戯作
群青の天使
深い深い森の奥、動物と天使と妖精の楽園に、生まれてから一度も涙を流したことのない、美しい群青の天使が在りました。
天使は可憐な花達を見ても、鳥達の煌びやかな歌声を聴いても、妖精達の陽気な踊りを見ても、何ひとつ表情を変えることはありませんでした。
ある日その森に、ひとりの若者がやって来ました。
「誰か、群青の天使をご存知ありませんか」
若者の母親は病気でした。
それはどんな名医にも治せない不治の病でしたが、群青の羽根を持った天使の最初の涙があればどんな病でも治せると聞き、人間にとっては危険なこの森に足を踏み入れたのです。
暗い森の中を歩き続けた若者はやがて、池の畔にひとりでうずくまる群青の天使を見つけました。
「ああ、よかった。あの話は嘘ではなかった。私の話を聞いてください。私の母は病気におかされていて、それを治せるのはあなたの涙だけなのです。どうか私にあなたの涙をお分けください」
若者は必死に訴えました。
しかし群青の天使は何も言わず、その目は開いているのにまるで何も見ていないようでした。
若者は益々焦って言いました。
「あなたが生まれてから一度も涙を流したことがないということは知っています。私にはあなたの心をふるわせるような感動的な歌声も麗しい見目もありません。ですがどうかお願いします。不治の母を哀れに思って泣いてください」
天使は若者の言っていることが理解出来ないかのように、俯いて黙ってしまいました。
若者はその様子を見て絶望のあまり、とうとう声をあげて泣き出しました。
「どうかこの通りです。後生です。あなたの涙が無いと母は死んでしまいます。私の涙などでは意味が無いのです」
天使は若者の顔をじっと見つめていました。
すると天使の瞳の岸辺からはひとつの雫が零れ落ち、りんと音を奏でて足元の葉の上で跳ねました。
「これが、涙なの」
群青色の翼が闇に震え、天使は今まで見聞きした全てのものに心を打たれました。
天使は、自分が生まれてから一度も涙を流したことが無い事実を知った時、初めて大粒の涙を零し、声をあげて泣いたのです。
その後、群青の天使の涙を手に入れた若者は母親を助け、群青の天使は森の妖精や動物達といつまでも笑いながら暮らしました。