雨降りウテナ

ラプトリアル




「腹が減ったぞー……」

「黙れよリウ、店はすぐそこだ」

 トワイライト夫人の遣いで出掛けている少年が、小声で“リウ”をいさめた。

 砂埃の舞う寂びた街中で少年の高貴な身なりは人目を引くので、お喋りリウの発言には充分な注意が必要だった。

「でも今から行く店は洋服店だろ?俺は今凄く腹が」

「しっ……僕が変な奴だと思われたらどうするのさ」

「大丈夫さ、ウテナはマトモだ。なあ、ウテナ」

「………」

「ウテ……もが!」

「しばらくそうしてな」

 ウテナはリウの口に、髪飾りの赤茶色いサテンリボンを押し込んだ。
 もう店の前だ。

「いらっしゃいませ……ああ、トワイライト夫人の遣いの方ですね。少々お待ちください」

 店員は店の奥へと入っていった。
 待っている間に店内を物色しようと歩きまわっていると、なんだかずっと、誰かの視線に追い回されているような感じがして、硝子の外を見たが誰も居ない。

 そして元の位置に目を向けようとする途中、何かと目が合った。

「……あ」

 トルソーが不思議そうにウテナの頭上を凝視していた。
 すると、トルソーの方からウテナに語り掛けてきた。

「あ、こんにちは。あの、それ」

「え?」

「珍しいハットですね」

「あ!」

 まずい。
 この飾りを身に付けているとき、その言葉は禁句だ!

 ウテナが何か行動をおこす前に、頭上の飾りが“ぺっ”と赤茶色のサテンリボンを吐き出し、

「誰がハトだ! 俺ぁ猛禽類だ!」

「リウッ」

 馬鹿っ! とウテナは心の中で叫んでいた。

「え? ごめんなさい、そういうつもりじゃ……ただ格好いいなって思って」

「ん……なんだ、正直じゃないか。それに俺を格好いいとは目が高いぞ」

「おいおいおい! あんた、なんとも思わないの!? この変な、いで!」

 突然リウの太い嘴で頭をつつかれ、ウテナは涙を堪える。

「っ……! あ、あんたも変わってるなあ」

「外の世界では普通じゃないんですか?」

「普通のハットは喋んないよ。こいつは特べ」

「だからハトではないと」

「ああもうわかってるようるさいなあ!」

「ははっ、なんか楽しいですね」

 トルソーはにこにこと笑っていた。

 虚ろで耽美な表情の似合うトルソーが笑うと余計に美しさが増して、ウテナもリウも見惚れてしまい、次の瞬間にはもう一緒に笑っていた。

「僕はウテナ。こいつはハ……ごほん、猛禽類のリウっていうんだ」

「ウテナにリウだね。僕は」

「お客様、商品のご用意が整いましてございます!……おや、声が三人分聞こえたように思いましたが」

 リウはすぐにぴたりと動きを止め、トルソーはぶんぶんと首を横に振る。

「お客さんと僕のふたりだけだよ」

「そうですか。ではお客様、商品のご確認をお願いします」

「あ、はい」






「名前、聞きそびれたな」

 ウテナの溜息に、ハットの振りを続けるリウが、視線だけ下によこした。

「なんだ、行きは話しかけるなと言っておいて。また来ればいいだけの話だろう」

「うん、そうだな」

「それより、俺が言ったこと覚えてるか」

「え? なに」

「腹減ったって話だよこのチビ!」

「……」

「なんか食いに行こうぜ、帰るまで待てねえ」

「そうだな、じゃ、鳥でも食べに行くか。持ち込みの食材料理してくれるトコ」

「な……なに!?」

 すぐさまリウは頭から外され、両手でがっちりホールドされた。
 どこへともなく視線をそらし、そして胸の上に抱えたハットに戻ったいたずらっぽい瞳が、にたりとゆがむ。

「さあてどこにしようか、希望はあるか?」

「ちょ、ま、まさか本気じゃないだろ」

「本気に決まってるだろ、帰るまで待てないよ。あ、あそこ、持ち込みの食材大丈夫みたいだな」

「おい、おい、やめろ、やめろおおおお!ウテナああああぁぁぁ~!!」




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