようとしているポピーの背に合わせるように、屈んで頭を撫でてあげる。

「しかしオーロラとさっきの行動は一体なんの関係が?」
「瞳にある虹彩がオーロラに見えたんじゃないですか?光に当たるとゆらめくところなんか特に」
「さっすがグルーシャやな!説明の手間省けたで。よぉチリちゃんのこと分かっとるやんか!」

褒められてるんだか子分のように思われてるんだかよく分からない雑な言葉で労われる。ポピーとぼくを囲うようにハッサクさんとチリさんが突っ立っているが、なかなかの威圧感だ。これが慣れっこの光景なポピーはにこにこと二人を見上げている。流石歴代最年少で四天王に選ばれた天才だ。肝が座っているなんてものではない。

「グルーシャさんグルーシャさん。ポピーもオーロラ見てみたいです。お目目見てもいいですか?」

くいくい、と服を引っ張られなんとも可愛らしいお願いを耳元でされる。この純粋な可愛らしさには、確かに周りの大人達も骨抜きにされてここまでスケート遊びをさせに来るわけだ。

「いいよ。綺麗かどうかは知らないけど」

ポピーの正面に向き直って虹彩が見えやすいよう、前髪をかきあげて顔を近づけてやると突如視界が真っ暗になる。

「はい、おしまーい。ポピーちゃん、そろそろお帰りの時間やで。親御さん心配させてまうからこのお兄ちゃんにお礼言って帰ろか」
「……ちょっと何も見えないんだけど」
「あらま、チリちゃん!グルーシャさんびっくりしてますよ。大丈夫ですか?」
「平気平気。こんくらいでビビりませんよなぁ、ナッペのジムリーダーはん?」

さっきまでの友好的な態度とは打って変わって棘のある物言いで煽ってくるチリさんにこちらもカチンとくる。目を覆っている掌を掴んで立ち上がる。

「なに急に機嫌悪くなってるのさ。八つ当たりなら他所でしてくれる?」
「んなっ!?八つ当たりなんかしてへんわ!いたいけな幼女にあんたの顔面は刺激が強いから隠したったのに、なにその言い種!」
「はぁ?僕の顔のどこが刺激が強いっていうのさ?それを言うならあんたの顔の方が、道行く人を軒並み惚れさせては泣かせてる危険な顔だろ」
「なにそれ!うちのどこがそないなクズ人間の顔なんよ。こう見えてチリちゃんは惚れた相手に一途な性格ですぅー」

──惚れた相手に一途

薄々感じてはいたがやはりそういう相手がいるのか。

「あぁそう。じゃあこんな辺境の地で遊んでないでとっとと都会に戻ればいいでしょ。そのお相手も今頃あんたに会いたいって思ってるんじゃないの」
「…………こんのドアホッ!ポピー!とっとと帰るで!こないなとこ居たら、このあんちゃんのように人の心が分からん冷たい人間になってまう!」

「あのっ、今日はありがとうございました!」と律儀にお礼を言っているポピーの手を取ると、チリさんはお構い無しにずんずんと出口へ進んでいく。ぼくの前を通る時にちらりと見えた目尻の光るものは見間違いだろうか。久しぶりに会えた彼女の最後の表情は怒りと悔しさでいっぱいのものだった。

「やれやれ、チリはああなると話を聞かなくなりますからねぇ。後で小生からも言っておきますから、貴方は気にしなくていいですぞ」
「いえ別になんとも思ってないんで。お気遣いすみません」

二人が出ていった扉に背を向け、茶器の片付けをしようと振り返ると先ほどまでケータリングを一人堪能していたアオキさんがおにぎりを片手に立っていて思わず面食らう。

(この人、気配無さすぎる。まるで忍者だな)
「……どうして今日我々がここに来たと思いますか?」

会話の少ないアオキさんから今更過ぎる質問を投げ掛けられ、四人がジムに来た時の言葉をそのままお返しする。

「視察ついでにポピーさんにスケートを教えに来たんですよね?」
「ええ、それは間違ってはいません。でもスケートを教えるだけならテーブルシティにも施設はありますし、この山に登らずとも麓のフリッジタウンで幾らでも練習は出来ます。それなのにわざわざナッペ山を選んだのは他でもない彼女です」

『なんやポピー、スケートやってみたいんか?それなら絶対ナッペ山で練習した方がええって! あそこには氷のエキスパートのグルーシャもおるし、あっちゅう間にスケート上手うまなるで! どや? ポピーもナッペ山行きたなってきたやろ?』

アオキさんからチリさんがどうしてこの場所を選んだかの経緯を話されるがまだ信じられない。

「……だってそんなの一言も言ってなかった」
「チリは天の邪鬼ですからねぇ。好意があっても素直に出せず、悪態をついて気を引くことしか出来ないんですよ。見た目に反してまだまだおぼこい娘なんです」

諭すようにハッサクさんの手が肩に置かれる。そうとも知らず心にも無い酷い言葉をぶつけてしまった。急いで彼女を追いに走り出す。すると相変わらず響く声が背中へと掛けられる。

「うちの長女を頼みましたぞぉぉーー!!なんて甘酸っぱい青春んんんーーー!!」

振り返らずに右手だけを挙げてその声に応える。チリさんを捕まえたらなんて言ってやろう。天の邪鬼で変なところで鈍い彼女には開口一番ストレートに気持ちを伝えてみようか。どんな反応をするのか今から楽しみでならない。

ポピーと手を繋いで、いつもの自信に満ちた背中とは違い猫背気味にとぼとぼ歩いている緑髪を見つけると腕を取って遠慮も無しに言ってやる。

「チリさん!ぼくはあんたのことが……っ!」


◇◇◇


「あの二人うまくいきましたかねぇ」
「なるようになるんじゃないかと……」

グルーシャが片付けそびれた茶器を拝借して一服している残された男性陣。

「それにしてもアオキ、あなたさっきからずっと食べてるじゃないですか!それで太らないんですから羨ましい限りですな!」
「このナッペ山饅頭、なかなかに美味しいです。ここでしか食べれないなら今のうちにいただいておかないと」

もそもそと、豪快ではあるがどこか品を感じさせる食べ方でテーブルに用意されたケータリングを食べ尽くしていくアオキ。この男も大概変わった性格であるし、ハッサク自身も一般人とは生まれも育ちも普通とは掛け離れている自覚は多少ある。そこにあのチリとポピーがいるのだ。てんでバラバラな寄せ集めの四天王ではあるが、それでも仲間を大事に思う気持ちは強いのだと信じたい。
そしてチリとグルーシャ。前途有望な若者に明るい未来が待っていることを祈ろうではないか。

「そう言えばハッサクさん。さっきチリさんのことを『長女』と言っていましたが、まさか自分も何かに例えられていないですよね?」
「おや、何かと思えばそんなこと。アオキ、あなたはパルデア一家の大黒柱・父です!ちなみに長女はチリ、次女はポピー、小生はおじいちゃんで皆を見守っております!」

アカデミーでの講義を彷彿するかのように、解説を交えながら力説するハッサク。
アオキは背中に冷たいものが流れるのを感じた。チリの年齢で長女なら自分は兄でいいのでは?と思ったが、そんなことより確認せねばならないことがある。

「自分が父なら、まさか母は……」
「委員長に決まっているでしょう。あなた達もお似合いですからね!」

はっはっは!と高笑いしているハッサクと、喉に饅頭を詰まらせそうになり咳き込むアオキがいた。

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