戯作
洋服店の休日
洋服店の扉に掛けられた札を中から見ると「開」と書かれている。店の表から見ると「閉」と書かれているということだ。
元々この洋服店は不定休で、開く時間も閉まる時間も疎らの上、一日に何度も開いたり閉まったりと、かなり気紛れである。
洋服店の看板であるトルソーは、店員が厚いカーテンを閉めて外界と店内とを遮断する様を見届けた。光は人工の灯りだけとなり、ワントーン暗くなっただけで店内はガラリと雰囲気を変える。
「今日はお店、開けないの?」
トルソーが尋ねると、店員は短くやわらかな手つきで、カーテンを何度か払ったあとに答えた。
「ええ、商品の制作と店の模様替えをするので」
「模様替え? どこを?」
「棚を増やします。ここと……ここに」
優しい指先が分かり易く、ゆっくりと白い壁に触れる。
「何を置くの?」
「これから作るハットやヘッドドレスです。あなたにも新作を身に付けてもらいますよ」
「うん」
店員は洋服から小物、店内の備品に至るまで全て自分で造ってしまう。
繊細なレースや豊かなフリルをあしらった明るい色合いの愛らしい洋服、攻撃的で棘のあるボンデージ、ゴシックで気品に満ちたコルセットスカート。
店内にある洋服や小物は、全て店員の自作だ。
その殆どは一点物で、値段は決して安くはないが、ある程度のリピーターがついている。
店員の新作を誰よりも先に身に纏うことが出来るトルソーは、店員をとても誇らしく思っていた。
「すごいな、何でも自分ですぐにつくっちゃう。神様みたい」
商品へと生まれ変わる布が、カウンターの上へと寝かせられる。
まるで寝台に横たわる、初々しい少女のようだった。
「神様?」
「僕にとっては神様だよ」
「私は人間ですよ。私が何でも造ることが本当にすごいのだとしたら、神様だからではなくただの人間だからです。神様はもっとすごいですよ」
「なんで?」
「人間は何かを壊さずには創造が出来ないでしょう。服を縫うのに布を切り、棚を造るために木を伐る。全くの無から物を造ることが出来るのが神様の創造主と呼ばれるゆえんです。神様のことを“絶対無”とも言いますね」
「へえ、詳しいね」
「全ての創造者の大先輩ですから」
「あら、新作ね」
「どうぞお手に取ってご覧ください」
「やはりあなたが作ったの?流石ね」
「恐縮です」
「この棚もあなたが?」
「ええ、恥ずかしながら」
「まあ、なんてこと。普通の人間なのにすごいわ!」