戯作

花と文




屑籠の中には、中途半端なところまで書きつづられた、文章の山があった。
一枚一枚には同じ文句が書かれており、また、一枚一枚の文章は、皆違うポイントで途切れている。
そして、一番最後の文字はどれも、書き損じであった。
もう何度同じ文句を書き続けたのか、屑籠に放り込んだと思った便箋があふれ、こぼれ落ちたのを視界の隅に認めると、今度こそ少女フレーズは溜息を吐きだし、机にペンをなげうった。

「インクがなくなるのと便箋が尽きるの、どちらが先かしら」

窓の外は穏やかな風が木々を撫でていた。






エーアトベーレンは少女フレーズの憧れで、少女フレーズはいつもエーアトベーレンを横目で見ていた。

というのも、少年少女の世界では誰かが誰かを好きだなんてことは大変なスキャンダルで、たとえそれが純粋で、本気の恋であっても好奇の目にさらされるのである。
むしろ、本気であればあるほど、同世代の彼らや彼女らは喜んで、不躾につついてくる。
もちろん少女フレーズ自身にしてみても、他人の恋愛事情は気になるものであったし、そんな彼らや彼女らに賛同こそしなかったが、咎めもしなかった。

だが、いざ自分があの目たちの中心に放り出されるとなると、それはまさしく死活問題である。
自分が羞恥の念にかられるだけでなく、二度と訪れないかもしれない恋のチャンスさえ、失うこともある。

少女フレーズは、エーアトベーレンへの気持ちを、決して、誰にも話さなかった。
両親にも、親友にさえも秘密にし、友人とふざけるエーアトベーレンを、表面上は冷ややかな目で見てやったこともあった。

しかしこのたびは、その秘密を打ち明けると心に決めた。
ほかでもない、エーアトベーレン本人にである。

口頭ではうまく伝える自信がない。
詩を書くのは大好きであったから、手紙にしようとペンを取った。




“私はいままであなたには冷たい態度やそっけない言葉をかけてしまっていました。
それはあなたのことが嫌いだからではなく、あなたのことが好きなのを、だれにも悟られないようにするためでした。
でも、ひとりだけ、あなたにだけは知ってほしいと思っていました。
ぶっきらぼうだけど心のやさしいところとか、決してあきらめないところとか、悪いことは悪いと言ってしまえる潔さとか、ほかにも素敵な所がたくさんあって、そのすべてが私にはまぶしいほどです。
私たちはもうすぐ、この学校を去らねばなりません。そうすると、あなたともお別れしなければならないような気がして、とても悲しく思います……”




「やだ、またまちがえちゃった……」

「ああ、もう」

そんな風にぶつぶつと言いながら、しかし書き直しを重ね、恋文はゆっくりと完成に近づいた。
何度も何度も読み返し、ようやく納得のいったころ、便箋と同じデザインの封筒に、それは収まった。











誰もが悲しみや喜びの入り混じった涙を流しているさなか、少女フレーズはもはやそれどころではなかった。
エーアトベーレンが自分を待っているからである。
ああ、でも、呼び出した場所に、ちゃんと来てくれているだろうか。
もしかして、エーアトベーレンが友達にしゃべってしまって、ひやかしが来ているのではないだろうか。
手紙を取り上げられて、朗読でもされようものなら、もう生きてはいけない。

エーアトベーレンを見つけると、少女フレーズは念入りに周囲を見回し、だれもこちらを覗いていないことを確認する。

思わず両手で包んだ封筒を胸に重ねると、それはまるで、鼓動とともにじかに心を注ぎ込んでいるかのようだった。

「大丈夫よ、少女フレーズ。さあ、心まで立ち上がって」







エーアトベーレンの瞳がこちらを向いた時、やわらかな風は二人を見ないようにと目を閉じて、真綿の掌で少女フレーズの背を押し、花たちも頬を染めながら、それに倣った。


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【第1回チャリティーグループ展 in 銀工房ZEPPELIN(2012.3.11~18)】出品作
※作品は売り切れました


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