戯作
トルソー
トルソーの少年はとても浮かない顔をしている。
普段はあまりトルソーに話し掛けない店員も思わず、どうかしたのですか、と訊いてしまうほどだった。
少し待ってみてもトルソーは不機嫌の理由を明かそうとしなかったので、店員は静かな声でなだめながら再度告白を促し、トルソーは一度俯いてからようやく小さな口を開く。
「外に……」
トルソーは途中で諦めたように言葉を切り、店員とあわせていた黒い瞳をまた床へと向けた。
店員はその様子を物珍しげに見届けてから、笑みを湛える。
トルソーの言いたいことは分かっているので、余計な口出しはしなかった。
「外の世界など、所詮は羽衣が穢れるだけの暗い檻ですよ。何故いまさらそのようなことを」
「何でもない」
「本当に?」
「何でもないったら。あっちに行って」
怒ったように、落胆したように、悲しむように、トルソーは店員を店の奥へと追いやる。
店員は外の世界について、悪い情報しかトルソーに教えようとしない。
人々は嘘を吐くし、人が人を傷付ける。
歩けば埃が付きまとい、止まれば徒党に襲われる。
でも、店に飾るつんけんした薔薇は外から摘み取って来るし、時折迷い込んでくる弱々しい舞の蝶々は再び外に戻ろうとしている。
往来の声は真剣だし怒っているし泣いているし笑っている。
外で一生暮らしたいとは言わない。
ただ気になるだけ。
足が、足さえあれば。
この足が木の棒で出来た不安定な一本足などでなければ、店員を突き飛ばし、自分の両足でどこへでも走って行けるのに。
トルソーはせわしなく動く床の黒い点を凝視していた。
この小さな迷い蟻でさえ、僕などよりも遥かに自由だ。
迷うこともできないトルソーは、意味もなくこの蟻をひたすら憎たらしく感じていた。