一章 季節外れのプリムラ【後半】
ー大原サイドー
コンコン
「失礼します」
故人の部屋とはいえ、礼儀として挨拶をしてから入る。
伊織の部屋に入るのはオレとしては二度目である。しかし、二人にとっては初めてなのだろう。きょろきょろと、部屋を見渡している。
部屋の内装は、前と変わらずサッカー少年といった風の部屋でトロフィーやチームメイトとの写真が飾られている。
モノゴン達が、気を利かせて用意してくれたのだろうか。あいつらが優しい意味で置いたとは思えない。これらを利用してこの学園から逃れたくなる気持ちを強めさせるのが目的なら、飛んだ悪趣味である。
以前来た時は見なかった、伊織の写っている写真をまじまじと見る。
そこに写っている彼の顔は、いつにも増して輝かしい笑顔だ。
チームメイトと肩を組んでメダルを掲げる様子は彼の青春を表しているように見える。
伊織は、この部屋でなく多くの時間は保健室で過ごした。
それでも一日以上この部屋で過ごしていた。彼は、この部屋で息をしていた。
もし彼が生きていたら、こんな状況に陥っていなかったら……。
きっとチームメイトとサッカーをしていたんだろう。大会にも出ていたことだろう。
きっと彼は期待の星であったろう。
人柄もよく、運動もできて、皆に慕われて……。
これからもっと伸びる人材であったはずだ。
こんな状況になっても、まず皆を励ましてくれたのは伊織だった。
正直自分は、彼がいればこの生活も打破できると信じていたところもある。
しかし、そんなことを思ったところで彼がいなくなってしまった事実は変えられないのだ。
突然、ごめん!ちょっと寝てた!なんて言って戻ってきてくれはしない。
全く本当に……腸が千切れる思いだ。
二人もそうなのか、写真やトロフィーを見て顔が暗くなる。
「……感傷に浸ってる暇はなかったな。調べるか」
やむを得ず、ここらで調査に戻る。
伊織の机の引き出しを開けると数枚の手紙のようなものが出てきた。
「学園の皆へ
迷惑をかけるだろう。すまない。
でも、もうオレには居場所がないんだ。
こんな状態で外に出たところでチームメイトには受け入れられないだろう。
サッカーのできない超高校級のサッカー選手だなんて、笑えるよ。
でも、皆ならきっと卒業できる。
オレは信じてるよ。
そしてもしここから出れたら、一緒に置いてある手紙をオレのチームメイトに渡してほしい。」
そんな内容だった。
伊織……これは遺書なのか?
最期まで、オレ達のことを信じていたのか。
感心すると共に心が痛む。
遺書……。伊織は自殺なのか?
でもどうして前頭部に傷が?
チームメイトへの遺書には、先程の内容と同じものに加え「オレの勝手を許してほしい。今までありがとう」というものがあった。
絶対に届けよう、と腹を決めた。
遺書を読み上げたせいか、時間が止まったのかのように静かになる。
無言がしばらく続いていると突然
ピョコッ
と誰かが現れた。
大方モノゴンか一郷だろう。
「皆様、お待たせいたしました。モノタブの修理が今終わりました。」
予想通り一郷であった。
「……ああ、ありがとう」
「おやおや、私じゃなくて学園長の方が良かったですか?まぁ、そういうことでまた裁判で会いましょう」
一瞬で去りやがった。
しかし、実際助かってはいる。
なんかの小細工してないだろうな。
「……やっぱりこれ、伊織さんのだね」
電源を入れ、生徒手帳の欄を開くと伊織のプロフィールが出てきた。
傷だらけの伊織のモノタブが草むらに……。不思議でならない。
証拠探しにアルバムを開く。
しかし、一枚も見つからない。彼にしては意外だ。
「うーん、録音機能は?」
「……!一つあった!」
一つだけ、ある。
時間帯は表示されない仕様だが、証拠にはなるだろう。
『……ザーッザーッ……何……考……な……くせに!……ドゴッ……ザーッザーッ……プツッ』
「誰……?誰ん声か?まさか、犯人の?」
「打撃音が聞こえたね……これは重要だ。でも、音質が悪すぎていったい誰のかわからない。」
架束の言う通り音質が悪く、女の声なのか男の声なのかも判別がつかない。
これじゃあ、証拠は証拠でも役に立つかは分からない。
誰か解析してくれる人でもいればいいのだが。
—手に入れた証拠—
【伊織の遺書】
【伊織のモノタブ】
【残された録音】