影が満ちる
むせ返る夏の匂いの中、いつもの通学路を辿る
意識的に光を避け、自然と並木の陰を追う
首筋に汗が伝うのを感じた
既に湿気を帯びているハンカチで拭うがあまり
意味は無さそうだ
自分が陰に生きる人間である事を証明するような
長い前髪も、今はただ暑苦しいだけである
少し切ろうかなどと考えていると、気付けば
運動場の近くまで辿り着いていた
地を震わせる運動部の咆哮は嫌いじゃない
自分があの声を発するような事態は比較的
避けたい所ではあるが。
校舎内に入り、長い階段を上がる
それからまた長い廊下を進むと突き当たりに
見える空き教室
主に倉庫のような役割を担うその場所は僕にとって
非常に居心地が良い
家と違って
罵声も、物が壊れる音も、何もない
静かな空間がとても落ち着く
僕がここにいる理由、陽向くんの事もあるが
それだけじゃない
家にいるのが苦痛だからだ
僕の両親は仲が悪い
夫婦喧嘩は時に刃物が飛び交う大喧嘩に発展
する事もある
どちらが先に死ぬのか
はたまた僕か
そう考えたのは一度や二度ではない
特に何をするでもない、静寂に身を委ねる幸福に
浸れる時間が僕は大好きだ
時折窓の外のテニスコートに目を向けると
小さなテニスボールを追う陽向くんが視界に入る
点を取って喜ぶ彼を見ていると僕も自然と笑みを
溢してしまう
この何でもない時間が既に僕の中では何よりの
幸せであり楽しみなのだというのに
気付けば日が暮れていて、彼らは片付けを始めていた
その時間はやたらとそわそわしてしまい落ち着かない
彼に期待しているのだ、僕は
少しでも気持ちを落ち着けようと思い爪を
弄っていると
若干の物音も反響する教室に廊下を駆ける足音が響いた
刹那、弾かれたように顔を上げた僕と
窓枠に手をついて息を荒げる陽向くんの
視線が交わった
「遥!」「陽向くん!」
声が重なり、僕らは同時に吹き出した
彼の笑顔はついさっきまで遠くから眺めていたし
最後に直接会ったのもつい昨日の話だ
なのに何だか久しぶりに感じてしまい、心の空白が
満たされるような心地がした
「あはは......はぁ、これで遥が輝斗!...って重ねて
くれたら、もっと面白かったのに」
「む、無理だよそんなの...!」
「照れないでよ。僕ら、...友達でしょ?」
そう言う彼は少し困ったように笑った、ように見えた
「...そうだね。えっと、輝斗.........くん」
「ふふっ、もう。なーに、遥?」
「...やっぱり慣れないなぁ」
そう言うとひな...輝斗くん、は
嬉しそうに頬を染めて笑った
それから少し話をして、今日の幸せはお仕舞い
別れ際の彼の笑顔は
今日も暮れた太陽に負けない輝きだった
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