二章 コランバインのバラード【前半】
「私、疑問に思うことがいくつかあるんです」
河西は水を少し飲んでから語りだした。食堂はそこらにテーブルがある。いつもこの時間の食事は騒がしいというのに、今日はとても静かだ。
「疑問ってどういうことっ?」
と、櫻井が聞き返す。
「おかしくないですか?」
「そりゃおかしいよっ!こんな生活っ!」
「それもおかしいんですけど……。それだけじゃないですよね?おかしいのはアンタたちもです」
この生活だけではなく、オレたちがおかしい。それはどういうことだ?
特にオレは常識的な方だと思う。
「はぁ?なにそれ、開口早々ディスかよ!」
河西の言葉に四津谷が文句を言う。
「はぁ、めんどくさいですね。貶してるわけじゃないんです。私は、アンタたちがこの生活に順応して交流を深めていることをおかしいと言ってるんです」
「……」
白石はパンを食べるのをやめて、
「……どういうこと?それって……もっと詳しく」
と、聞いた。
「はッ超高校級の小説家である白石舞琴……、アンタも何か思うところがあるんじゃないですか?」
と、河西は少し笑って言った。
「いいから早く」
「まず、この状況です。目が覚めたら知らないところにいた。誘拐されたってことじゃないですか。それも超高校級の称号を持つ……希望ヶ峰学園の新入生たちを」
そうだ。オレは変な夢を見て、起きたら変な教室にいて目の前にはまだ名前も知らない櫻井がいた。これはオレ以外も同じだったんだ。
「つまり、何かの目的があって私たちが集められたってことです。そこはアンタたちも理解しているでしょう。そしてもう一つ、私がおかしいと疑問に思うのは……誘拐された側であるアンタたちの行動です」
と、言って河西はまた水を飲む。のどが渇いているのか。いや、そんなことは今はどうでもいい。
「誘拐されたというのに慌てもせず、あまり動揺もせず。さらにはコロシアイも強いられているというのに。人を殺さないと外に出れないことになっているのにまるで、それが当然とでもいうように」
そこまで言って、河西は咳払いをした。
「探索だって、なんとなく何かが見つかればいいなぁ程度にしか思ってないんじゃないですか?その間おしゃべりしている人もいたようで」
「ご、ごめん」
おしゃべりしていたであろう人が謝る。しかし、河西はそれをスルーした。
「いや、ちゃんと探索していたひともいるぞ。実際校内図だって見つかったじゃないか」
すかさずオレが反論すると、河西は、
「確かにそれは有力な情報です。でもそれを書いた人がなぜこの学園にいて、その後どうなっているかが分かれば……の話ですし。さぼっている人がいるのは事実です」
それが分かればあまり苦労もしないだろう。
「そこの呑気そうな四津谷や、この前亡くなった伊織みたいな人がこの状況でぼけっとしている……していたのはわかります。でも、頭が冴えてそうな櫻井、桐谷、ローゼンあたりもそのようになっているのは理解しがたいです」
確かに、彼らは超高校級の探偵に、警察と一国を治める女王だ。
この状況に思うところはあるだろうが。あまり口にしていないだけだとオレは思う。それに桐谷の考えをオレは知っている。
「こんなに大勢いるというのに、性格の一言では済みません。今思えば脱出したいがために人殺しをした明石。擁護するわけではないですが、普通の人ならあのように変にもなってしまいそうですよね。なのに気が狂ってしまいそうなこんな状況で平然としているアンタたちは……」
と、河西は少し怖い顔で話す。
「人を殺すのは許されたことではございません。このような状況になってもその常識があるだけです。河西様は少し考えすぎなのではありませんか?」
鑑が口をはさむ。
「でももう殺人は起こっています。明日は我が身かもしれない。それなのになんの対策もしない。怖がりもしない。それに人が死んだというのにこの数日で皆ケロッとしている。そして恋人を作ってしまう人もいる。いまだに状況を理解していないのでしょうか?それともこのまま仲良くしていればいずれ解放されると楽観視している?……現実を見れていない?」
河西は、大きくため息をつくと、
「私は、アンタたちは洗脳でもされているのではと思ったんです。今までのアンタたちの動きは、幼稚園児のお遊戯会みたいです。知らないとこにいた、人が殺された、悪い人は処刑された、めでたしめでたし。そう思わされましたよ」
「黙って聞いてたけどォ~河西チャンは結局何が言いたくて何がしたいのォ~?それにさァ~、コロシアイを推奨しているモノゴンたちが私らを洗脳しているとして、その動機はなんなのォ?あいつらにメリットないじゃん」
「たしかにっ!緊張感をなくすように洗脳したところで、コロシアイは起こりやすくなることはなくて、寧ろ起こりにくくなってると思うっ!」
河西の話に内沢が反論する。それに櫻井が賛成した。
彼女たちに向かって河西は、
「私がしたいのは、数人を洗脳から解放すること。そして気を引き締めてもらうこと。洗脳の動機は……、推測でしかないけど。洗脳をかけられている人とかけられていない人がいるんだと思います。油断して殺されやすくなるように数名に洗脳をかける。そして殺人をしてくれそうな動機がありそうな人には洗脳をかけない。明石はきっと洗脳されていない少数の一人だったんですね」
「仮に私たちが洗脳されているとして、それから解放されたとしてもお互いがピリピリしちゃうだけですよね。そっちの方がコロシアイも起きそうな気がしますが……」
と、百鬼が首を傾げながら河西に問いかける。
「コロシアイは起きると思います。でも今よりはマシなんじゃないですか。きっとモノゴンたちの考えは動機ができそうになった人から洗脳を外していくようなことだと。そして油断している奴が殺されていくんです。気を張っている人が増えたら殺人をたくらむ人からしたら、狙える人が減りますよ」
本当にオレたちは洗脳されているのか。言われてみれば、大体の人はこの生活にすぐになじんでいるように見える。
「まあ、洗脳なんて簡単に解けるなんて私も思ってません。でもこれを機に自分の考えは自分の行動は、本当に自分の意思であるか考えたらいいんじゃないですか?あと、私の話を聞いて、洗脳されてない人も何か行動に起こせるといいですね」
洗脳されている人とされていない人がいる。河西の話からすると、洗脳されていない人は少ないのだろう。そして河西は洗脳されていない一人だ。彼女は他に誰がいるか確信しているのか?
オレは洗脳されているのだろうか……。こんな状況になって人を殺そうと思わないオレは……。
「でも、洗脳するなら嘘の動機でも渡す方が手っ取り早くないですか?そんな遠回しな方法……」
「はあ……あくまでも私の意見です。信じるかどうかは任せます。ただこれだけは話しておきたかったんです。これからはアンタたちにそんなに関わろうなんて思わないので安心してください」
誰も返事をする人はいなかった。洗脳されているという証拠を出せと言いたいが、その言葉がのどの奥でつっかえてしまう。
突拍子もない話だが妙に納得してしまう自分がいるのである。
「ああ、そういえば最近モノゴンたちを見かけませんね。もしかして皆仲良くしているからそれにつられてだらけてるんですかね」
と、河西が言う。そして彼女は食堂の時計を確認した。そういえば彼女の懐中時計は壊れてしまったんだった。
「もうこんな時間ですね。じゃあ私は用事があるのでこれで」
そういって食堂から出て行ってしまった。いつのまにか後片付けは済まされていた。
「仲良くしているからモノゴンが動かない……?」
横に座っていた白石がぶつぶつ言っている。
「ど、どうしたんだ?」
「いや、何か嫌な予感がしただけだよ……」
何もないことを祈るしかない。
今日は最悪なスタートだった。