龍
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資格学校で、工場で、職業安定所で、サバイバーで、関わる女性と二人きりになると、必ずナマエから電話がかかってくる。
サバイバーでえりと話していると、いつもは何もないのに、今日は電話があった。えりに一言断って、表に出て電話を取る。
「ナマエ、今日こそ、何か用があるんだろうな?」
「ええ。嫌な予感がしたんです」
「無視してくれよ、その予感……」
「再三言いますが……春日さんに万が一のことがあれば、うちのメンツにも傷が」
「万が一なんてねぇから」
「ねぇことはねぇでしょう……」
「いつもいつも、女の子と喋ってるだけなんだよ」
「今日はどこの女の子なんです?」
「会社の子だけど」
「最近は部下に手を出すとセクハラやパワハラと言われますから、気をつけてください」
「え?」
「ましてや社長の立場であれば、企業イメージを損なう大問題ですよ。やっぱり、俺の電話のタイミングは間違いではなかったようですね。よく心に刻んでください。では、失礼します」
一方的に電話が切れた。春日の自覚ではそんな雰囲気ではなかったように思うが、タイミングのせいで、その警告が頭から離れなかった。
それから数日後、サバイバーの二階で紗栄子と二人きりになった。電話は無視した。すると、着信音が切れた直後に、誰かが部屋のドアを叩いた。
「どうぞ」
「こんにちは」
入室を促すと、平然とした顔のナマエがドアを開けて入ってきた。
「ナマエ!? お前、どこで電話してんだよ。もしかして、今日こそマジか?」
「電話、無視したんですね」
ナマエは来訪の理由をぼやかしたが、紗栄子は機会を譲って部屋を出ていった。
「どうしたんだ?」
「さあ? 電話に出られないから、俺のほうこそマジかと思いましたが、いまのところ無事のようですね」
「それじゃあ、今日も納得できる理由はねぇってことか? もういい加減にしてくれぇ! 思えばいっつも、なんか良い雰囲気かもなって感じのときばっかり! 盗聴でもしてんのか!?」
「していませんよ。勘です、勘」
「で、その勘は当たったのか? 今日はわざわざここまで来て!」
「俺は勘の鋭さで若頭補佐をやっていますからね……俺が来たことで、何か回避できたこともあるでしょう」
「もし何かあっても、自力でなんとかするって! というか、むしろ、回避しねぇほうがいいことな気がするんだよ! お前が代わりに、俺のこの孤独な心を温めてくれるってのか!?」
「はい」
「え?」
「温めますよ」
ナマエはすんと澄ました顔のままで言う。間髪入れぬ返答にそれなりの覚悟を感じた。
「お、お前……そうか、最初っから組のためだって言ってたよな。タイミングがあまりに悪いから、意趣返しの建前かと思ってたけどよ」
「心外ですね……ですが、それでもつきあってくださっていたんですか」
ナマエはスーツの前を開けて、春日の正面に腰を据えた。寛いで話し合いに臨む態度が見える。いつも背筋を伸ばして淡々と喋るナマエがそうするだけで、春日を受け入れようと示している感じがする。
ナマエは畳に片手をついて、春日に顔を寄せた。
「な、なんだ? 近いな」
「温めますから」
「えっ……ええ!? 待てって、心の話だ!」
「手っ取り早いでしょうが」
今の仲間にはいない元同業で、組のために真っ直ぐなのもわかったことだし、これから友人になれそうな気がしていた温かな思いを裏切られた。
「外に出てから、触れられたことはあるんですか?」
ナマエが春日の太腿に手を置く。春日は口ごもった。否定して突っぱねることを躊躇う程度の自覚がある。
「やっぱり、同業の俺でなきゃダメなんですから」
「でもよ……こんなことして、ダチでいられるか?」
「嬉しいですよ。その言葉だけで、俺は春日さんのダチだと自信を持って言えますから。その上でこうしてもいいし、それとこれとは別と捉えてもいいんです。俺たちだけの関係を探していきましょう」
ナマエの手が太腿を撫でる。
春日を思いやる優しい声音だった。間近で見る表情も穏やかな微笑を浮かべていて、思わずナマエに縋りたくなる。そういえば、電話越しでもナマエはこんな声音で話していたかもしれない。そのときも、こんな顔をしていたのだろうか。余計な世話をして楽しんでいるのかと思っていたが、本当に春日を慮っていたのかと認める気になった。
「ナマエ……」
「はい」
