戯作
お金のララバイ
お金を沢山持っている人は魅力的である。
お金を大切に思う人はもっと魅力的である。
俺は渇いていた。
缶ジュース一本買えない所持金たちと共に、ふらふらと町をさまよい歩いていた。
こんな時普通の人間ならば、ジャラジャラうるさいだけの小銭など道端に投げ捨てたい気持ちにもなるかもしれない。
だが俺には、所有者の役に立てずにすすり泣く小銭たちの悲嘆がひしひしと感じられる。
俺の方こそすまない……。
あと少し持ち合わせがあれば、お前たちを旅立たせることができるのに。
……最早喉の渇きが限界だ。
「……ん!?」
道端に何かが倒れている。
近付いて見ると、渋い光沢を放つそれは……。
「せっ、千円札! ど…どうしてこんなところに! 大丈夫か!?しっかりしろ!」
俺は急いで千円札を抱き上げた。
あちこちが複雑に折れ曲がり、かなりの重傷に見える。
一体いままでどんな扱いを受けてきたというのだろうか。
「う……誰だ……」
「通りすがりの者だ。酷い傷だ……早く交番に届けなくては」
辺りを見回して交番を探したが、近くにはありそうにない。
「ま、待ってくれ……!」
「喋るな! 傷に障るだろう」
「お前、喉が渇いているな」
「今はそんなことを言っている場合じゃ……」
「俺を使え……」
「なっ……!」
俺は耳を疑った。
こんな……こんなにボロボロに傷ついた千円札を、無理やり自動販売機にねじ込んで喉を潤せというのか!
そんなこと、そんなこと…!
「馬鹿やろう! 主人を失った上に弱ったお前を使うなんて、できる訳がないだろう! 諦めるんじゃない!」
「諦める? フッ、諦めてなどいない。俺は希望を見つけただけさ。お前という希望をな」
「しかし……」
俺は今にも涙をこぼしそうになるのを必死でこらえた。
いや、すでに号泣していたのかもしれない。
風になびく千円札の体に、透明の雫が跳ねたのが目に映る。
「しかし、出会ったばかりのお前にそんな酷いことはできない」
俯く俺に、呆れた様子で千円札は応えた。
「なにを言ってるんだ、よく考えてくれ。金はな、使われるためにあるんだ。雨にうたれたり人に踏まれたりするためにあるんじゃない。金がたくさんの人間の手を渡り、この町を形作ってゆく。今やっと俺にも、その循環の一部になれるチャンスがやってきたんだ。今お前がやるべきことは、交番に俺を届けることじゃない。そんなことをしても俺は嬉しくないぜ……さあ、自動販売機を探しに行くんだ」
「ッ……千円札……!」
千円札を握り締めると、すでにくしゃくしゃの彼は、音も無く小さくなった。
今日も俺は渇いていた。
缶ジュース一本買えない所持金たちと共に、ふらふらと町をさまよい歩いていた。
ちゃらちゃらとすすり泣く小銭たち…だがひとりぼっちの俺には、お前たちの存在が少し心強いぜ……。
おいおい、もう泣き止んだのか?
現金なヤツらだぜ、まったく。