このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

二章 コランバインのバラード【前半】



「来たばかりの大原のために、今まで俺ちゃんたちが何を話してたか教えちゃうぜ!」
と、四津谷が笑いながら言う。正直重要な話をしているようには見えない。

彼の発言に、百鬼が付け足して、
「ええと、河西さんの今朝の発言について皆で話していたんです」

その言葉に近くにいた鑑が頷く。

「洗脳とおっしゃっていましたが、私はこの学園に入る前と今を比べても自分の考え方等が変わったようには思えません」

その言葉に、ローゼンがハッとして、
「魁磨の言うとおりですわ。洗脳なんてされていたら、以前と違う思考を持っていたり違う行動をとりそうなものです。ですが、魁磨にそういった様子は見れませんもの」

ローゼンはこの学園に来る前から鑑のことを知っている。鑑を近くでずっと見ていた彼女の言うことは、確かだろう。

「それにいきなり洗脳されちょるっち言われても……困るけん。わたしがシェリアさんに伝えた想いは本心ばい」

「ええ、雨祈さんのその感情は嘘などには思えませんわ。きっと出会った状況が違っても私たちは恋仲になっていたはずです」
と、ローゼンは出口に微笑む。

「ひゅー!ロマンティック~!」

「弥音君……。今茶々入れるのは間違いだと思うよ」
と、百鬼が注意する。
四津谷、良い雰囲気を邪魔するのは良くないと思うぞ……。百鬼が止めてくれただけマシだが。

洗脳なんて聞き覚えのない単語だ。
どういうものなのか、自分は具体的に知っているわけではない。しかし、それは個人の思想、思考などを変えさせてしまうということくらいはわかる。
それはかなりの変化だ。人の思考なんてものは易々と変わるはずがない。もしいきなり考えが変わったなら、周りは違和感を覚えるだろう。

「でもまあ、仮に洗脳されているにしても問題なくない?櫻子の話が本当なら、悪い思い込みをさせられてるわけじゃないんだろ?悪い状況になってもストレス感じにくいってことだしいいじゃんか!」
と四津谷が場に合わない明るい声で話してきた。

それに、架束は小さくため息をついてボソッと、
「……楽観的に捉えすぎてない?洗脳されていない人もいるらしいし。洗脳が続けば油断ができやすいわけで……問題はあるよ」

架束の言葉に百鬼が反応する。一瞬眉をひそめたように見えたが、すぐにいつもの表情に戻っていた。

「架束さんは、河西さんが言っていたこと信じてるんですか?私は、申し訳ないですけど彼女が嘘ついてるんじゃないかって思うんです」

「うん……、実際この学園に連れてこられたとき、動揺したり怖がっている人はあまりいなかった」

あの時自分もそうだったが、挨拶したとき、全員落ち着いていた。

「で、百鬼はなんで河西が嘘ついてると思うんだ?」

オレは河西の発言を完全に信用しているわけではないが、一理あるとも思う。
オレの質問に百鬼は、
「洗脳を数人にかけるなんて大それたこと、普通の人間ができるわけないですよね。神様でもないのに」

「確かになあ。でも新興宗教の教祖とかって何千人もを洗脳したりするし……できないことはないんじゃないか」

そうオレが言うと架束が、
「……それこそ『超高校級の教祖』みたいな存在がいたら、16人の高校生なんて容易いもんだよね」
と言って、百鬼を見た。

「そう言われれば……。そんな方がいたら私たちだけじゃなくて、国民規模で洗脳できちゃいそうです。……ただそうならそれで気になることがありますね」

「……どんなことを?」

百鬼には何か引っかかるものがあるのか。

「洗脳するにしても回りくどいです。殺すことは当然のこと、殺さないといけない─みたいに思わせた方が手っ取り早くないですか?」

その言葉に一同は口をつぐんだ。
それもそうだと思ってしまった。
コロシアイをさせたいなら、さっさと動機を与えればいい。それが偽の、嘘の動機でも良い。洗脳をする技術があるならばお手の物だろう。

「あ~、そういえば紗月……、今朝もそれ言ってたな!」

先ほど、架束に論破されてからずっと黙っていた四津谷が喋りだした。

「ま、その……コロシアイを企画したやつ、えーと、黒幕?……に企みでもあるんじゃね?」

企みは絶対あると思う。コロシアイをさせている時点でまともな考えじゃない。そんな奴らが無駄なことはしないはず。

「本当に洗脳なんてされているのでしょうか。そのことがはっきりすればまだ安心できます」

「洗脳なんて、怖すぎるけん。そうではなかことを祈っちょる」

鑑と出口の言葉に気が重くなる。
自分の今考えていることが実は、操作されているものだとしたら―偽の思考だったなら―。もしそうなら、今いる自分は本当の自分ではないということになる。

耐えきれないほどの空気に、ぱん、と手をたたくような音が響く。
見ると、ローゼンが両手を合わせてにこにこしていた。

「あまり考えすぎても仕方ありません。洗脳の真偽がどうであれ、私たちは生きてここから脱出しなくては。自身の安全を優先すべきですわ」
と、ローゼンが言う。

その情報だけに捉われずに動けということか。
れっきとした証拠も無い。確かにここでずっと議論していても、答えがわかることはない。キリがないのだ。

「確かにそうですね、ごめんなさい。私、怖い目に合ってるってことを信じたくなくて……無意識にそれが嘘だっていう言葉を欲していたのかもしれません」
と、百鬼が震えながら答えた。

「わかるばい。そうでも思ってなかば、恐怖に負けてしまいそうったい」

百鬼と出口に、その場にいた全員が同意した。

「モノゴンたちに『俺ちゃんたち、洗脳されてるってホント~?』って聞くのもなんかなぁ……」
四津谷がそう溢す。

呼び出して問うても、意味のない返事しかもらえないように思う。なんせ、相手はあの奸悪なトカゲと、いけ好かないツートン頭だ。



「おっ!待ち人来るじゃ~ん!よかったな、空!」

突然四津谷に肩を叩かれる。痛いのでやめてほしい。
……。


後ろを見ると、白石と櫻井が待っていた。

「うわっ!来てたのか!……いつ着いたの?」

かなり長く話してしまった。長く待たせてしまってそうだ。

「人を見て『うわっ!』は失礼だよっ!……5分くらい前かな?」
と、櫻井が頬を膨らませて怒っている。

「あぁ……、そんなにか。待っているつもりが待たせてしまった。ごめん」

「でも、私も忘れ物して遅れちゃったしお相子ねっ!」

櫻井……懐が広い。あまり関りがない相手なのに許すなんて優しすぎる。

オレが怒られていたからか、四津谷は焦って、
「あ!話に付き合ってもらっちゃってごめんな!引き留めちまったぜ……」

「いや、気にしないで」

なんだかんだ言って、数人がどんな気持ちでいるか分かったのは良い収穫だったと思う。

「なんだか真剣な話してたから……、声かけられなくて」

白石は、オレたちの話の邪魔にならないよう気を使っていてくれたらしい。白石……お前も優しすぎるぞ。

「じゃ、いってら~!」

四津谷の挨拶に適当に返事をし、三人で食堂を出た。


18/25ページ
スキ