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一章 季節外れのプリムラ【後半】


「さてさて、めっちゃ寒い茶番が終わったところでオシオキといきましょうか〜」

相変わらず軽い声が響く。
しかしもはや誰もなにも言わない。
サヨナラの言葉なんて、殺人鬼にかける必要はないのだ。

「うーん、みんな無慈悲だねぇ。バイバイくらい言おう?うぷぷ、まぁいっか。張り切って行きましょーう!オシオキターイム!」

言われるがまま、明石は俯いてモノゴンについていく。


「………クソが」

もう彼の呟く文句もシャットアウトした。

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『アカイシ ヤマトさんがクロに決まりました。オシオキを開始します』


………

『努力の法則』


モノゴンに連れられ扉に入ったと思ったら気持ちの良い快晴が目に飛び込んできた。
その下では普通に人々が歩いている。

あれ、僕は今からオシオキとやら……処刑ではなかったのか?
どうしてかわからないけど、僕は助かったんだ!
感動のあまり涙が目にこみ上げてくる。

しかし目の前にある建物の時刻が目に入り我に帰る。
待って、今は何日の何曜日だろう?
4月5日の14時30分……。

ここで論文の提出のことを思い出す。
ああ、急がなければ。
これを提出しないと、僕は勘当されてしまう。
そしたら僕には何も残らない。

何故か知っている道らしく、どんどんと進む。
あと、30分……。
15時に父さんのところに持っていかなくてはいけない……。

あともう少しで家というところで、公園に差し掛かる。
公園では大勢の子供たちがサッカーをしている。

そういえば僕はああやって友達とスポーツをしたことがあったっけ。
余裕がないというのに何故かそういった思考に苛まれる。
でもどうでもいい。そんなものをしたところで僕が認められるわけではない。

あと少しというところで時間が来てしまった。
しかしだからと言って提出しないことは許されない。1分オーバーだが仕方なしに父の部屋をノックする。

「申し訳ございません。遅れてしまいましたが、論文は揃っております。」

「……。次に遅れたら勘当……そしてこの研究室から出て行けと言ったことを忘れたか。
もういい、お前はクビだ!早く失せろ!」

1分くらい、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。人を殺す大罪を犯してまでここに来たというのに……。



「何をしている!お前はクビだ!分からんのか!」



怒号が響くと同時にいきなり視界が傾く。

あれ、何が起きたんだ?

床に頭が打ち付けられる。目の前には自分の胴体が見える。
……人の首を切っても意識は数秒あるって本当だったんだ……。頭が回らず、どうでもいいことばかりが頭に浮かぶ。

トントン

ノックの音と共に母が入ってくるのがぼやけた視界の中に入る。

「あなた、—がサッカーの大会で優勝したのよ!」

「そうか、よくやったな!お前の兄ちゃんも、お前を見習わなきゃな」

「へへ、兄ちゃんも本当ダメだよね〜!」

今晩は三人で焼肉だ!

最期に見る光景が家族の団欒シーンとは、
やはり僕はツイてないな。


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モニターに映ったものを見て絶句する。
人が死ぬシーンを見たというのもあるが、何より明石が何も無い道を走り、ただの人形にひたすら話しかけているのが恐ろしくて仕方なかった。
叫ぶ人も、蹲る人もいる。
オレもなんとか立っているだけで精一杯だ。

「いやー、最初のオシオキとしてまぁ、順調なんじゃない?」

モノゴンの言葉で現実に戻される。
しかし誰もモノゴンの言うことには返事をしない。

「……そういえば、河西。さっきお前のこと疑ってごめん」

このことに関しては今謝らなくてはいけない気がする。しかし返事は意外なものだった。

「別に疑われたこと怒っていませんよ?」

ならよかったと言いかけるが、河西の次の言葉に遮られてしまった。

「だって、そうなるように仕向けたのは私ですからね?」

「え、何々ィ〜?河西チャンってドMなのォ〜?」

「そ、そうだったのか?河西……」

「はぁ?馬鹿な妄想やめてください」

いつのまに近くに来ていたのか、内沢が話に入ってくる。
それにより賑やかになったからか皆の注目がこちらに向けられていることが、痛いほど分かる。

「だから、あなた達を極限まで追いつめたんですよ。今まで能天気でいましたしね。おかげで今の状況は把握できたんじゃないですか?」

内「うわ、流石にそれはわかんないなァ〜」


ニヤッと笑う河西の顔を見てこいつは別に常識人じゃないかもしれない、と今までの評価がどんどん下がっていくのを感じた。

何もかも疲れて河西の話もこれ以上聞ける気がしなかったので適当に切り上げる。

なんとなく、帰り道は白石と桐谷と一緒に帰った。
二人とも疲弊しているようだ。

「伊織くんには「備わらんことを一人に求むなかれ」。明石くんには「孔子も世に用いられず」かな。」

「……何のことだ?」

「ううん。何でもないよ。」

この日はもう、寮に直行して寝てしまった。
クラスメイトが二人もいなくなるなんて。
実感がわかなかった。

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死亡——二名(伊織蒼太・明石大和)


生存——十四名


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