雨降りウテナ

雨降りウテナと不思議な森(1/6)





★はじめに★

・この小説は、主人公のウテナが腐向け記念日漫画「攻防で今日は何の日ショートコント(完結)」に6月限定レギュラーで登場するにあたり制作したものです。

・漫画と小説、どちらか片方だけお読みになってもそれぞれの進行に問題はありません。

・記念日漫画は腐向けですが、この小説は腐向けではありません。

では、小説をお楽しみください。






「森へ行ってほしいのよ」

使用人、小間使い、従者など呼び方は様々あるだろうが、彼女、トワイライト夫人にとって亡き友人から預かった少年・ウテナはそのどれでもなく、ただ金髪碧眼の麗しい少年の今を惜しんで着せ替え人形にしたり、用事があれば使いに出したり、時には我が子のように将来を案じたり、時代と権力者によって評価が変わってゆく絵画のようなものだった。
ただ一つだけ変わらないのは、ウテナにものを言う時の気安さである。

「森?」

床に膝をついて紅茶を差し出すウテナの挙動は恭しいが、紅茶の味は保証できない。誰にも教わっていないし、ここで働き始めた時から淹れ方などテキトーだったからだ。
ただ夫人は文句を言ったことは一度もなく、それが奇跡的に美味しくできているからなのか、彼女が紅茶の味に興味を示さないからなのかはわからない。
ウテナ自身もそれを疑問に思ったり、どうにかしようと思ったことは無かったから、相手を型にはまった立場として捉えていないのはウテナも同じであった。

「樹液か果物採りなら着替えなきゃいけませんよ。僕は夫人みたいに舞踏会みたいな服であちこち歩きまわれませんからね」

ウテナにしてみれば夫人の服の好みは熱帯の鳥や毒のある植物が如く派手でけばけばしい。ウテナの外出着などを選ぶのは夫人で、そこに夫人の好みがあまり反映されないのはまだ救いであるが、活発な15の少年に窮屈であるのは間違いなかった。
雨の中、幼女との“かけっこ”で良い勝負を演じたのは苦い思い出である。

「そのままでいいって訳じゃないけど、めかし込む必要は無いわ。でも果物採りよりも大変かもしれないわね、もしかすると。だいたい、森に行けるかどうかすらわからないわ」

「今行けって言ったじゃないですか」

「行ってほしいって言ったのよ。行けるかどうかは関係ないわ」

ティーカップで顔を半分隠した夫人はウテナから視線を逸らし、とぼけた口調で言った。

「屁理屈!」

むっとしたウテナをトワイライト夫人は面白そうに片手で制す。無論、ウテナも本気で怒ったわけではないし、主人に反論できるのも特殊なことなのだと理解している。
だからと言って、からかわれるのが好きだという訳ではない。

「その森がこの世にあることは間違いないのよ。ただ、入れないのよね。特にヒトは」

心のどこかで覚悟していた流れが見えてきてうんざりする。
呪いのチャーム事件や喋る帽子を目にしてきたのであるから今さら魔法だか異世界だか言われても驚きはしないが、もしも本当にそんな単語が出て来たときには絶叫でオウム返ししない自信が無い。

「魔法で出来てる森だから」

「まほう!!」

「その森に知り合いの魔女がいるんだけど」

「まじょ!!」

トワイライト夫人の豪奢で毒々しいファッションがいかにも魔女っぽいために、知り合いに魔女がいると言われても何の疑問も持たないだろうと思ったことはあった。そればかりか夫人本人も魔女なのではないかとさえ思い、半ば本気で検証しようとしたことさえあるのに、今のウテナは完全なる懐疑派だ。

夫人はウテナの疑いの目を知りながら特に弁明をせず、森行きが決定事項であるかのように語り始めた。事実、トワイライト夫人の言葉は“お願い”の体をとっていても断ることはできない。

「彼女の名はアンブル。遠い昔に人間らから迫害を受け、逃げ込んだ森を現実世界から隔離して閉じこもってしまったの」

アンブルは動物たちを話し相手としたが、森を覆う空間は歪み、内からも外からも出入り不可能なトロンプ・ルイユと化した。
しかしどこかには抜け道があり、これまでトワイライト夫人は何度かアンブルに届け物をしているらしい。今回も何かを届けたいようだが既定の道は事情があって今は使えず(そもそもウテナは教えてもらえないという)、どうやら今は別の道を使う必要があるようだ。

「夫人がその“別の道”ってやつで行かれたらいいじゃないですか」

「昔は私もその方法で行けたのよ。若かったからね。子供の方がいいの」

「僕は子供じゃない」

「相対的にという意味よ」

もちろんむくれるウテナは子供そのものであった。
夫人は一瞬嬉しそうに微笑むと、説明を続ける。

「アンブルの森はこの世の物だけれど、この世とは時間の流れも自然の法則も違うわ。そして魔法の力に満ちていて外界の影響を受けない。けれど森が色んな場所に繋がっているという説はアンブルの森も例外じゃないわ。不思議な力を持つもの同士は引き寄せあうこともあるのよ」

「は、はあ。それから?」

「森にある不思議な力は人間も持っているの。それは眠っている時に視る夢よ。特に子供ね。夢は森と同じ。人間が夢を介してアンブルの森に迷い込むという話ならいくつか例があるわ」

「それじゃ、今から寝るんですか? これから着替えるのに?」

「出かけるという意思は大事よ。具体的に準備することで行き先をイメージして魂をその場所へ連れて行くの」



――――そうして、ウテナは寝ることになった。



ポケットに届け物が入った小さな巾着を入れ、フル装備で自室のベッドに横たわる。
寝るという動作は意識してみると大変で、外出用の服を着ているのもあって落ち着かない。
しかし薬を飲めば熟睡してしまって夢を視られないし、かといってうたたねでは意味が無いのだ。
眠れたからといってアンブルの森に一発で行けるとは思えないし…。

眠りに落ちるのを待つ間、ウテナはトワイライト夫人の話を思い返していた。

『アンブルは人間に虐められた過去によって、人間が森に入ってくるのをすごく恐れているの。アンブルの森の動物たちも、アンブルを虐めた人間を嫌っているわ。アンブルの森に入った人間は、運が悪いと戻ってこられなくなる。…この意味わかるわね?』

『もしも動物に襲われたらこう言うの。絶対に忘れてはだめよ……』


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雨降りウテナと不思議な森(2/6) [2404] へつづく


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