そっと口を重ねた。ナマエの唇の柔らかさ、触れ合う薄い舌の感触に、躊躇いは消えていった。
サバイバーでえりと話していると、いつもは何もないのに、今日は電話があった。えりに一言断って、表に出て電話を取る。
「ナマエ、今日こそ、何か用があるんだろうな?」
「ええ。嫌な予感がしたんです」
「無視してくれよ、その予感……」
「再三言いますが……春日さんに万が一のことがあれば、うちのメンツにも傷が」
「万が一なんてねぇから」
「ねぇことはねぇでしょう……」
「いつもいつも、女の子と喋ってるだけなんだよ」
「今日はどこの女の子なんです?」
「会社の子だけど」
「最近は部下に手を出すとセクハラやパワハラと言われますから、気をつけてください」
「え?」
「ましてや社長の立場であれば、企業イメージを損なう大問題ですよ。やっぱり、俺の電話のタイミングは間違いではなかったようですね。よく心に刻んでください。では、失礼します」
一方的に電話が切れた。春日の自覚ではそんな雰囲気ではなかったように思うが、タイミングのせいで、その警告が頭から離れなかった。
それから数日後、サバイバーの二階で紗栄子と二人きりになった。電話は無視した。すると、着信音が切れた直後に、誰かが部屋のドアを叩いた。
「どうぞ」
「こんにちは」
入室を促すと、平然とした顔のナマエがドアを開けて入ってきた。
「ナマエ!? お前、どこで電話してんだよ。もしかして、今日こそマジか?」
「電話、無視したんですね」
ナマエは来訪の理由をぼやかしたが、紗栄子は機会を譲って部屋を出ていった。
「どうしたんだ?」
「さあ? 電話に出られないから、俺のほうこそマジかと思いましたが、いまのところ無事のようですね」
「それじゃあ、今日も納得できる理由はねぇってことか? もういい加減にしてくれぇ! 思えばいっつも、なんか良い雰囲気かもなって感じのときばっかり! 盗聴でもしてんのか!?」
「していませんよ。勘です、勘」
「で、その勘は当たったのか? 今日はわざわざここまで来て!」
「俺は勘の鋭さで若頭補佐をやっていますからね……俺が来たことで、何か回避できたこともあるでしょう」
「もし何かあっても、自力でなんとかするって! というか、むしろ、回避しねぇほうがいいことな気がするんだよ! お前が代わりに、俺のこの孤独な心を温めてくれるってのか!?」
「はい」
「え?」
「温めますよ」
ナマエはすんと澄ました顔のままで言う。間髪入れぬ返答にそれなりの覚悟を感じた。
「お、お前……そうか、最初っから組のためだって言ってたよな。タイミングがあまりに悪いから、意趣返しの建前かと思ってたけどよ」
「心外ですね……ですが、それでもつきあってくださっていたんですか」
ナマエはスーツの前を開けて、春日の正面に腰を据えた。寛いで話し合いに臨む態度が見える。いつも背筋を伸ばして淡々と喋るナマエがそうするだけで、春日を受け入れようと示している感じがする。
ナマエは畳に片手をついて、春日に顔を寄せた。
「な、なんだ? 近いな」
「温めますから」
「えっ……ええ!? 待てって、心の話だ!」
「手っ取り早いでしょうが」
今の仲間にはいない元同業で、組のために真っ直ぐなのもわかったことだし、これから友人になれそうな気がしていた温かな思いを裏切られた。
「外に出てから、触れられたことはあるんですか?」
ナマエが春日の太腿に手を置く。春日は口ごもった。否定して突っぱねることを躊躇う程度の自覚がある。
「やっぱり、同業の俺でなきゃダメなんですから」
「でもよ……こんなことして、ダチでいられるか?」
「嬉しいですよ。その言葉だけで、俺は春日さんのダチだと自信を持って言えますから。その上でこうしてもいいし、それとこれとは別と捉えてもいいんです。俺たちだけの関係を探していきましょう」
ナマエの手が太腿を撫でる。
春日を思いやる優しい声音だった。間近で見る表情も穏やかな微笑を浮かべていて、思わずナマエに縋りたくなる。そういえば、電話越しでもナマエはこんな声音で話していたかもしれない。そのときも、こんな顔をしていたのだろうか。余計な世話をして楽しんでいるのかと思っていたが、本当に春日を慮っていたのかと認める気になった。
「ナマエ……」
「はい」
そっと口を重ねた。ナマエの唇の柔らかさ、触れ合う薄い舌の感触に、躊躇いは消えていった。
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