二章 コランバインのバラード【前半】
オレの目の前で、白石と櫻井が何か話している。
その話が一段落したのか、櫻井が振り向いた。
「空くん、ここの二階にある渡り廊下の先には行ってみた?」
「いや、まだだよ。櫻井たちは?」
そう聞くと、櫻井はニコッと笑って、
「私は昨日、行ったよっ!ね、舞琴さんっ!」
白石は櫻井の方を見て、頷いた。
「うん、櫻井さんと一緒に行ったんだ。でも細かいとこまで見てないし……」
二人は今行ける場所に、既に足を踏み入れていたようだ。
オレに付き合わせてしまい、申し訳なく感じた。
「でもまあ、運動施設みたいだったから……。そんなに重要ではないと思うけど。大原くんが行ってないなら、そこ行こう」
そうして、二階へ向かった。
白石が言うには、渡り廊下の先の校舎は二階建てらしい。いつも寮から第二校舎への道中で見かける、あの何も変哲もない建物がそれか。伊織が亡くなった後、捜査をしていた時はそこの入り口は鍵がかかっていたとのことだ。
「一つの事件が終わるとエリアが広がる……。もっと調べられるようになるってことかな」
「ゲームで言う『クリア特典』みたいで悪趣味だよねっ!モノゴンとかいうの、許せないよっ!」
櫻井は自分の手を強く握りしめた。いつもより顔が険しい。
「黒幕のための娯楽なのか……。こんな生活が」
そんな現実から目を背けるように、下を向く。そこには少しひびの入った床があるだけだった。
項垂れていると肩をぽん、と叩かれる。顔を上げると心配そうな顔をした櫻井がいた。
「とにかく今はできることをしなきゃ。ここから出るためにこうやって探索しているんでしょっ?」
彼女の言葉に、ついさっきのローゼンの言葉を思い出す。
—私たちは生きてここから脱出しなくては—
下を向いてくよくよしていても、何も進展しない。
「ああ、櫻井の言うとおりだな。でも今は、混乱していて自分がどうすればいいのかも……」
そう言いかけて、口を閉じた。
オレはこんなにも弱気になっているというのに、櫻井やローゼン、他のみんなもここから出ようと考えて行動している。河西だってそうだから、オレたちに洗脳の話をしたんだ。
「そうだ、出るために頑張ろう!これから行くとこにきっと重要な何かがあると信じて!」
「その意気、その意気っ!」
「……」
櫻井が励ましてくれ、横で白石が一笑した。
みんな個性が強くてとっつきにくいと思っていた。でも、この二人のように他人のことを気に掛ける人もいて。先入観の恐ろしさを実感した。
「こんな状況だからこそ、明るくいこうよ!希望を信じて!」
「希望か……。信じるものは救われるみたいな?」
今の俺たちに全く似合わない言葉だ。
でも何も信じないよりはずっと良い。
「大原くん、クリスチャンだったんだ?……希望か。今の私たちには必要な言葉かもね」
「いや、クリスチャンじゃないけどさ。まあ、イエスのところを希望に変えれば!」
慌てて弁解すると、二人は笑った。
「なるほど、そういうのもありだねっ!キリスト教を参考にする……みたいな感じかな?」
「……出口さんがそれ聞いたら何て言うかな」
そんな話をしていたら、すぐに渡り廊下の前に着いてしまった。
手前には大きなガラスの扉がある。
「さて、着いたよっ!いざ、進め!」
櫻井の掛け声を聞いて、扉の取っ手に触れる。