戯作
旅人と少女と詭弁
「旅の理由? 自分探しかな。カッコつける訳じゃないけどさ」
少女は疑問に思った。
「君もいつか本当の自分を探したいって思う時が来るよ。答えが見つかるかどうかは誰にも分からないけどね」
そして疑問は哀れみへと変化した。
「貴男の答えは見つかったの?」
「見つからないさ」
「見つけたいと思う?」
「そりゃあね」
少女はたすき掛けにした兎形のポシェットに手を入れ、そこから銀色のコンパクトを取り出した。
「綺麗だね」
「あげるわ」
「いいのかい?」
「だって貴男が可哀想だもの」
「どうして?」
「すでに見えているものを探しているからよ」
少女はコンパクトを開き、蓋の裏の鏡に付いた白粉を愛らしく拭き取ると、旅人に向けた。
覗き込んだ旅人の胸元に、太陽の反射光が滑る。
「これがどうかしたのかい?」
「貴男という存在は貴男の中以外の何処にもいないわ。外国に行ったって新しいことを始めたって、そこに居る貴男こそ、貴男がして来た全ての行いの因果なの。だから自分探しなんて言って歩き回る間は自分を見つけることなんてできないわよ。立ち止まって鏡を見れば自分はそこに居るもの」
ほら、と言って銀色のコンパクトを手渡される。
呆気にとられて少女を見ると、少女はさも善いことをしたという温容で、にこにこと笑んでいた。
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